アメ車かと思いきや、実は国産車。日産のケンメリスカイラインっぽくもあるけれど、実はトヨタ車。さて、このクルマの名前は?
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シブい…このクルマの名前は?(写真はオークションハウス「BINGO」が開催した「BH AUCTION TOKYO 06.21 at City Circuit Tokyo Bay」でマイナビニュース編集部が撮影しました)
オークション会場に集結した名車、高級車、希少車を一気に見る
スカイラインの対抗馬?
トヨタと日産が華々しい台数競争を繰り広げていたころに生まれたクルマです。名車「スカイライン」と戦うべく運命づけられたクルマでもありました。
正解はこちら!
【答え】トヨタ「コロナマークⅡ」
答えはトヨタ自動車の「コロナマークⅡ」です。
コロナマークⅡは1968年(昭和43年)に誕生しました。写真のクルマは2代目です。
トヨタは1955年に「クラウン」を発売し、2年後に小型車の「コロナ」を発売しました。コロナマークⅡはコロナの兄貴分といえる車種ですが、コロナ誕生から11年後に登場したことになります。コロナの兄貴分なので、車体もエンジンも若干大きめですが、クラウンより下の位置づけです。
コロナマークⅡ誕生の背景にあったのは、日産自動車「スカイライン」の存在といえます。
トヨタと日産は、「クラウン」と「セドリック」、「コロナ」と「ブルーバード」というように、競合車種を通じて販売台数を競っていました。そこに、プリンス自動車工業が1966年に日産と合併したことにより、日産「スカイライン」が現れます。
スカイラインはプリンス自動車が1957年から販売しており、すでに存在していました。しかし販売競争では、トヨタの視界に入っていなかったといえるでしょう。ところが、日産がプリンスを合併したことによって、スカイラインという駒を手に入れたのです。
スカイラインはセドリックとブルーバードの中間に位置する車種です。こうなると、トヨタにも対抗車種が必要になり、コロナマークⅡが構想されたのでしょう。
スカイラインは手ごわい相手です。プリンス自動車時代の2代目は、鈴鹿サーキットで開かれた「日本グランプリ」でポルシェを抜いたと話題になりました。日産と合併後の3代目、一般に「箱スカ」の愛称で親しまれるスカイラインは、GTという車種を当初から設け、クルマ好きを惹き付けました。さらに、レース出場を前提としたGT-Rも売り出します。
コロナマークⅡはコロナの上級車種として、上質な装いで誕生しました。クラウンには手が届かないけれど、コロナよりも上級の車種が欲しいという消費者には魅力的な選択肢です。独特なフロントグリルの造形は好みがわかれそうでしたが、個性は強めです。
また、4ドアセダンだけでなく2ドアハードトップを設定し、実用性が中心のコロナに比べ、個人利用での豊かさを印象付けました。そして2ドアハードトップには、「SL」(スポーティ・アンド・ラグジュアリー)や「GSS」(グランド・スーパー・スポーツ)と名付けた高性能車を設けました。スカイラインと比較するなら、SLがGT、GSSはGT-Rの対抗といえるかもしれません。ちなみにSLは、カローラやコロナでも採用されたグレード名です。
コロナマークⅡの2代目は、「ケンメリ」の愛称で親しまれた4代目スカイラインと同じ時代に登場しました。
写真のコロナマークⅡは2ドアハードトップのGSSです。直列4気筒エンジンながらスカイラインGT-R(こちらは直列6気筒)と同じDOHC(ダブル・オーバー・ヘッド・カムシャフト)の機構を採用し、猛然たる加速に凄みがありました。
顔つきは初代を継承するように独創的で、全体的に米国のスポーツカーのようなふくよかさと精悍さを兼ね備えていました。同じことはケンメリの造形にもいえ、豊かさにあふれた米国への憧れや、国内の経済成長を反映していたのかもしれません。
それでは、次回をお楽しみに!

















