【1兆円買収】日立化成買収後の昭和電工の”今”と”未来”

2019年12月、約1兆円で日立化成買収を決断した昭和電工。当時の日立化成の時価総額は昭和電工の約2倍。小が大を飲む買収とも言われる中、23年1月の完全統合に向けて大改革を進めている。22年1月には、日立化成買収で重要な役目を果たした代表取締役常務執行役員の髙橋秀仁氏が昭和電工と昭和電工マテリアルズの社長に就任。新会社が目指す、新たな企業像とは──。

本誌・北川 文子 Text by Kitagawa Ayako

バランスシートを活用した

ポートフォリオ改革

「昭和電工の課題はハードディスクや石油化学、カーボンなど相応に規模が大きくて安定したキャッシュフローを稼ぐ事業があるのに、そのキャッシュをまわすべき成長事業がなかったこと。それからキャッシュは安定しているけれど利益がブレること。そして、川上の素材事業が多いのでマーケティングの発想ができなかったこと」─。

 2022年1月、昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)の社長に就任した髙橋秀仁(ひでひと)氏は、日立化成買収前の昭和電工の課題をこう語る。

 日立化成買収は、これらの課題を解決し、次の成長に向かうための重要な一手だった。

 日立化成買収で「投資先がエレクトロニクスとモビリティとはっきりした。それに日立化成は昭和電工と比べると利益のボラティリティが低い。対面業界もはっきりしたので、お客さんの困りごとを日立化成を介して昭和電工の素材までさかのぼって解決できる。さらに日立化成の事業、特に半導体周りはスピード重視なので、仕事の進め方やスピード感など昭和電工が学ぶべきところも多い」と語る。

 ここ数年で、昭和電工は大きく変化した。その変化を牽引してきたのが髙橋氏だ。

 前々社長の市川秀夫氏(取締役)の時代は、11年の東日本大震災、13年のナフサなど原料の高騰と15年の急落、14年からは中国の鉄鋼過剰供給による黒鉛電極事業の収益悪化など、環境変化に対応できず、業績の下方修正が続いた。

 こうした中、同質的な組織から脱し、改革を進めようと、市川氏が15年に外部から登用したのが髙橋氏だった。

 髙橋氏は1962年生まれ。86年東京大学経済学部卒業後、三菱銀行に入行し、M&Aを担当。留学も含めて11年間海外で過ごしたが「日本の金融は世界で一流になれない。だが、日本の製造業は世界で一流になれる」と製造業の世界に転身した。

 当時は中途入社できる日本のメーカーは少なく、2002年日本ゼネラルエレクトリックの事業開発部長となり、GEセンシングアジアパシフィックプレジデント、GKNドライブラインジャパン社長などを経て、15年10月、シニアコーポレートフェロー社長付特命担当として昭和電工に入社。

 16年執行役員戦略企画部長、17年1月常務、同年3月取締役、同年7月カーボン事業部長、20年3月代表取締役常務に就任。過去2度の中計を策定し、昭和電工の改革を推進してきた。

日本酸素HDがグローバル競争で勝ち残った理由

 昭和電工に入ってまず着手したのは「ポートフォリオ改革」、KPI管理や様式の標準化による「事業の見える化」、「マーケティング」の3つの改革。

 ポートフォリオ改革は、16年に黒鉛電極で世界シェア2位のドイツのSGL GEを買収。小が大を飲む買収だったが、黒鉛電極市況が底のタイミングで買収。PMIを成功させ、事業部のグローバル化、収益力の強化を達成し、「それをベースに日立化成買収」へとつなげた。

 事業の見える化は、13事業部のフォーマットを統一して、月次、四半期のレビュー、年1回の予算、中期の数字を見直すローリングの仕組みなどを整備。

 マーケティングは、内部と外部の人材を集めたチームを作り、戦略本部の下に配置。日立化成買収後は、顧客に近く、マーケティング機能のある日立化成にチームを移行させた。

 16年からスタートした中期経営計画〝Project 2020+〟では収益基盤を強化、目標を大幅に上回る成長を達成。その後、19年からスタートした中期経営計画〝The TOP 2021〟では「長期的な事業の成長に大きく舵を切り、グループの将来に向けた成長の基盤を確立させる」ことを宣言。

 この中計を発表した18年12月、髙橋氏は新中計に懸ける思いを次のように語った。

「すごく緊張している。結果を出す意思表示として設けたのがマーケティング。張ると宣言したから人も用意した。外部に必要なものがあるなら連携するなり、買うなりする」

 9640億円を投じた日立化成買収は世間を驚かせたが、当初、対象が日立化成ではなかったにせよ、成長に向けた一大投資は必然のものだった。

 21年12月期の売上高は1兆4000億円(前期比43.8%増)、営業利益850億円、当期純利益は事業譲渡などの特損で250億円の赤字の見込み。

 日立化成買収で昭和電工の財務は大きく傷んだイメージだが、昭和電工のネットDEレシオ(負債資本倍率)は髙橋氏が入社した15年が1.23倍、16 年のSGL社買収契約締結時は1.13倍、それが買収完了時の17年に0.93倍まで下がり、18年はSGL社の高収益で0.43倍、19年には0.36倍まで低下。

