伝統の多角経営を進化【旭化成 ・小堀秀毅】の『3領域経営』と『GDP戦略』

コロナ禍など”不確実・不連続の時代”にあって、経営基盤をいかに強化していくか─。

「わが社は100年、多角化経営をやり続け、それなりに成長してきた企業」として、これまでの経験・知見を活かして「マテリアル、住宅、ヘルスケアの3領域に注力していく」と旭化成社長・小堀秀毅氏は語る。なぜ、3領域経営なのか? 

「椅子でいえば、やはり1本、2本の脚の椅子より、3本の脚の椅子の方が強いし、安定感があります」と小堀氏。時代の分岐点ということでいえば、温室効果ガス(CO2)排出削減など地球規模での課題に関して、グリーン化(GX)、デジタル化(DX)に加えて、People(人材)育成プロジェクトを起こし、それぞれの頭文字を取った『GDP戦略』を推進。「総合化学のテクノロジーを生かして、新しいビジネスを起こすチャンス」という中で、既存事業のポートフォリオの変換をどう進めていくのか。グループ内の意識変革を伴うGDP戦略の今後の展開は─。

本誌主幹

文=村田 博文

CO2を原料に有用な機能素材を!

『GDP戦略』で対応─。

 地球規模で進むグリーン化(GX)、デジタル化(DX)の波。異常気象による自然災害が頻発する中、各国首脳が11月初め、英・グラスゴーに集まり協議、それぞれの目標を掲げた。コロナ禍というパンデミック(世界的大流行)の中、温室効果ガス削減は各国が一致団結して取り組むべき課題だ。

 この問題は、企業レベルでも、生き残りのための最重要課題の1つとして浮上。旭化成も2030年までにCO₂(二酸化炭素)排出削減目標を具体的に決め、CO₂を原料にポリカーボネート樹脂をつくる事業を起こすなどしている。

 ポリカーボネート樹脂は航空機や自動車、電子部品、医療機器の部材として使われ、耐衝撃性、耐熱性などに優れた物性を持つ樹脂だ。

 何かと嫌われもののCO₂を原料にして、有用な機能素材をつくりあげる事業として注目される。

 

21世紀末時点で、平均気温の上昇を、産業革命前と比べて1・5度以内に抑えようという『パリ協定』。そうした世界的目標を企業レベルまで落とし込んでの活動も、この〝ポリカーボネート樹脂〟案件のように具体化してきた。

 デジタル化(DX)についても、小堀秀毅氏は次のように語る。

「経営の高度化、効率化、また新たなビジネスモデルの創出において、DXをどうやって活用していくか。この取り組みが重要です。われわれは研究開発からそれを行い、工場もスマートファクトリーにしていく。それと、新しいeビジネスモデルの創出、経営マネジメントの見える化、こういうテーマをわれわれは抱えていますが、そういうテーマの解決へ向けて、デジタル共創本部を設置。その共創本部が各部門に入っていき、共に新しいやり方を創っていく」

 小堀氏は、経営の持続性(サステナビリティ)のためにも、また新しいeビジネスの創出のためにも、GX、DXの推進は不可欠と強調。さらに、そうした課題を担うのは「人」だとして、次のように語る。

「人が従来のリアルな仕事とリモートワークという2つをハイブリッド(融合)させながら、いかに働き方改革を進めていくかということですね」

 国民の平均寿命は男女とも、80歳以上になり、ただ生きているだけではなく、最後まで健康に心豊かに暮らすことが大事という考えが強まる。

 生涯現役という言葉も浸透。旭化成の定年は旧来60歳だったが、65歳に延長する考えだ。

「今後は定年延長をもっと活用していく。われわれは、終身雇用から終身成長にしていきたいと考えています」

 社員を年齢別構成で見ると、シニア層が多く、このシニア層の活性化が大事と小堀氏は語る。そして、ダイバーシティ(多様性)重視の観点から、「女性や外国人の活躍の場をつくっていきたい」とも強調。

「終身成長の重要なポイントは、若いうちから、キャリアパス、自分がこの会社において、どういうパス(道)を拓き、経験を積みながら成長していくのか。キャリアパス形成のルールを作ったりしています」

 GX、DX、そして人材(People)育成と、それぞれの頭文字を取ってのGDP戦略の実践である。

 GDP(国内総生産)は、その国の経済力や成長性を示す指針となるが、旭化成は自分たちの経営基盤を強化していくうえでの戦略として、『GDP』を掲げる。

 そのGDP戦略を進めていく上で大事なことは何か?

