前回は融資のコストを比較する方法について解説いたしました。今回は2024年の資金調達環境について、統計情報を紹介しながらレビューします。2019年から継続して取り上げているテーマですが、今回も創業ファイナンスに焦点を当てて解説します。【1】新設法人数の推移、【2】ベンチャーキャピタルの投資状況、【3】創業融資の実績の順に、数字を追っていきます。
【1】 新設法人数の推移
新しく設立された法人の数の推移については、東京商工リサーチが毎年発表している「全国新設法人動向」調査にて確認することができます。直近5年の新設法人数を抜き書きすると下記の通りとなります。「株式会社比率」は筆者が計算しました。
2024年の新設法人数は過去最多の件数を更新したものの、伸びは鈍化しました。新設の株式会社数は減少したものの依然として10万社を超える水準を維持しております。新設法人数に占める株式会社の割合は約2/3と、例年通りの水準です。生産年齢人口が減っている環境下で新規設立されている法人の数が増えている背景として、政府が推進する「スタートアップ育成5か年計画」を挙げる意見が多いです。帝国データバンクの「2024年「新設法人」動向調査」ではシニア層の起業が増えていると報告されています。
【2】 ベンチャーキャピタルの投資状況
ベンチャーキャピタルの投資件数・投資金額を集計して発表している法人はいくつかあるのですが、本稿では例年通り2つ紹介いたします。
一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター(VEC)が毎年発表している「ベンチャーキャピタル等投資動向速報」は、日本に法人格があるベンチャーキャピタル等に対してアンケート調査をして集計されています。後述するスピーダの調査よりも調査範囲を絞りベンチャーキャピタルに焦点を当てているため、筆者は投資トレンドを把握する際に双方の情報を確認するようにしております。直近5年のベンチャー企業への国内件数投資と国内投資金額を拾うと下記の通りとなります。「投資金額/件」は筆者が計算しております。
中期的なトレンドとしてコロナ禍で投資を手控える動きがあったものの、件数の観点ではコロナ禍前よりも高い水準に達しています。投資金額の観点では合計額も1件当たり金額も増加傾向にありますが、ピークだった2021年の数字には届いていません。2020年が一番底、2022年が二番底だったと解釈しています。
スピーダが公表している「国内スタートアップ資金調達動向 Japan Startup Finance」(2025年9月時点では2025年上半期版の資料が最新です)は、新聞や雑誌で引用されることが多いレポートです。VECの調査との差異はエンジェルや事業会社からの出資も対象に入れている点にあり、過去に遡及してデータを訂正していることも特徴です。最新の資料においても、5年前の調達社数が100件単位で更新・追加されています。直近の動向に関する厳密な議論をするための根拠として用いることはまだまだ難しいですが、目安として活用する限りは申し分ないです。直近5年の調達社数と資金調達額を列挙すると下記の通りとなります。「投資金額/件」は筆者が計算しております。
社数の観点では、減少傾向が続いていますが依然としてコロナ禍前と同水準です。一方で金額の観点では増加しており、調達環境が大きく崩れたとは言えないです。2022年が相場の転換点だった可能性は濃厚ですが、数値は今後も更新され直近年度ほど大きく動くため、現時点での2024年に対する評価は控えます。
VECの統計値とスピーダの統計値を比較したとき、調達社数の観点で2022年がピークだった点は共通しています。投資金額のピークはVECが2021年でスピーダが2022年となっておりますが、VECの調査範囲が相対的に狭くて大型の資金調達の影響を受けやすいことが原因なのか、それとも特定の投資家層の行動にトレンドがあることが原因なのか、複数の仮説を立てることができるので背景を特定することは難しそうです。
創業して間もない企業のエクイティファイナンスについてもスピーダのレポートに記載があるので、抜粋して表にします。「調達額平均値」は筆者が計算した数値です。
