カップヌードル誕生から50年【日清食品HD・安藤宏基】の食は平和産業の視点で地球食の展開を

「有事の時にお役に立てる、今の言葉でいえばレジリエンスを生かした事業構造だと思います」と日清食品ホールディングス社長・安藤宏基氏。阪神・淡路大震災や東日本大震災時に被災地に危機時の食料として無償提供。今や人々の生活に欠かせなくなったインスタントラーメン。年間の世界総需要は1166億食(2020年度)で、コロナ禍での”巣ごもり需要”としても注目された。これだけのロット(量)で売れる食品は他に例がない。創業者・安藤百福の掲げた開発5原則(おいしい、安全・衛生性、簡便性、保存性、廉価性)が世界のユーザーに浸透しての一大成長。1958年(昭和33年)の発売以来、インスタントラーメンは進化し続けてきた。

1971年には『カップヌードル』が米国由来のマクドナルドと共にファストフードとして登場。立って食べられる、フォークでもOKということで海外にも浸透、『地球食』というポジションを獲得。平常時に、消費者ニーズを掘り起こし、マーケティングや新製品開発に努力し続けることが有事に強くなる─という安藤氏の事業観である。

本誌主幹

文=村田 博文

【画像】知っておくべき!インスタントラーメン生みの親 安藤百福氏

コロナ危機下、世界需要は前年比で102億食の増加

 EARTH FOOD(アースフード、地球食)の代表格として年々成長─。

 インスタントラーメンの年間世界総需要は2020年度(2020年4年―2021年3月)に1166億食に達した。2019年度(1064億食)と比べて、1年間で何と102億食も増加(これは日清食品ホールディングスだけでなく、各メーカーの合算数字)。

 このうち、2020年度の日本の年間総需要は59億7000万食。前年度より3億4000万食増えて、史上最高の食数を記録した。

 これは、コロナ危機に入り、在宅勤務やリモートワークなど働き方改革が進み、巣ごもり需要が増えたことも関連する。

 グローバル市場に目を転ずると、中国が最大需要国で459億食、次いでインドネシア126・4億食、インド67・3億食、そして米国50 ・5億食、香港4・5億食となっている(いずれも2020年度)。

 麺文化の中国が14億人の人口と相まって、459億食と一番高い数字を示し、そのあとにアジア各国が続くのは分かるが、米国が50億食強とこれまた高い数字。米国市場での増え方からして、間もなく米国が日本を追い抜く勢いだ。

 注目されるのはインスタントラーメンが有事、危機時に頼りにされる食品になっているということだ。新型コロナ感染症がパンデミック(世界的大流行)となり、巣ごもり需要の代表食品として広く再認識されるようになった。危機時の食べ物としての簡便性が生かされているということである。

 インスタントラーメンの元祖といわれる同社が、『チキンラーメン』を世に出したのが1958年(昭和33年)で、63年が経つ。そして、フォークでも食べられるとして、一気に世界市場に浸透した『カップヌードル』が登場したのは1971年(昭和46年)のこと。

 食に国境はない、と言われるが、この『カップヌードル』は『EARTH FOOD』の代表格。1971年の発売から2021年はちょうど50年という節目の年である。

『カップヌードル』のこれまでの売上累計は500億食で、現在世界100以上の国・地域で販売されている。その小売額は約2000億円を誇る。国内だけでも2019年度に1000億円に到達。同社を支える重要な経営の柱である。

 同社がKPI(重要経営指標)に掲げる〝Billion Seller〟(ビリオン・セラー、10億ドル=1100億円強)。1つのブランドで国内、海外共に売上高が10億ドル=1100億円強を超えて、〝Double Billion Seller Brand〟(2つのビリオン・セラー・ブランド)になっているということ。

〝食〟は人の命、健康にとって不可欠なもの。インスタントラーメンが『国民食』となり、さらに世界中の消費者を相手にする『地球食』のステージにまで到達できたのは、同社が時代や環境変化に真摯に対応し、商品開発を進化させてきたからだと言えよう。

「あらゆる環境変化に対し、強い企業構造づくりを目指してきました。工場が壊れて供給ができなくなるまで、製品をお客様にお届けするんだという使命を果たしてきたし、これからもそうしていく。そういう事業構造になっているんだと思います」

