デジタルビジネスが広がるにつれ、会議や打ち合わせの席でたびたび登場する「バズワーズ」。こうしたバズワーズは、いかにして生まれ、いかにして消費されるのか……。バズワーズ発祥の中心地ともいえるシリコンバレーを拠点にするライター、Yoichi Yamashita氏に、新旧を問わずバズワーズの発生原因や浸透過程を不定期に解説していただく。

第1回目は「ハッカー」。コンピュータやIT産業では古くから使われてきた言葉であり、長い歴史の中で裏と表、虚と実の2つの意味でバズワードになった。元々は何かを素早く創造したり、アイデアや閃きで変化を起こす人々を示す言葉であり、近年ではシリコンバレーの精神を表す言葉としてWeb企業やスタートアップが好んで使用している。

「ハッカー」という言葉は虚実、2つの意味でバズワードになった。ハッカーという言葉から「コンピュータを使って不正侵入や改ざんを試みる人」という犯罪者イメージを思い浮かべる人のほうが多いと思う。しかし、それはハッカー本来の意味ではない。

「(本来クラッカーと呼ぶべき)コンピュータに不正侵入する人々をメディアがハッカーと言い表したことで、"ハッカー"という言葉が不当にネガティブな意味を持ってしまった。ハッキングは、実際には何かを素早く創造したり、限界に挑戦することを意味する。ほとんどのことがそうであるように、善にも悪にも利用されるが、私がこれまで出会ってきたハッカーたちのほとんどは、世界にポジティブなインパクトを与えようとする理想主義者ばかりだった」

「Hacker Way」を標榜するFacebook、米メンロパークにある同社本社の住所は「1 Hacker way」

これはFacebookが株式上場を果たした時に同社CEOのマーク・ザッカバーグ氏が株主に宛てた書簡である。hackという単語は「たたき切る」「掘り起こす」、そして「開墾する」といった意味を持つ。単純に単語からイメージすると、ハッカーは常識にとらわれずに壊し、新しいものや環境を作り出す人になる。

ハッカーという言葉を最初に広めたのは、マサチューセッツ工科大学の「テック鉄道模型クラブ(Tech Model Railroad Club:TMRC)」だったといわれている。名前が示す通り鉄道模型の同好会で、コンピュータ好きの集まりではなかったが、その中に2つのグループが存在した。1つはリアルな風景や模型を作って楽しむグループ、そしてハッカー文化の元祖となったのがもう1つのグループである。スケジュールに従って列車が規則正しく運行されるシステムに興味を持ち、コンピュータ(IBM709)を駆使し、FORTRANプログラムを書いて運行を再現しようとした。しかし、当時貴重だったメインフレームになかなかアクセスできなかった。同好会なのだから当然だ。MITにはもっと重要なプロジェクトがたくさん存在したのだ。そんな時間や機材が限られた中で、TMRCのメンバーは色々なアイデアの試行錯誤を重ね、ひとつずつ課題を解決しながら目標へと近づいていった。ハックやハッカーは当時、彼らが使っていたスラングの一部である。アイデアや閃きでソリューションを生み出すことを意味する。その後、TMRCのメンバーを中心としたグループはプログラミングや人工知能に惹かれていく。そして技術的または社会的な課題に取り組み、コンピュータや電気回路の知識を利用して最大の効果を生み出す人々が、一般的にもハッカーと呼ばれるようになった。

PC黎明期のハードウェアハッカー、80年代のゲームハッカーと、ハッカーは本来の意味で使われてきた。一方で、ネットワークを介して自らセキュリティを突破し、証拠を残すといった方法で企業や組織に脆弱性を知らせるようなハッキングも横行し始めた。それは素早く効率的にセキュリティホールを解決できる方法ではあったが、情報化社会の急速な進展とともに悪意のためにそれらの行為を行う者が出てきた。ハッカー本来の目的である創造とは逆、破壊を目的としたクラッカーはハッカーとは区別されるべきだったが、メディアがハッカーとして報じたことで、インターネット時代を迎える頃にはハッカーという単語にネガティブな意味が定着した。

「HACK」と大きく書かれたFacebook本社内のHacker Square

しかし、ソーシャル時代にさしかかり、Webスタートアップがアイデアや閃きを生かして大きなチャンスをつかめるようになると再びハッカー本来の意味にスポットライトが当てられるようになった。その代表がFacebookである。今ハッカーやハッキングはインターネットのスピードを生かしたソリューションを実現するためのキーワードになっている。最後にFacebookのIPO書簡の中から、今日の「Hacker way」をよく表している部分を紹介する。

「われわれは金銭的な利益のためにサービスを構築しているのではない。より良いサービスを実現するために利益を上げているのだ。この方法こそ今、何かを創造するのに適していると私たちは信じている。ただ利益の最大限化を追求する企業ではなく、信念を持った企業を見定め、そうした企業からのサービスを選ぶユーザーが近年増加している」。

まずはハックというバズワーズについて解説してもらった。ハックは、日本ではネガティブな言葉と大多数に捉えられているが、実はポジティブなものというのが正しい。今後もYamashita氏にバズワーズについて解説していただく。