スタートアップ全体の動きとは異なり、設立後1年未満の国内スタートアップに対する出資の件数は、期間内の数値の振れ幅(期間内の最小値÷期間内の最大値)の観点で変化が穏やかに見えます。調達額が2023年に大きく減少したことが気掛かりでしたが、2024年は回復しました。調達額の中央値は約500万円という水準が続いており、シードファイナンスは金額面で一種の安定的な相場が形成されている可能性が示唆されます。
【3】創業融資の実績
創業時のデットファイナンスに関する統計も2種類紹介します。政府系金融機関である株式会社日本政策金融公庫が毎年発行しているディスクロージャー誌の中で、創業前及び創業後1年以内の企業に対する融資実績が紹介されています。「金額/先数(百万円)」は筆者が計算しました。
2020年の特需が訪れた後、先数の観点ではコロナ禍前の水準(2018年の27,979先)を下回る状況が続いておりましたが、漸く戻りました。先数あたりの融資金額も底を打ちましたが、後述する民間金融機関の創業融資の金額よりも低い状況が続いています。原因について想像したとき民業圧迫というキーワードが頭をよぎりますが、現在の日本政策金融公庫は民間金融機関との協調融資を積極的に推進しており民間金融機関の創業融資自体も件数と金額が共に増加しているため、別の要素の影響を考えた方が良さそうです。根拠はありませんが、過去の実績をもとに与信を絞っているとイメージしています。
民間金融機関が信用保証協会を利用して実行した創業融資の件数と金額は、中小企業庁のWebサイトに掲載されています。「保証実績の公表(信用保証協会別の金融機関別、信用保証協会別、金融機関別)」のページに2018年以降の統計がまとめられていますが、ここでは「信用保証協会別の保証実績」を参照します。オリジナルの資料では保証承諾金額が百万円の単位で集計されていますが、他の情報と比較し易くするために1億円未満を切り捨てております。「金額/件数(百万円)」は筆者が計算しました。
創業融資の保証承諾件数も保証承諾金額も、2024年は過去最多を更新しました。件数あたりの承諾金額も引き続き増加していますが、物価上昇の影響を加味すると実質的には前年から変わっていないのかもしれません。最近はスタートアップの資金調達環境が悪化しているという主旨の報道が多いですが、民間金融機関による創業融資に限れば積極性が増していると言ってよいでしょう。
創業時の資金調達の難易度を類推するため、新設法人のうち出資を受けた企業の比率と融資を受けた企業の比率を試算してみます。
創業後1年の間に出資を受けられる株式会社の比率は年々低下しており、起業直後のエクイティファイナンスの間口が狭まっています。2024年の数字はまだ集計途上ですから流石に100社に1社という状況ではないはずですが、2%を継続的に下回る状態が続いています。「投資に値する起業家が減った」という意見がありますが、数字の裏付けを見て取れます。日本政策金融公庫の創業融資を受けた法人の比率は底を打ったようです。民間金融機関の創業融資を受けた企業の比率は年々上昇しており4社に1社の状況へ更に近付きました。
今回紹介した統計情報は今春から今夏にかけて発表された昨年の実績値のため、2025年の最新状況について気になる読者の方も多いと思います。創業融資の専門家であるINQの若林哲平氏に創業融資の直近のトレンドについて話を伺いました。3点コメントをいただいております。
(1)2024年4月の日本政策金融公庫の新創業融資の制度変更に伴い、支店決済額が1,000万円から3,000万円に上がった。制度上の融資上限が上がったが、2024年度前半は慎重、後半から徐々に従前の支店決済額を超える融資金額が多く出るようになった。
(2)創業1期目でも、公庫の融資を合わせて、保証協会付き融資(スタートアップ創出促進保証)と3,000万円を超える資金を融資のみで調達できるケースが増えてきた。
(3)VCが入っていることにより金利の優遇があるだけでなく、以前は経験不足で減額または否決されがちだった20代前半の起業家にも融資が出るケースが増えてきた。
2024年の創業ファイナンスに関する考察は以上です。次回は融資のビフォーコロナとアフターコロナを比較検討いたします。
→前回連載「東大発ベンチャー現役CFOが教えるデットファイナンス入門」はこちら













