Panasonic βの取り組みではもう一つ、「HomeX」がある。ビジネスイノベーション本部が、パナソニックの白物家電や黒物家電、住設、住宅を組み合わせ、"ソフトウェア主導型"で未来の住空間環境に向けたサービスを提供する。

「家電や住宅、住設といった市場で、一定の市場規模を持っている企業は世界中を見渡してもパナソニックだけ。HomeXは、その強みをあわせて新たなものを作り出し、やり方を変え、デジタルトランスフォーメーションすることになる」(馬場氏)

こうした動きは従来のビジネスを破壊してしまうという懸念が指摘されるものの、その点について馬場氏は、「アップルはiPhone、iPadを発売したことでPC市場が縮小すると言われたが、Macはその後30~40%も成長してみせた。デジタルトランスフォーメーションによって、パナソニックでも、これと同じことが起こることになる」と雄弁に語る。

「デジタルネイティブ企業では、毎日サービスにアクセスする人をデイリーアクティブユーザー(DAU)と呼ぶが、照明や炊飯器などのパナソニックの商品に毎日触れる人は、国内だけで約5000万人がいる。今のパナソニックは、これだけのDAUがいるものの、これを顧客価値につなげられていない。顧客が増えれば、増えるだけ顧客価値が高まるというデジタル企業の仕組みを導入したい」(馬場氏)

  • パナソニック ビジネスイノベーション本部 副本部長 馬場 渉氏

また、ネット企業はメガプレイヤー同士が相互に作用することで飛躍的な成長を遂げてきた。これを取り入れる必要があると話す馬場氏は「アマゾンが成長すれば、パナソニックが成長するといったモデルを構築したい」としたうえで、パナソニック自身が変わる必要性を指摘。「パナソニックのメインストリームの主軸部分をどうやって変えるのか」と、デジタル中心企業へ変革する意思を表明した。

もちろん、パナソニックの本質は製造業であり「ものづくり」だ。同社は「ラピッドプロトタイピング」を掲げ、1台のプロトタイプを作るのではなく、数100台程度を短期間で作り、実際に使ってもらって、これを繰り返すというビジネスモデルを高速検証するための仕組みを構築した。

パナソニック 生産技術本部 本部長の小川 立夫氏は、これによって「速くデザイナーのコンセプトを高速に具現化し、顧客の手触り感のあるものにつなげることができる」する。

「3D金属プリンタ技術を活用することで、データ制作を含め、1週間で金型を作れる。従来のような金型作りでは1カ月以上、精巧なものでは2~3カ月かかる。量産化するための精度はないものの、限られた数量のプロトタイプ製作には適しており、顧客のもとでコンセプト実証を高速で回せるようになる」(小川氏)

技術力を磨くためのAI技術

パナソニックは「技術10年ビジョン」を打ち出す。人工知能やセンシング、UI/UXによる「IoT/ロボティクス領域」と、蓄電、水素による「エネルギー領域」の2つから、「より良いくらしと社会を実現するもの」と位置づけているのだ。

例えばエネルギー領域では、車載用二次電池で現行のリウチムイオン電池に続き、全固体電池やリチウム空気電池などの新原理電池に取り組んでいる。

「電池性能は材料が重要となるが、新材料の創出には経験が大切。そこでパナソニックは、新材料を開発するためのAI『Materials Informatics』を活用し、研究開発時間を半減させた。また、原子レベルで材料を解析する電子顕微鏡と、独自のリアルタイム動的解析技術を活用することで、世界で初めて、全固体電池におけるリチウムの挙動を把握することにも成功した。こうした取り組みを通じて、今後も電池の最先端技術をパナソニックがリードしていきたい」(パナソニック 先端研究本部 本部長 相澤 将徒氏)

技術10年ビジョンの注力領域では、AIロボティクス家電や自動運転/コミュータ、店舗・接客ソリューション、次世代物流・搬送、住宅エネルギーソリューション、ビル・地域エネルギーソリューション、車載用エネルギーソリューションなど、広範な事業テーマが並ぶ。だがこれらは、いずれも「Panasonic β」の取り組みが重要な意味を持つ分野だ。

Panasonic βは、すでにアイデア具現化のスピードを実証している。一方で事業化、商品化につながったものが現時点で存在せず、アイデアのスピードと、事業化、商品化のスピード差をどう埋めるかがこれからの鍵になる。

事業化、商品化が決まったあとの量産化や市場投入のスピードはお家芸として実証済み。日本企業がかねてからボトルネックと指摘されてきた「事業化、商品化」の頭の体操こそがやはり重要になってくる。これをいかに解消できるかが、パナソニックにとって真の課題テーマになるはずだ。

Panasonic βについてはもう一つ、プロジェクトメンバーの約半分が3カ月間だけのスポット参加という特徴がある。これは、プロジェクト終了後にPanasonic βの経験をそれぞれの現場へ持ち帰り、デザインシキングを生かした新たな仕事のやり方を全社に広げる役割を担うことになる。

研究開発部門であるイノベーション推進部門を起点にして、パナソニックは確かに変わろうとしている。