時流に乗ってiPhoneやiPadを全社的に導入したものの、社員がどこまで使いこなせているか分からない。あるいは通話やメール閲覧のみでスマートフォンやタブレットならではの使い方ができずにいる。こんな悩みを抱える導入担当者は意外と多いものだ。

使い方の研修をする、使いこなしている社員の活用術をメルマガで紹介する…といった方法もあるが、iPadで使えるアプリケーションの質を高めることで活用率を大幅に高めた企業が、医療用薬品の製造・販売を行うアステラス製薬だ。

製薬業界ではMR(Medical Representative:医薬情報担当者)が医師との面談時間にタブレット端末を使ってプロモーション(医師への情報提供活動)を行う手法が一般化しつつあり、同社でも2012年頃からタブレット端末を使ったプロモーションが開始された。

コーポレートIT部 S&Mグループ 課長 長谷部隆幸氏

コーポレートIT部 S&Mグループ 課長の長谷部隆幸氏は、同社におけるタブレットPCの用途を次のように話す。

「短い面談時間で医師の要望に臨機応変に対応するため、紙の資料よりも素早く対応できて視覚的にもインパクトのあるツールが必要です。また、SFAでの実績照会や製品情報の照会、メール確認などが社外からも行えることによる効率化も、もう1つの大きな狙いでした」

こうして導入されたタブレット端末だが、タブレットでの提案が普及している環境下では他社との差別化を図れない。端末の切り替えをきっかけに、同社の創意工夫した取り組みが始まった。

タブレット端末の更新に併せてアプリも刷新

医薬品ごとにプロダクト担当がアプリケーションを制作するなど、iPad活用にあたってのプラットフォームは着々と整えられた。ところが肝心のMRのタブレット活用率が芳しくない。同社では、使用していた端末の性能面や操作性に問題があったと判断し、最新のAndroid・Windows・iOS各端末を用いて性能、機能や操作性を改めて比較し、機種選定を行った。

コーポレートIT部 S&Mグループ 課長 山内英樹氏

「iPadは普及度が高く、初めての利用者でも違和感なく操作できるため、導入後の教育がスムーズです。セキュリティ面でも、当社の要件を満たしながら、複数要素認証を実行する際の操作性など、インフラとトータルで、バランスの取れたシステムが構築できると判断し、iPadへの切り替えを決めました」と、検討のポイントを今回のプロジェクトをIT部門からリードした、コーポレートIT部 S&Mグループ 課長 山内英樹氏は語る。

まず、中核アプリケーションとなる「SmartShelf」(2012年初めより同社が使用している社内アプリの名称)を大幅に改良した。 SCSK社の提供する「MR2GO」(MR業務に特化したモバイルソリューション)を以前からカスタマイズして採用していた同社。端末をiPadに変更したのを機に内容や機能を見直した。PDF化した薬剤の製品関連資料やディテールを支援する資料、アプリケーション、動画などが入っており、プロモーションの際にアプリケーションから任意のファイルを開いて医師に説明を行う。アプリケーションに加えたさまざまな工夫も相まって、活用率を引き上げたようだ。

また、その他のアプリケーションも、制作方法を見直した。個別のアプリを目的別に数多く作るのではなく、HTML5で制作し、SmartShelf内のコンテンツとして動作させる。制作会社が異なってもSmartShelfに格納できるよう、検証環境を整備した。さらに、ガイドラインを策定し、操作性も統一した。

「アプリは20以上ありましたが、相当数をSmartShelf内のコンテンツに作り変えました。おかげでコンテンツ配信管理が行き届くようになりました。また、操作性が統一され、利用経験が他のアプリの操作でも活かせます」(長谷部氏)

MRの使いやすさを最優先してアプリ活用率が約2倍に

SmartShelfに収められたコンテンツ数は、基本的な情報は全製品分、またファイルの総数は数千に及ぶという。この中からシーンに合わせて必要な資料を見つけ出すにはある程度の慣れも必要となる。そこでSmartShelfを使い慣れないMR向けの機能が用意された。「トップ画面」と「ランキング」だ。

コーポレートIT部 S&Mグループ 岡崎秀平氏

「アプリを開き、トップ画面を表示すると、すでにコンテンツが並んでいて、タップすればすぐにその資料のプレゼンを開始できます。ここにMRのよく使う資料が優先して並んでいます」

iPadへの切り替えに合わせてバージョンアップした同アプリケーションの目玉機能をこう説明するのは、コーポレートIT部 S&Mグループの岡崎秀平氏だ。使い慣れていないMRでも、よく使われている資料がアプリケーション起動時点ですぐに見られるので"便利だ"と感じられやすく、また使おうというモチベーションに繋がるようだ。

「SmartShelf」を開くとトップ画面に自分のよく使う資料や、ランキング上位資料が並ぶので、すぐ使い始められる

「積極的にSmartShelfを使っているMR向けには、より臨機応変な提案が可能になる機能を実装しました」(岡崎氏)

医薬品企業の「プロモーションコード」を順守しながらも、オリジナルのストーリーを作成できる機能だ。会う医師に合わせて、紹介したい製品情報を事前にまとめておけば、忙しい医師と面談できる一瞬の時間でより多くの情報を提供できる。資料を探して切り替える手間が解消され、効率的な提案が可能になったとMRからも好評の声も早速寄せられているという。

こうした改良により、導入後数カ月の評価ではあるが、iPadに変わってからのコンテンツ再生回数は、以前の端末に比べて約2倍、再生ページ数も約2倍に伸びた。

「今まで積極的に利用していたMRも、そうでないMRも、活用率が上がった模様です」(岡崎氏)

iPadが必要不可欠となる一工夫

MR向けの研修を、同社では定期的に実施している。紙の資料を配付するのが従来のスタイルだったが、今後はこれを電子化しSmartShelf内のコンテンツとして配信する予定だという。

「普段からiPadを利用する機会を作ることで、今まであまり使わなかったMRでも抵抗感が緩和し、活用が促進されると期待しています」(岡崎氏)

こうした工夫によりiPadを使う習慣づけが進めば、プロモーションの質も底上げされる。さらにニーズに合わせたコンテンツ拡充も行われれば、iPad活用の好循環が生まれ、同社の提案力強化に貢献していきそうだ。