今年の登録を目指していた「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の推薦取り下げ。審査を行うユネスコの諮問機関イコモスは、推薦内容を“禁教期”の歴史的文脈に焦点を当てたストーリーに、と示した。なぜ“教会群”は再考を迫られたのだろうか。背景にある「世界遺産」全体がおかれた状況も理解する必要がある。

歴史上最も有名な遺産の1つであるエジプトのピラミッド

世界遺産の中でも人気があるペルーのマチュピチュ(写真:PIXTA)

そもそも「世界遺産」とは何か

観光資源としての絶大なブランド力を持つようになった「世界遺産」。ペルーのマチュピチュやエジプトのピラミッド、中国の万里の長城など誰もが知っている遺跡などが名を連ね、日本では、1993年に法隆寺など4件が登録されて以降、昨年の「明治日本の産業革命遺産」まで15の文化遺産と、4つの自然遺産が登録されている。登録されれば、国内だけでなく海外での知名度もあがり、押し寄せる観光客による経済効果は莫大な額になる。人口減少、地方格差がいわれる今、地元で大事に守ってきた遺産をより多くの人に知ってもらいたいという思いと同時に、地方復活の起爆剤としての期待値は高まっている。国内推薦を待っている世界遺産暫定一覧には、文化遺産で10件。さらに「その次」を目指す資産も出てきている。

世界遺産が抱えるジレンマ

世界遺産は、「文化遺産」「自然遺産」「複合遺産」に分類される。それとは別に、開発や紛争などによって重大な危機にさらされている遺産は「危機遺産」に登録されることもある。現在だと、過激派組織「イスラム国」(IS)による破壊の脅威にさらされている、シリアの世界遺産などがこれに登録されている。過去には、こんなこともあった。ドイツのドレスデンで、住民の生活のために橋をかけようとしたところ、世界遺産としての景観にそぐわないと待ったがかかり、結局地元は世界遺産から除外される道を採った。これは極端な例だが、住民にとって、“生活”か“遺産”か、折り合いをつけることが大きなテーマになってくる。一方で世界遺産登録による“観光客の増加”も資産そのものへの脅威となりうる。「人類共通の宝」である世界遺産の理解を広めるいいきっかけとなる一方で、資産の老朽化などを招き、世界遺産の意義にそぐわないことになっているのも事実で、それをどうマネジメントするのか、世界遺産を抱える団体は開発への備えも事前に検討し、ユネスコに提出する推薦書に盛り込む必要がある。世界遺産を推薦した国は、その遺産について維持する責任がある。定期的なチェックも行われる。そこで問題があればドレスデンのように世界遺産から外れる可能性もあるのだ。

“教会群”が進めてきた観光客対策

2007年に世界遺産の暫定一覧に登録された“教会群”だが、離島に点在するため地理的な課題がある。過疎化の進行が早く、世界遺産としての文化的景観の維持や、教会の信徒の減少に不安がある。元々大きなコミュニティではないので、道路などの道幅も狭く、観光客が増加すれば、住民の生活に影響が出る恐れも考えられる。そのため、資産を持つ自治体は登録を目指し始めてから、推薦内容をつめるほかに、長い期間かけて、地元の整備を進めてきた。駐車場対策やトイレ、看板の整備などほか、教会については、誰でも入ることができるが、内部の見学希望者はインフォメーションセンターのホームページから事前の連絡をお願いするというシステムを始め、さらに見学者にマナーを呼びかけたり見学人数をコントロールしたりするために、昨年から「教会守」という見守役を設けるようにしている。このシステムの狙いは、教会での葬儀が入ったときに見学人にその時間見学に入れない旨の連絡を入れたり、使用されていない教会に見学希望があれば鍵を開けたりと、臨機応変に対応し制御できることにある。このように自治体だけでなく地域をあげて世界遺産登録に向かってきた。