 日清食品ホールディングス社長・CEO(グループ最高経営責任者)の安藤宏基氏は、同社が創業以来、変化対応の経営を実践する歴史だったと語る。

 そして、事業をいかに継続させていくかということで、BCP(事業継続計画)やSCM

(サプライ・チェーン・マネジメント)の整備に注力してきたことが、「有事に潜在力を発揮できる元になった」と強調する

 同社は、安藤氏の父・安藤百福(1910―2007)氏が1948年(昭和23年)に設立。

 安藤百福氏は起業家精神の旺盛な実業家。戦前、メリヤス貿易や養蚕、さらには共同経営で軍用機用エンジンの部品製造にも着手。戦後すぐは製塩業や交通技術の専門学校を開設するなど、いろいろな事業を手がけ、辛酸もなめた。

 失敗も味わったが、常に前向きな生き方。それこそ、七転八起の生き方を実践した安藤百福氏。その人生はNHKの連続テレビ小説『まんぷく』(2018年放映)となり、広く紹介された。

 その安藤百福氏がインスタントラーメンの開発に没頭し、七転八倒しながら2年余の歳月をかけて、遂に商品の本格販売にこぎつけられたのは1958年(昭和33年)のこと。百福氏自身は48歳のときであった。 起業家の出発としては遅いものだったが、本人は意気盛んで、事実、それから48年間、経営者人生に打ち込み、2007年、96歳の生涯を閉じた。

 そして事業は、息子の宏基氏(1947年10月生まれ)に受け継がれている。宏基氏は1985年春、37歳で社長に就任。

 1985年3月期(連結)の売上は1606億円。純利益は83億9000万円。それが2021年3月期(連結)は売上高5061億円、純利益408億2800万円(決算手法は2018円からIFRS=国際会計基準を適用しているので、多少計算が異なるが、数字そのもので見ると、売上で3倍強、純利益で約5倍の増加となっている)。

 コロナ禍にあって、消費者に頼りにされ、世界で102億食増え、1166億食も消費された。〝危機時に強い食料〟として、インスタントラーメンが見直されている。

 株式市場もそうした点を評価し、2020年6月、同社株の時価総額は1兆円を超えた(2021年11月19日現在は9079億円)。

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危機時に頼られる食料に

 有事に役立つ企業─。 大地震や台風などの有事の際、日常生活を支えるガス、電気などの生活インフラ基盤も損傷し利用できない状況になる。

一番大事なのは、命をつなぐ食をどう確保するかということ。

 1995年(平成7年)1月17日朝に起きた阪神・淡路大震災。多くの犠牲者が出て、随所で火災が起こり、飢餓的状況が発生した。

 同社はただちに救援隊を組織し、給湯器付きのキッチンカーとライトバンの計3台に即席麺約1万5000食を積んで神戸市内の避難所に向かうなど、被災者支援に当たった。

 こうした被災者への提供のほか、自衛隊や自治体の対策本部に合計100万食を緊急輸送。全て無償提供である。

 2011年の東日本大震災時は、210万食を無償提供。普段、消費者の間で築く関係の強さを、有事に再確認できた。

『カップヌードル』は1971年(昭和46年)に発売。この年には、日本マクドナルドが同じファストフードであるハンバーガーを売り出している。

『カップヌードル』が世の中に一気に注目されたのは翌72年2月、厳寒期に起きた連合赤軍による浅間山荘事件の時である。

 雪の中で山荘を包囲する機動隊員たちが立ったまま、『カップヌードル』で食を取っている映像がテレビ中継で流された。

 近所の農家から米の炊き出しもあったが、寒さのため、おにぎりもすぐカチカチに凍ってしまい食べにくい。そんな中、温かい『カップヌードル』が差し入れされ、緊急時の食としての認知が一気に高まった。

「常日頃、新製品を出すとか、マーケティングに力を入れるとか、努力をしなければいけないんですけれども、一生懸命努力をしていると、有事の時に一段と事業が伸びます」

 平時の研鑽、努力がいざという時に力を発揮することにつながるということ。まさにレジリエンス(耐性、柔軟力)の事業構造になっているという考えを安藤宏基氏は示しながら、次のように続ける。

「こうした事業構造は創業者の最初の基本設計によるものです」と。

会社発展の基礎は創業期の『開発5原則』に

 百福氏は、戦後間もなく、食の分野に自らの居所を定め、『開発5原則』(おいしい、安全・衛生性、簡便性、保存性、廉価性)を掲げた。こうした、経営を担っていく上での〝最初の設計〟が今の日清食品ホールディングスを支えていると宏基氏は強調する。

