体の動きを学習して身に着ける過程で、脳内の神経回路の構造が変わっていることを、生理学研究所など日独の研究グループがマウスの実験で解明した。大脳皮質にある運動のための中心的な領域「一次運動野」への信号の入力元が、切り替わっていた。従来の「学習でいったんできた神経回路が、そのまま成熟する」といった見方を覆した。

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    フォークを上手に使って食べる。動作を学習し、体が覚えて無意識にできるようになる段階で、脳の一次運動野への信号の入力元が切り替わっていた。ニューロンは神経細胞(窪田芳之・生理学研究所准教授提供)

思い通りに字を書いたり、自転車に乗ったり。日常生活のさまざまな動きは、試行錯誤するうちに体が学習し、やがて意識せずにうまくできるようになる。この過程の脳の仕組みについて従来は、大脳皮質に新たな神経回路ができ、成熟して記憶の回路になるなどと考えられていた。一次運動野に、信号を伝える神経細胞のつなぎ目「シナプス」ができることが分かっていた。ただ、学習したことが記憶として脳に保持される仕組みや、この働きで重要な脳の領域などは、よく分かっていなかった。

そこで研究グループは、マウスに穴の先にある餌を手でつかませる実験をした。当初は手を伸ばしても20%ほどしか成功しなかったが、5日目あたりから40%ほどに高まった。1~4日目の学習初期には従来の研究通り、一次運動野にシナプスが盛んにできた。この時、運動が上達したマウスほどシナプスの数が多く、シナプスの形成が重要であることが分かる。

シナプスをよく調べると、学習初期にできたものの多くは「二次運動野」などから信号を受けていた。二次運動野は運動の計画や準備、運動の補正に関する情報を処理していると考えられている。このような働きで、マウスは学習初期に試行錯誤して学習しているとみられる。

ところが5~8日目の学習後期になると、初期に一次運動野にできたシナプスの8割は消えた。残ったものは二次運動野ではなく、間脳にある脳の多彩な信号の中継役「視床」から信号を受け取っていた。

これらのシナプスでは、信号を受け取る「棘(きょく)突起(スパイン)」が大きくなり、視床からの信号を一次運動野がより強く受け取れるよう強化していた。学習後期にはこうして、学習した運動が徐々に自動化、習慣化しているとみられる。

次に、信号をさまざまに抑える実験をした。学習初期に二次運動野などから届く信号を抑えると、運動が上達しにくくなった。視床からの信号を抑えた場合は変わらなかった。つまり、初期には二次運動野などからの信号が重要で、視床の影響は小さいことが分かった。

9日目に視床からの信号を抑えると、上達したはずの運動をまともにできなくなった。このことから、記憶を自動的に実行する段階では、視床からの情報が重要であることが示された。

一連の結果から、運動の学習の段階では二次運動野などから一次運動野への信号が重要で、その後の記憶は、視床からの信号が引き継いで保存されることが分かった。

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    研究成果のまとめ。運動の学習と記憶という脳の基本的な活動について、理解が深まった(窪田芳之・生理学研究所准教授提供)

研究グループの生理学研究所の窪田芳之准教授(神経科学)は「視床からの信号入力が強化されると、いったん成立していた二次運動野からの入力がなくなる。このような日常の運動学習に関わる脳の仕組みの、新たな知見を示せた。視覚、聴覚、体性感覚や、より高次の機能を使った学習も仕組みは同様ではないか。学習障害や認知機能障害などの原因究明へ一歩を踏み出した」と述べている。

研究グループは生理学研究所と玉川大学、独フンボルト大学などで構成。成果は米科学誌「サイエンスアドバンシズ」に7月28日に掲載された。

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