300年以上の歴史を持ち、世界最高峰のスパークリングワインとして親しまれてきたシャンパン。その世界ではいま、大手メゾン中心の時代から、土地や造り手の個性を映す小規模生産者へと価値観が変化している。書籍『世界を歩いたワインインポーターが語る 変貌するシャンパンの世界―教養として知るシャンパン革命―』(石田大八朗/ジェイコード)では、長年シャンパーニュの現場を見てきたワインインポーターの視点から、その歴史や近年の潮流、知っておきたいトリビアや楽しみ方までを解説する。本稿では、その一部を抜粋して紹介する。
今回は「RM革命を生んだ、ブドウ畑のパッチワークの謎」。
RM革命を生んだ、ブドウ畑のパッチワークの謎
シャンパーニュ地方には、独特の景観があります。丘陵地帯に拡がるブドウ畑は、空から見ると、まるでパッチワークのような美しさ。春は新緑、夏は深緑、秋は黄金や紅葉、そして冬の枯れ木色へと移行し、訪れる時期によって目を楽しませてくれます。
長年、見慣れてきた景色ですが、なぜ、シャンパーニュ地方の畑は小さな区画で仕切られているのでしょうか。もちろん、シャンパーニュ地方だけでなく、他のワインブドウ産地にもいえることですが……。
歴史を遡ると、1804年に制定された、ナポレオン法典(フランス民法典)にその由来がありました。これは、ナポレオン1世による近代的な私法の基本ルールを定めたもの。フランス革命の成果を法制化し、「法の前の平等」「私有財産の不可侵」「契約の自由」などを基本原則にしています。要するにそれまでの貴族の特権を壊し、国民を平等にするために作られた法律です。これにより、フランス国民の相続制度は「均分相続」へと大きく変化しました。ブドウ畑の場合、例えば、30haの畑を持つ農家に子どもが3人いた場合、相続時に、長男10ha、次男10ha、三男10haと分筆されます。次の世代になり、各10haに対してまた、子どもが3人いたら、3.3haずつ分筆されます……。これを何世代も繰り返した結果、極小区画が無数に生まれたというわけです。
ここで少し補足すると、ブドウ畑の小さな区画は一般に「パーセル」と呼ばれ、栽培・所有・管理の単位としての区画を指します。一方で、それとは別に、畑には何世代にもわたって受け継がれてきた固有の畑名、「リュー・ディ」があり、ブルゴーニュの銘醸畑のように、それぞれが独自の個性を持つ場所として認識されてきました。例えば、ル・メニル・シュール・オジェ村にある「LesChétillons(レ・シェティヨン)」はシャルドネの名区画として知られ、アイの「LaCôteFaron(ラ・コート・ファロン)」は、シャンパーニュでも畑の個性を前面に打ち出すRM革命を象徴する畑として語られています。
リュー・ディは土地(畑)の名前であり、その中に複数のパーセルが存在することも珍しくありません。つまり、ナポレオン法典によって細分化されたのはリュー・ディではなく、その中の所有区画、パーセルです。
シャンパーニュ地方の栽培面積は約3万4000ha。そのブドウ畑は約28万もの小さなパーセルに分かれており、1区画当たりの平均面積はわずか0.12haほどとされています。栽培者は1万6000人以上にのぼるため、1人あたりの平均栽培面積も2ha前後にすぎません。
その理由は一つではなく、均等相続に加え、結婚や親族間の継承、ブドウ畑の売買、フィロキセラや戦争による土地移動などが重なって、現在のモザイク状の所有構造が生まれたといえます。実際、シャンパーニュ地方で長らくRMが少なかった理由の一つに、畑が細かく分散しすぎていた構造的な問題もありました。普通のワイン産地なら小さなパーセルごとに収穫して、小さな容器で醸造していけばよいだけの話ですが、シャンパンの場合そうはいきません。なぜならシャンパーニュで一般的な圧搾機は小さくても2000キロというサイズ、これを満たすには膨大な量のブドウが必要となります。村が違ったり、同じ村でも日照条件が違うと最適な収穫日が異なってきてしまい、それぞれの畑でベストな収穫日を目指すと一緒に醸造できません。結果として、圧搾機のサイズに合わせてベストでない日に収穫を強いられます。ところが生産量は数千本レベル。経済的に割が合いません。そこで最も合理的だったのが、「ブドウをメゾンに売る」という選択だったのです。
そもそも、シャンパーニュ地方では、古くから畑の個性よりもブレンドが重視されていたので、その意味ではメゾン文化は、細分化された農地構造によって支えられ、強化されたともいえるでしょう。ところが、20世紀のCM(協同組合)の展開を経て、「自分でシャンパンを造りたい」という若いRMたちが畑に注目し始めます。その小さな区画の違いに価値を見出し、それぞれが、畑のテロワールを表現していくのです。かつてはブレンドのための素材に過ぎなかったパーセルやリュー・ディも、やがてワインの主役となるのです。
『世界を歩いたワインインポーターが語る 変貌するシャンパンの世界―教養として知るシャンパン革命―』(石田大八朗/ジェイコード)
シャンパーニュは300年以上にわたり世界最高峰のスパークリングワインとして親しまれてきました。一方で近年、大きな価値観の変化が起きています。かつて主流だった大手メゾン中心の時代から、畑や土地、造り手の哲学を映し出す小規模生産者「アルチザン・シャンパーニュ」へ──。世界中のワインラバーやトップソムリエたちの注目は、ブランドではなく、生産者の思想やテロワールへと移りつつあります。本書では、長年にわたり世界各地の生産者を訪問してきたワインインポーターの視点から、シャンパーニュの歴史だけでなく、業界を揺るがす大転換期の内幕を解説しています。


