第一生命経済研究所首席エコノミストが考える「経済安全保障」がアンチビジネスに陥らぬようにする方法

経済安全保障は、ここ数年間での流行語である。高度な先端技術が中国などに渡って、軍事転用されると困るので、米欧と協力して輸出管理のルールづくりをしようという活動を指している。

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 この考え方をもっと拡張したものとして、エコノミック・ステイトクラフトという言葉がある。経済をテコとして地政学的利益を追求するものだという。地政学的利益とは、敵対する国・地域に不利益を与えることでもある。貿易、投資、サイバー、経済援助、エネルギー、財政・金融政策、経済制裁の7分野に亘って、不利益を与える手段に使う。Statecraftには、政治的に手練手管を使う意味がある。7つの分野で、安全保障の目的を達成するために、手練手管を使うというのが、経済安保の内容だ。目的は安全保障で、経済は手段となる。経済安保は、必ずしも経済的メリットの追求ではない。

 ウクライナ侵攻では、武器を使った戦争だけではなく、サイバー攻撃と経済制裁を組み合わせて、「新しいハイブリッド戦争」だと言われた。エコノミック・ステイトクラフトは、米中対立の中で行われている「ハイブリッド外交」を指す。具体的にそう考えると、実はこの2つは領域としてかなり重なっていることがわかる。クラウゼビッツの有名な言葉として、戦争論では「戦争は外交の一手段である」と述べられている。

 注意したいのは、言葉のニュアンスが実態とずれている点だ。よく考えると、米中対立と言われる言葉も、なぜ対立しているのかと考えると、両者が覇権を争っているからだと言える。この覇権とは、主導権であり、軍事のみならず、外交・経済・ルールづくりなど多岐に亘るリーダーシップのことだ。ならば、米中対立ではなく、米中競争と再定義した方がよい。

 地政学的利益というのも、その目的は米国が中国との競争に勝つことだ。日本は、その競争に巻き込まれている。冷静に考えたいのは、米国の利益がそのまま日本の経済的利益につながるかどうかがわからない点だ。

 国際経済学では、自由貿易で内外の企業が価格競争を繰り広げて、最も安く作る企業から買うのが「交換の利益」を最大化すると教えられる。逆に、競争制限的なルールをつくると、「交換の利益」を脅かす。

 筆者は、安全保障上の理由に配慮すべきことには賛成するが、あれもこれも安全保障に絡んでいるからダメだと拡大解釈されると、自由貿易の範囲が狭まって、経済的利益を損なうと考える。つまり、中国との貿易取引を制限しすぎると、良い中国製品を拒絶することになりかねない。極端な話で、「中国とは貿易を避ける」などというと、これはアンチビジネス的になる。だから、経済安保を論じるときは、原則は自由貿易とした上で、ネガティブ・リストをつくって、それ以外はOKというルールにした方がよい。