『食足世平』、『食創為世』、『美健賢食』─。創業者・百福氏が経営の基本に据えた言葉だ。

『食足世平』。食が足りてこそ、人は心安らかになるという意味。「やはり理念として、例えば食創為世にしても、当時1958年ですから戦後10年余で、食が一番大切なんだと。食を満たすことが平和をもたらすんだということで、その時の新しい食文化をつくりたいと。インスタントラーメンという新しい食文化をつくりたいと願い、創業者は具現化していったわけです」と宏基氏。

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『カップヌードルをぶっつぶせ!』

 父・百福氏がインスタントラーメンを世に送り出すまでの悪戦苦闘を小学生の頃に目の当たりにしてきた宏基氏。1985年6月、37歳で社長職を受け継いで、BCP(事業継続計画)を考える上で、創業者である父と幾度となくぶつかり合った。

 父の開発した『カップヌードル』が経営の大きな柱となり、高収益会社として存在感を高めてきたが、「一本柱に依存する経営ではいけない」として、新ジャンルや新製品の開拓に注力。

 その時の合言葉に、『カップヌードルをぶっつぶせ! 』を掲げた。次の柱、新しい有力商品の開拓に社内の目を向けさせる考えで、そうしたキャッチフレーズを内外に宣伝したのだが、百福氏は心持ち面白くない。

 考えようによっては、自身を否定されるような気持ちになったのであろうか、「そんなことで、お前を社長にしたのではない! 」と、経営の進め方で論争する場面も度々あった。

 もちろん、宏基氏自身は創業者である父・百福氏を大変尊敬し、その根本理念を受け継ごうとしている。

 宏基氏は、そうした思いと今後の同社の方向性を記すべく、『カップヌードルをぶっつぶせ! 』という著作を刊行(2010年初版)。この中の冒頭で、『創業者は異能の人、二代目は凡能の人。創業者と二代目の確執とは、異能と凡能とのせめぎ合いである』と述べている。

 起業家は、森羅万象の中から、これは社会の役に立つものだというヒラメキを感じ、消費者に喜んでもらえるという気付きを得る。そして、その発想を事業にしようとするのだが、事業として成り立つまでには技術、流通、宣伝といろいろな試練が待ち構えている。

 麵の中にスープを滲み込ませる─。百福氏のインスタントラーメンづくりは、この発想から始まった。

 しかし、小麦粉にはグルテンが含まれ、塩分が多いと切れてしまう。ぼそぼそになって、つながらない。それを何回も何回もやり直してと、まさにあきらめない氏の執念から、インスタントラーメンは生まれた。

 保存性を持たせるためには、スープを滲み込ませた麺を油で揚げる。いわば天ぷらの原理を応用したわけだが、これも試行錯誤が続いた。決してあきらめずに、挑戦し続けた結果、『チキンラーメン』が誕生したのである。

 なぜ、〝チキン〟だったのか?

 ブタ肉のスープであればイスラム世界で敬遠されるし、牛肉ではインドで敬遠される。チキンは世界共通の食材だということ。創業の時に、すでに世界を見据えた発想をしていたのだ。

 百福氏は、自らが開発した製法を特許として取得。しかし、インスタントラーメンの人気ぶりを見て、真似する人が続出。

 まぎらわしい商品名なども登場して、裁判沙汰になるケースも出た。しかし、百福氏は、「インスタントラーメンが世の中に広く知れ渡ればいい。問題は粗悪品がはびこると、みんなが失望して食べなくなることだ」として、特許を公開した。

 そして特許を自分の枠に閉じ込めずに、世の中に開放─。経営者としての度量の大きさがインスタントラーメンを社会に広め、引いてはEARTH FOOD(地球食)にまで押し上げていくことにつながった。

創業と守成はどちらが難しいのか?

