日産自動車を代表する大衆車「ブルーバード」に「SSS」のバッジが付いています。このSSSとは何の略なのでしょうか?
SSSは高性能の証
SSSはダットサン・ブルーバードの高性能バージョンです。「SS」もあるのですが、SSSの方がさらに性能が上です。
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【答え】スーパー・スポーツ・セダン
答えは「スーパー・スポーツ・セダン」の頭文字です。「SSS」は「スリーエス」と読みます。
写真は2世代目の「ブルーバード」です。型式の「410」(ヨン・イチ・マル)が愛称でした。SSSがブルーバードのグレードに設定されたのはこのクルマが初めてでした。
初代ブルーバードが誕生したのは1959(昭和34年)です。型式は「310」で、車名は「ダットサン・ブルーバード」でした。型式番号がいきなり310となった理由は、その前に「ダットサン乗用車」という名の小型車があり、その型式番号が「110」(1955~1957年)と「210」(1957~1959年)だったからです。
ダットサンの由来については、日産自動車の前史といえる1910年(明治43年)に遡ります。工学博士であり実業家の鮎川義介が、鍛造会社の「戸畑鋳物」を設立したところから、ダットサンの歴史は始まります。
翌年1911年には技師であり実業家だった橋本増治郎が「改進社自動車工場」を立ち上げます。その改進社で作った自動車に「DAT」(ダット)の車名をつけました。改進社に出資した3人の名字(田=D、青山=A、竹内=T)の頭文字を並べた名です。
その後、改進社は「ダット自動車製造」を名乗り、戸畑鋳物の傘下となります。そして1932年(昭和7年)、小型乗用車に「ダット」(DAT)の息子(SON)という意味で「ダットソン」の車名を付けました。「ソン」は「損」につながるというところから「サン」(SUN=太陽)に替わり、「ダットサン」(DATSUN)となります。
会社のほうは1934年(昭和9年)、鮎川の持ち株会社である日本産業の100%出資により「日産自動車」に変わります。
以後、ダットサンは日産車のブランド名として使われるようになりました。米国では「ダッツン」の発音で親しまれました。
前置きがずいぶん長くなりましたが、写真の410ブルーバードは初めてモノコック車体を採用し、トラックなどと同じラダーフレームから脱却して、乗用車らしい作りへと進化しています。外観はイタリアのカロッツェリア(車体のデザインや製造をする業者)である「ピニンファリーナ」が手掛けました。
410ブルーバード発売の翌1964年に、まずは「SS」(スポーツ・セダン)が追加になりました。2つのキャブレターを持つ「ツイン・キャブレター」とすることなどにより、排気量1.2リッターのガソリンエンジンの馬力を向上させました。
1965年のマイナーチェンジで、エンジン排気量を1.6リッターに増やした「SSS」が追加になりました。排気量の増大もあり、SSに比べ40%近く性能が向上していました。
SSやSSSの性能の高さを示すべく、日産はアフリカの「サファリラリー」や欧州の「モンテカルロラリー」などに挑戦しました。
その成果が現れるのは、次の「510ブルーバード」の時代です。サファリラリーでの総合優勝は、石原裕次郎の制作による『栄光への5000キロ』という映画にもなりました。
それでは、次回をお楽しみに!









