株式上場以来、初の赤字転落となったホンダが6月26日に定時株主総会を開催する。この株主総会を目前にして、ミニバン「オデッセイ」の国内販売が2026年度内にも終了することがわかった。

  • ホンダ「オデッセイ」

    報道によれば、ホンダは「オデッセイ」の国内販売終了を決めた

名車オデッセイの軌跡を振り返る

1994年に「RV」(レクリエーショナル・ヴィークル)としてデビューした初代オデッセイは、発売後まもなくホンダの業績を回復させるほどの大ヒットを記録。業績が低迷していた同社の“救世主”とまで言われた基幹車種だった。

  • ホンダ「オデッセイ」

    1994年に発売となった初代「オデッセイ」

ホンダの名車オデッセイの国内販売終了は、ホンダ四輪事業戦略の変遷で何を意味するのか。

  • ホンダ「オデッセイ」

    こちらが現行型「オデッセイ」

オデッセイは1994年、ホンダが提唱した「クリエイティブ・ムーバー」(生活創造車)として登場した。当時の国内乗用車市場はアウトドア・RVブームが巻き起こり、セダン需要からRV需要へと自動車の主流が移行する時期だった。

その頃のホンダは「RVを持っていないのが致命的」と言われ、当時の提携先だったいすゞ自動車から「ビッグホーン」のOEM供給を受け、「ホライゾン」として細々と販売していた程度で、セダン・クーペ以外の車種展開に出遅れて、業績が低迷していたのだ。

  • ホンダ「ホライゾン」

    ホンダ「ホライゾン」

そんな中でホンダは、厳しいコストの制約から「アコード」のプラットフォームを用いてミニバンの「オデッセイ」を開発。これが大ヒットし、業績回復の糸口をつかんだ。オデッセイは国内市場での低ルーフミニバンブームの火付け役ともなった。

  • ホンダ初代「オデッセイ」

    初代「オデッセイ」

ホンダはオデッセイのボディサイズをアコードと同じ生産ラインに流せる限界のサイズとし、当時のワンボックスカーでは常識だった後席スライドドアを採用しなかった。このあたりの感覚と、ダブルウィッシュボーンによる走りの良さなどが評価され、日本で大ヒットとなった。

  • ホンダ初代「オデッセイ」

    初代「オデッセイ」の車内(6人乗りキャプテンシート)

オデッセイはモデルチェンジを続け、5代目が2013年に投入されたが、日本での生産は2021年末の狭山工場の閉鎖に伴い終了。2023年に中国工場から輸入して国内販売を再開していた。

  • ホンダ「オデッセイ」

    中国生産車を日本に導入する形で国内市場に復活させた現行型「オデッセイ」

乗用車ベースのミニバンとしてセダンと同等の運動性能を持ち、3代目以降では「低床」「低重心」をキャッチコピーとし、セダンよりも広い室内空間を売りにした。リアのドアに関しては、初代~4代目までは一般的なセダンと同様の前ヒンジドアを採用したが、5代目モデルでは「エリシオン」との統合による更なる底床化と車高アップに伴い、両側スライドドアに変更された。

中国製オデッセイの販売終了、影響は?

だが、中国製オデッセイの国内販売は低迷し、直近の販売はピーク時から9割以上の減少にとどまっており、ホンダは本年度内のオデッセイ国内販売の終了を決めた。

ホンダは電気自動車(EV)戦略のミスにより上場以来初の赤字転落となったが、赤字の要因である四輪事業の低迷は、一時は北米と共に収益源として伸ばしていた中国市場での苦戦によるところが大きい。オデッセイの国内販売終了も、中国でのホンダ車大幅減産につながるものだ。

かつては救世主だったオデッセイの国内生産が狭山工場閉鎖と共に終了し、今度はついに中国製の国内販売も終える。いかにもホンダの窮状を象徴する動きといえよう。2021年4月に就任した三部敏宏社長も6年目を迎えて、6月26日の定時株主総会は経営陣への厳しい批判と追及が避けられない情勢だ。