 初代が興した事業を二代目として成長・発展させる─。安藤宏基氏は自らの使命をこう決め、具体的に実行していった。

 創業と守成はどちらがより難しいか?と問われても、正解というものはない。

 宏基氏は、その著作、『カップヌードルをぶっつぶせ! 』の中で、創業者を食らいついたら離さないスッポンとするならば、自分はモグラだとしている。

「インスタントラーメンという本業を、掘って、掘って、掘り続ける」という使命からのモグラ論だ。

 負けず嫌いのところは、親譲り。親を創業者として永遠に尊敬しながらも、二代目としての自らの使命と役割があるはずだとして、宏基氏は新しい経営の仕組みを考え出し、実行する。

「イノベーションとマーケティングを経営の両輪とする」─。各商品ブランドの〝社長〟

ということで、ブランドマネージャー(BM)をつくり、「企画から新発売まで、あるいは既存品の管理までの一連の仕事を任せた。責任と権限を持たせたということです」と宏基氏。

 マーケティング部をつくり、プロダクト・マネージャー制度を置いて、『U.F.O』、『どん兵衛』などのヒット商品が誕生。

 しかし、間もなくすると、見るべき技術革新や画期的な新製品が生まれなくなった。なぜ、

新製品が生まれにくくなっているのかを自問自答し続けた。

 ある時、カップ麵担当のマネージャーがつぶやく言葉にハッとさせられた。「新製品を発売すると、『カップヌードル』のシェアが食われます。会社全体の売上は増えるかもしれませんが、利益が減るので、営業も嫌がっています」という現場の声。

 カニバリ(Cannibalization)、つまり共食いが起きているという嘆きである。

 カップ麵のマネージャーは『カップヌードル』の売上と利益を最優先する。一方、袋麵のマネージャーは『チキンラーメン』を最優先して活動する。また、そうした方が、新製品に比べて利益も出るということだった。

 創業者が開発した商品を守らないといけないという考え。良く言えば責任感だが、守りの姿勢に入っているとも言える。

 新しいことに挑戦するという空気が薄れている。そのことに宏基氏はガク然とさせられた。「責任感といえば聞こえはいいが、突き詰めると保身。新製品を売らなくても、『カップヌードル』で稼げばいいと無意識にそう思っているのかもしれない」と宏基氏は社内改革を進めた。

 マーケティング組織の改革として、1990年(平成2年)、プロダクト・マネージャー制度から、ブランド・マネージャー制度に切り替えた。

 プロダクト・マネージャー制度では、1人のマネージャーが袋麵、カップ麵という大きなカテゴリーをそれぞれ担当。カップ麵にしても、タテ型(カップヌードル)、和風ドンブリ型(どん兵衛)、中華ドンブリ型(ラ王)などと細かいジャンルに分かれる。1人のマネージャーがいくつものジャンルを担当するのは無理だという判断だ。

 第1グループはカップヌードル、第2グループはどん兵衛とU.F.Oといったように、ブランドごとの管理体制に切り替えた。

 狙いは社内での開発競争を促し、カップヌードル1本体制からの脱却を図ることであった。

 要は、いかに新しい成長を図るか─。ブランド・マネージャーの合言葉は、「打倒カップ

ヌードル」になっていった。

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平和産業として『地球食』の提供を

 インスタントラーメンは時代の推移と共に進化する。

「ええ、タンパク質は増えていき、脂肪分は減り、塩分も減るでしょうし、食物繊維は増えていくでしょう。創業時とは中身的に変わってきている。健康と栄養という問題に対して中身は変わっていくものだし、それを可能にしていくのがフードテックだと思います」

 環境問題に関しては、カップ自体は昔、発泡ポリスチレンが使われていたが、いまは紙を主原料とし、バイオマス由来のプラスチック素材を一部使用。二酸化炭素排出を極小化する方向で素材開発が進む。

 工場は再生可能エネルギーで稼働させる方向に動き出し、自治体との提携で、ゴミをエネルギーとして活用するゴミ発電も追求する。

 同社は世界16か国で生産を展開し、地球食を提供している。今、米中対立や経済安全保障という言葉が飛び交う時代にあって、今後のカジ取りをどう進めていくのか─。

「当社は今、子会社に香港日清という親子上場のかたちを取りまして、中国に対してのオペレーションは香港日清が全てやっていて、そこを窓口として行っています。ですから、中国と米国と日本の感想で言いますと、香港日清は中国のために全部活動を行います。ですから中国と米国とは経済戦争で、日本はどっちにつくんだろうと言われても、われわれは軍需産業ではない、平和産業ですと。ですから、それを止めることはないと考えています。活動はグローバルですからね」

 グローバル世界を見渡して、平和産業の立場で世界の需要に応えていく─という安藤宏基氏の地球食論。食には国や民族の違いを乗り越える力がある。

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