「わたし自身が言っているのは、会議体を変えようと。会議の中身を変える。データを見て単に報告するだけではなく、むしろ、そのデータで見えてくる課題だとか、次なる施策についてディスカッションを起こしていくように切り替えています」

 DXで単に〝見える化〟を図るだけでは、経営の高度化、効率化にはつながらない。

 課題を共有し、それを克服すると共に、ビジネスの修正をし、さらには新しいビジネスの

掘り起こしにつなげていこうという考え。

会社の方向を決める会議は『リアル』で

 感染症も収束してきたとはいえ、これから冬の季節を迎え、第6波襲来にも警戒が必要。そういう状況の中、これまでリモートワークを推奨してきた企業の側でも、週3日あるいは週4日の出社を社員に通達する企業も出始めた。

 リモートワークとリアルな出社との関係をどう見るべきか?

「ディスカッションはリアルの方がいいかなと思っています」と小堀氏は語り、今後はハイブリッド(融合)で臨んでいくと語る。

「中期経営計画の状況報告についてのディスカッションは今日もリアルでやっていましたが、定例会議での一方的な報告はリモートで十分じゃないかと思います」

 取締役会は月に1回強のペースで、年間に14回から15回。この取締役会や月2回の経営会議はリアルで開催。

 さらに、マテリアル、住宅、ヘルスケアの3領域会議もリアル方式で開催している。「次の旭化成のための重要な施策を打ち、課題解決を図るためのディスカッションはリアルの方がいい」という小堀氏の判断である。

コロナ禍を機に循環型経済を!

「今、カーボンニュートラルに向けて、企業も一層の努力をと盛んに言われているわけです。各企業のCO₂排出量を減らすとか、そのためのエネルギー政策はこうだと国は言っているわけですが、これが今度、家庭に入ってきます」と小堀氏。

 住宅の分野でも、『ZEH』(ゼロ・エナジー・ハウス)という考え方が登場。家庭で使用するエネルギーも、できるだけ再生可能エネルギーにして、CO₂の排出もゼロにしていくという暮らし方の追求だ。

「個々人のライフスタイルをもっと変えていく形にしないと。そのためには、意識を変える。

そこまでやらないと、日本は2050年にカーボンニュートラルを達成できないと思います」

 そのためには何が必要なのか?

「そうすると、循環型社会、サーキュラーエコノミー(循環型経済)にしていくとか、リサイクルの実行、また自分の健康も自分でしっかり維持していくと」

 こうしたエコシステム実現に向けての改革の中で、企業はどう行動していくのか。

「われわれはマテリアルとか、医療分野までいろいろなテクノロジーを持っている企業です。ケミカル(化学)からファイバー(繊維)、エレクトロニクスと、産業の変化にいろいろな分野で大きく貢献できるテクノロジーを持っています。カーボンニュートラルという大きな壁、CO₂排出量をゼロにしていかなければいけないということは相当なコストアップになったり、増資を伴います。しかし、逆にいえば、ライフスタイルも変わり、価値観も変わる中で、大きなビジネスチャンスをつかむことにもなると」

 コロナ危機は企業活動や個人の生き方に制限や負担を与え、人々を苦しめてきた。

 半面、コロナ危機はそうした経験を踏まえ、人々が目指すべき社会をも示唆してくれている。「ええ、われわれは住宅事業を持っているし、それから医療・医薬も持っているし、素材系のテクノロジーも持っている。だから、これからの水素社会には、グリーンな水素をつくる電気分解を活用したわれわれのテクノロジーが生きるだろうと。CO₂を回収、分離して、それを原料にポリカーボネート樹脂をつくるのもその1つです」