 借入余力が高まったタイミングで19年に日立化成を買収。20年末にはネットDEレシオは再び1.84倍まで上昇したが、21年7月末までに6つの事業を売却、また約1000億円の公募増資を行い、21年末には1.3倍前後になる見込みだ。

新会社で目指すこと

「世界で戦える会社になりたい。そのためにも売上高1兆円を維持しながらEBITDA(利払前・税引前・減価償却前利益)20%を目指す」

 これが、統合後に目指す企業像。昭和電工の安定収益事業、基盤事業に加え、日立化成買収で手に入れたエレクトロニクスとモビリティをコア成長事業に、そしてライフサイエンスを次世代事業に据える。

 両社の統合で、どんな強さを発揮できるのか─。その成果はすでに出始めている。

「素材から材料まで"手の内化"できることで何ができるか調べようと、両社の200近い製品のつながりを調べている。長い距離の手の内化ができればできる程、すり合わせがややこしければややこしい程、僕らの勝ち目がある」と髙橋氏。

 その一例が、世界シェアトップの半導体のシリコンウエハー用研磨剤「CMPスラリー」。

 この製品の性能を左右するのは〝液〟と〝粉〟を混ぜる技術。昭和電工には粉の基礎技術があり、日立化成は液に強い。両社の技術を融合させることでより強い製品の開発につなげている。

 また、旧日立化成所有の開発拠点「パッケージングソリューションセンタ」は国内の半導体開発で重要な役割を果たしている。半導体回路の微細化が限界に近付く中、後工程が競争力の重要なカギを握る。パッケージングソリューションセンタでは様々な工程の装置を揃え、最初から最後までの工程を一貫して再現できる。

 21年10月には次世代半導体技術を開発するコンソーシアム「JOINT2」を設立。材料・装置メーカー12社がオールジャパンで開発を進めている。「JOINT」とは他社との協業によるオープンイノベーションで半導体実装にかかわる様々なソリューションを提供しようと18年に設立した共同事業体だ。

 髙橋氏は「大風呂敷を広げると」と前置きしながら「日本の半導体材料バリューチェーン、経済安全保障上でも重要な取り組みだと思っている」と語る。

「パッケージングソリューションセンタ」と昭和電工のマテリアルインフォマティクスを行う「計算科学・情報センター」など研究開発組織の連携でもシナジー効果が期待されている。

「ありがとう」が報酬に

グローバルで戦えることを

日本の経営陣で証明したい

 入社時に掲げた改革を着々と進める中、次に髙橋氏が注力するのが人事だ。23年1月の昭和電工と昭和電工マテリアルズの完全統合を前に「人材育成にすべてを懸ける」。

「いい会社というのは社員がどこに行っても働けるような人に育てますという会社だと思っている。統合会社を日本の製造業を代表する人材輩出企業に育てたい」(インタビュー欄参照)

 銀行マン時代、海外へ行き、日本の金融の限界を感じ、製造業の世界に入った髙橋氏。製造業の世界では外資の洗礼を受けながら経営力を磨いてきた。だが、心の中には日本の製造業で働きたいという思いがあった。

 昭和電工入社時の市川社長(当時)とのやりとりを髙橋氏は、こう語っている。

「市川さんから『君、4年くらいで会社を変えているけれど、来るなら長くいてくれないと』と言われたので、僕は『もし採ってくれるなら戸籍に入れて育ててくれ』と。僕はここ(昭和電工)に骨をうずめる。これは市川さんとの約束だから」

 そして「私利私欲はない。色々言っているのに嫌わずに受け入れてくれた。本当にありがたい。森川さん(宏平社長、新会長)にも『気付いたら土足で家に入っていたよね』と言われた(笑)」と続けた。

 社長就任時の会見でも「社長になりたいからこの会社に来たわけではなく、外資でいろいろ勉強させていただき、ぜひその経験を活かして日本の大きな製造業の経営に近いところで仕事をしたいというのが目標だった」と語っている。

「日本企業がグローバルできっちり戦えることを証明したいという強い思いがある。それを日本人の経営陣で証明したい」

 多くの日本人が失われた30年を経て「なぜ、こうなってしまったのか」と忸怩たる思いを抱いている。髙橋氏は、その思いを自らの経験を活かし、跳ね返そうとしている。

「売上高1兆円規模でEBITDA20%の会社になれれば、社会にも貢献できるし、日本の存在感も増すのかなと思っている。失敗はできない。失敗したら『ほれ、見たことか』とみんなやらなくなってしまうから」

 不退転の決意で新たな日本の製造業のモデルづくりに挑む髙橋氏。この挑戦は、日本復活の試金石ともいえるはずだ。

髙橋氏が語る「いい会社」