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【答え】トヨタ自動車「パブリカ」
答えはトヨタのパブリカです。写真の個体は「ノスタルジック2デイズ 2026」で撮影しました。
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トヨタが初代パブリカを発売したのは1961年(昭和36年)です。
それ以前にスバル「360」などの軽乗用車が世に出はじめていたので、パブリカの位置づけは小型大衆車となります。日本でも高速道路が1963年に開通する動きがあり、それを予見して、軽自動車より車格が上となる大衆車として開発されたようです。
当時はまだ自家用車を持つことが稀で、乗用車の多くはタクシーとして使われる時代でした。個人にとってパブリカが初めての自家用車になることを前提に、販売価格を抑える原価に厳しい開発が行われました。
700ccの小さな排気量(現在の軽自動車は660cc)で十分な走行性能が得られるよう、車体は今日でも一般的なモノコックを採用しています。床下のフレームではなく、車体全体で力を受け持つことで丈夫さを得るモノコック構造は、軽量化にも効果があります。車両重量は600~640kgでした。いまの軽自動車より軽いくらいです。
ガソリンエンジンは2気筒の水平対向で、空冷を採用しています。水平対向エンジンであることで低重心になり、走りが安定しやすく、空冷であることはラジエターなどの部品を省くことに役立ちます。部品の数が少なければ、おのずと原価低減につながります。
エンジンを客室前に搭載して後輪で駆動する、いわゆるFR(フロントエンジン・リアドライブ)の標準的な駆動方式を採用しています。コラムシフトの4速手動変速(マニュアルシフト)により、最高速度は時速110kmでした。狙い通り、高速道路を走れる性能です。
販売価格は38.9万円で、軽自動車並みか、それ以下というほどの身近さです。
一方、原価を下げるため、燃料計やサイドミラー(当時は無くても合法だった)が省かれたといいます。
のちに、自動変速機を選べるようにしたり、エンジンなど部品の活用によりトヨタ「スポーツ800」(S800)の誕生につながったりと、野心的な取り組みも行われます。
8年後の1969年には2代目へとモデルチェンジしました。エンジン排気量は1,000cc(1リットル)を主力として、冷却方式は水冷になっています。
パブリカという車名は「パブリックカー」からの造語で、一般公募により選ばれました。国民のためのクルマ(大衆車)との思いが込められています。
パブリカとしては2代目で終わりますが、ここから「スターレット」「ヴィッツ」「ヤリス」とトヨタの小型乗用車の歴史はつながります。
それでは、次回をお楽しみに!