 ポリカーボネート樹脂は従来、石炭由来のものだったが、CO₂から生産することで、関連産業も一変しそうだ。

大震災の被災地・浪江町で進むグリーン水素の生産

 グリーン水素については、同社は今、東日本大震災の被災地、福島県・浪江町で水素生産の社会実装を進めている。これは、政府のグリーンイノベーション基金を活用したもの。

 アルカリ水電解という手法でグリーン水素をつくり出す。この水素から電気を起こすという社会実装。

 このオペレーションシステムの部分が、旭化成が受け持っているプロジェクト。

「そのシステムを動かすのを、太陽光エネルギーみたいな再生可能エネルギーでやれば、そこでは全然CO₂を排出しない」と小堀氏。

 ここ浪江町でつくられた水素は、今回の東京オリンピック・パラリンピックにも供給された。

 ただ、太陽光や風力などの再生可能エネルギーは、発電が安定しないという課題がある。太陽がさえぎられる夜間や、風が吹かない時は発電できない。そうしたときに何で補給するかというテーマである。

「夜間は普通の発電所の電力に切り換えなければいけないとか、変動をコントロールする必要があります。効率よく動かし、運転していくために、安定的に水素をつくることが求められます」

 水素は、この他にいろいろな形でつくれるし、次世代車といわれる燃料電池車の熱源にもなる。

「ええ、そういうところで、われわれのケミカルの力が相当貢献できると考えています。今は、時代の転換点であり、分岐点になっているので、われわれも中長期的にCO₂削減に向けた投資を進めていきたい」

 小堀氏はこう投資について語り、「新たなイノベーションがないと、CO₂削減はできない。われわれのテクノロジーが、今度はビジネスとして社会に貢献できるかが問われていると同時に、大きなビジネスチャンスがやってきたと捉えています」という認識を示す。

 同社のキャッシュフロー(現金流量)はこの3年間で7000億円から8000億円。そこで次の中長期経営計画(2022年度から2025年度まで)の3年間に8000億円規模の長期投資を進める予定だ。

「この間、M&A(合併・買収)をやったので、(利益が膨らんで)投資はもう少し増える可能性がある」と攻めの経営が続く。

浮かび上がった〝3つの視点〟

 コロナ危機に見舞われて約2年が経ったが、今回の危機で感じたことは何だったのか?

「従来の感染症は、特定の地域で起きたりしていたわけですが、今回はパンデミックになり、それはもう今まで経験していない大きな出来事、地殻変動だろうと。これによって、大きなことが起こって、われわれが今まで気付かなかったことがより鮮明

に見えてきたということ。従来から見えていたものの価値がより高まってきたとか、今まで少しずつ動いていたものが急激にクローズアップされたりした」

 具体的に、それは何か?

「1つは、健康で快適な長寿社会は従来からも見えていたものだけど、今回のコロナでいかに、人間の命、健康が重要かと。これは予防から始まって診断、検査、治療、アフターケアという一連の重要性が認識されましたね。これは今後、さらに高まっていくと思います」

 小堀氏が続ける。「もう1つ顕著になったのが、やはり水素社会であり、カーボンニュートラルであり、また循環型社会の必要性ですね。コロナで生産活動が一時期ストップして、もう一度再開することによって、いかにCO₂を排出していたか。それから、今の自然災害多発で、それによる日常生活での被害も顕著になってきて、全体の意識が変わってきました」

 小堀氏は、「水素社会と言われるカーボンニュートラルな社会とリサイクルも含めた循環型社会」が世界共通の目標になったという認識を示す。

 そして、最後の3つ目に、「情報化社会の高度化」を挙げる。

「これは従来からの流れでしたが、ここへ来て大きな流れになってきたと。大きな変化でまさに時代の分岐点になってきたと」

 既述したように、GX、DXが企業経営の根幹になってきたということ。

米中対立の中で日本の立ち位置

 世界の流れを見ると、2008年の世界的金融危機のリーマン・ショック以降、各国は量的金融緩和で経済を支えてきた。その金融緩和も今、転換期を迎えている。

 そして、世界経済の牽引役になってきた中国。その中国の存在感が高まり、その膨張主義を警戒する米国との間で対立が生まれた。いわゆる米中対立である。

 この米中デカップリング(分離、対立)について、小堀氏は、「これも当分続くだろうと。従来は一直線にグローバルな視点でよかったものが、それぞれの地域経済というものを考えなければいけなくなった。ブロック経済圏を考えなければいけないと」

 中国、ASEAN(東南アジア諸国連合)、欧州、そしてアメリカを中心とした北米の大体4極に分類される地域割り。

 旭化成はこの4極に対応した地域本部を置き、米中デカップリング時代のグローバル化を進める。

 では、日本の立ち位置をどう考えるか?

