原子核内の陽子や中性子が互いに反発して起きる斥力(せきりょく)を、陽子を構成する素粒子「クォーク」を一部入れ替えた粒子を使った衝突実験で検証した。東北大学などの国際研究グループが発表した。この粒子と陽子をぶつけると、陽子同士の場合とは異なり、極端に強い斥力が生じた。量子力学の基本原理を基に斥力の謎に迫り、身の回りの物質が安定して存在できる仕組みの解明につながるという。

陽子や中性子の間に働く力「核力」は、両者が1~2フェムトメートル(フェムトは1000兆分の1)ほど離れている時は引力だが、重なり合うように近いと斥力に変わる。重なりが大きいほど斥力は強い。この引力と斥力のバランスにより、原子核は潰れずに自ら安定して存在できる。しかし、斥力が生じる仕組みは未解明だった。

陽子と中性子はそれぞれ、クォーク3つでできている。「パウリの排他原理」によると、クォークは「スピン」や「カラー」と呼ばれる量子力学的な性質が同じだと、同じ場所に存在できない。これが斥力の重要な原因と考えられるが、実験で検証できていなかった。

  • alt

    陽子は2個のアップクォーク(u)、1個のダウンクォーク(d)からなる。実験ではダウンクォークをストレンジクォーク(s)に替えた粒子を、陽子に衝突させた

そこで研究グループは、大強度陽子加速器施設「J-PARC」(茨城県東海村)を使い実験した。陽子は2個のアップクォーク、1個のダウンクォークからなるが、ダウンクォークをストレンジクォークに替えた特殊な粒子を作製。この粒子を陽子にぶつけ、働く力を高精度に測定した。この粒子のクォークと陽子のクォークは一部、性質が同じで、パウリの排他原理に反する状態になる。そこで強い斥力が生じると予想された。

その結果、例えば特殊粒子と陽子の間が0.6フェムトメートルほどの時、極端に強い斥力が生じていることを突き止めた。同じ距離での陽子同士の衝突では、引力が生じていた。パウリの排他原理による斥力を示し、その大きさを実測したことになる。斥力の理解が進み、物質が安定して存在する仕組みの理解が進むと期待される。

  • alt

    実験結果。pは陽子、Σ+は作製した特殊な粒子。「散乱の位相差」は相互作用の強さ。距離が0.6fm(フェムトメートル)付近では、陽子同士の衝突だと多少、引力が働いたのに対し、特殊粒子と陽子だと大きな斥力になった。点線は理論予想(三輪浩司氏提供)

研究グループの東北大学大学院理学研究科の三輪浩司准教授(原子核物理学)は会見で「宇宙の歴史で物質がどう集まり進化したか、陽子と中性子から原子核がどうやってできているか、実はまだよく分かっていない。それらを調べるには、粒子間に働く力を解明するのが一番の基本だ。研究を重ね、最終的に宇宙の全物質を理解するのが大きな夢。(恒星の終末の姿である)中性子星は、ストレンジクォークを安定して含んでいる可能性がある。実験を通じ、こうした星のことも考えられる。科学の広がりがとても面白い」と述べた。

研究グループは東北大学、高エネルギー加速器研究機構、日本原子力研究開発機構、京都大学、大阪大学、理化学研究所、千葉大学、岡山大学のほか韓国、フランス、ロシア、ジョージアの研究機関で構成。成果は日本物理学会の学術誌「プログレス・オブ・セオレティカル・アンド・エクスペリメンタル・フィジックス」の電子版に5日掲載された。

関連記事

猿橋賞に東工大・東北大の関口仁子さん 「三体核力」を実証

湯川秀樹の愛用した黒板が阪大で復活