「これは、経済と国防という2つの視点があるわけですけれども、やはり日本の立ち位置を明確にすべきだと。どちらかに依存ではなくて、日本はこういう考え方で動くんだよということで、中立的な立場で新しいものを生み出していく。ここはアメリカとうまくタイアップできる、この点では中国とうまくタイアップできるということをしっかり打ち出していくべきではないかと思います」

 日本は安全保障で米国と同盟を結び、中国とは2000年に及ぶ交流の歴史がある。

「また、米国、中国とも日本を重要な国と位置付け、(日本の力を)欲しがっている面がありますよね」

 米中双方のコーディネーターというか、橋渡し的役割が日本に求められているということ。

人の可能性を掘り起こすには?

 こうした世界の大きな変革の中、企業経営を進めていく上で、大事なこととは何かという命題。「自分たちの企業カルチャーをしっかり確保し、人材の育成、働き甲斐のある環境づくり。そして、それを事業に生かしていくことに尽きると思います。われわれは経営理念、バリュー(価値)、ビジョン(経営像)の3つをしっかり持つことが大事と言っておりますけれども、人的な事で言えば、常に誠実であり、挑戦をし、また新たなものをつくっていくという創造で臨んでいきたい。それが旭化成のカルチャーだと思っています」

 経営のマネジメント層にしろ、営業や生産を行う現場にしろ、それらを担うのは「人」である。その「人」の可能性を掘り起こそうと、同社は〝さん付け文化〟を大事にしてきた。

「これは、本当に創業(1922年)以来の伝統です。創業者の野口遵さんが社長のとき

に、工場をいろいろ回ったり、全国を回っているんですが、その時にもう、さん付けで自分を呼べと言っています」

 創業は1922年(大正11年)で、日本で初めて水電解の水素を利用するカザレー法でアンモニアを合成することに成功。合成肥料、合成繊維事業から出発したという歴史。戦前は朝鮮半島で化学工業を起こし、旧日本窒素グループをつくり上げた野口遵。戦後は宮崎・延岡を拠点に事業を構築。そして1946年(昭和21年)に商号を日窒化学工業から旭化成工業に変更(社名から工業を取り、旭化成になったのは2001年)。

〝さん付け文化〟は企業の成長・発展とどう関わるのか?

「途中入社の人にしても、来る人をしっかり受け入れる。お互いにリスペクト(尊敬)できるカルチャーにしたい。そういう意味では上司、部下の間でも断層があまりない。自由にものを言える闊達さというのがある意味ではカルチャーではないかと」

 お互いに議論し、意見を交換し合う。そして、将来目指すべき姿を共有することが重要で、それが、「旭化成の良さだと思っています」と小堀氏。

 そうした文化、伝統はどこから生まれたのか?

「これはやはり100年間、多角化経営をやってきた歴史がなせる技ではないかと」

 2019年には、同社の研究者、吉野彰氏(現名誉フェロー)がノーベル賞(化学部門)を受賞。

 ノーベル賞や科学・文化・スポーツ分野で顕著な業績を挙げた人に与えられる紫綬褒章の受賞者は計8人にのぼる。これは一企業の数として多い方に入る。

「これも、上司と部下の関係で自由に研究開発ができる雰囲気のなせる技なんだろうと思っています」と小堀氏。

時代の変化に対応して

 時代の変化に対応して、事業を構築してきた旭化成の歴史。

 かつて高度成長時代に同社は『食』の事業も展開した。戦後すぐの食糧難に対応し、生活を豊かにするために役立つ事業をということで、調味料の『旭味』や冷凍食品、焼酎といったものを手がけた時期がある。

 今、こうした『食』は他社に譲渡して、『衣』(繊維事業など)と『住』(住宅事業)の二大分野に事業を集約。さらに正確にいえば、マテリアル、住宅、ヘルスケアの3事業分野に集約される。

 今、コロナ危機に加えて、エネルギー転換、異常気象という世界共通の課題に直面。また製造業にとって痛いのは、半導体不足、石油やアルミなどの資源・エネルギー価格の上昇といった問題もある。さらには、日本は人口減・少子化・高齢化の流れで深刻な人手不足という課題を抱える。

 こうした流動的な状況下で大事なのは、「目指すべき社会に対して、やり続ける意志」と答える小堀氏。

『知行合一』が小堀氏の座右の銘である。

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