これまで為替市場では、「日本は低金利、米国は高金利」という構図が円安・ドル高を支えてきました。ところが今、日米双方で金利をめぐる環境が大きく変わり始めています。
私は「円安・日本売りが終わる」のではなく、「金利差だけで円を売れば済む時代が終わりつつある」と見ています。その変化を、金融政策、財政、為替介入の3つの視点から整理します。
日米そろって引き締め方向へ
日銀は9月17日・18日の金融政策決定会合で政策金利を1.25%へ引き上げました。一方、FRB(米連邦準備制度理事会)も9月15日・16日のFOMC (米国連邦公開市場委員会) で0.25%の利上げに踏み切り、政策金利を3.75~4.00%としました。FOMC参加者18人のうち16人が年内にもう一度の利上げを見込んでおり、タカ派色が強まっています。
トランプ政権は景気や財政負担を意識して利下げを求めてきましたが、関税やエネルギー価格の上昇でインフレが粘着的となり、FRBは利下げどころか引き締めに動きました。日米の両方に「金利を上げる理由」が存在する点が、これまでとの大きな違いです。
米国が日本の金利・財政を気にする理由
現在の相場で見逃せないのが、ベッセント米財務長官の動きです。8月末のG20財務相・中央銀行総裁会議に合わせて植田総裁と会談し、米財務省は9月1日、「長官が『円の大幅な過小評価』への対処を支持するとともに、円安が日本のインフレ圧力の一因だと指摘した」と公表しました。日本の財政・金融政策にも、これまでになく強い関心を示しています。
その背景にあるのは、米国債市場の構造です。日本は世界有数の対外純資産国であり、最大級の米国債保有国でもあります。日本の長期金利が上昇すれば、国内投資家にとって海外資産の魅力は相対的に低下し、資金が日本へ回帰(レパトリエーション)する可能性があります。そうなれば米国債の需給が緩み、米金利の不安定化を通じて、米国自身の財政運営にも影響が及びかねません。
米国が日本の金利や財政を気にするのは、単なる円安の是正だけではなく、日本発の金利上昇が米国債市場へ波及することへの強い警戒感もあると考えられます。日本の金利・財政問題は、もはや日本一国の問題にとどまらなくなっているのです。
協調介入が買ったのは「時間」
7月31日、日米は協調して円買い介入に踏み切りました。単なる円安阻止ではなく、円、国債、株が同時に不安定化する「日本売りトリプル安」のリスクを抑える狙いがあったと見ています。
日本の財政拡張への懸念からJGB(日本国債)が売られて金利が上昇し、同時に円安が進んで輸入物価が上昇する——こうした悪循環が海外の債券市場にまで波及すれば、市場全体のボラティリティが急上昇します。米国が「秩序ある為替市場」を繰り返し強調するのはそのためです。介入だけで相場の根本的なトレンドを変えるのは難しくとも、適切な政策対応をとるための「時間を買う」役割は果たせます。
鍵は金利上昇の「理由」
ここで最も重要なのは、金利上昇が常に「円高要因」になるとは限らない点です。
金融政策の正常化による金利上昇:
日銀の利上げなど金融政策正常化を背景とした金利上昇は、日米金利差の縮小を通じて円高に働きます。
財政悪化懸念による金利上昇:
財政悪化懸念から長期金利が跳ね上がる場合は、日本の債券が売られる「日本売り」であり、むしろ円安要因となります。
日銀が利上げを進め、財政運営にも規律が保たれるなら、金利上昇は円の下支え要因になります。反対に、財政拡張への警戒だけで長期金利が上昇し、日銀が動きづらい状況になれば、円安と債券安が同時に進む「質の悪い金利上昇」になりかねません。
今の市場が見ているのは、金利差の絶対値ではなく、金利が上がる理由が「金融政策の正常化」なのか、あるいは「財政悪化への不安」なのかという点です。為替市場の主役は、金利差から「金利と財政の組み合わせ」へ移りつつあります。
「終わり」ではなく「前提の変化」
実際、日銀が利上げを決めた9月18日も素直に円買いにはつながりませんでした。決定会合で2人が反対票を投じたことなどから、追加利上げは緩やかなペースにとどまるとの見方が広がり、ドル円は158円台まで上昇。その後、日銀のレートチェック報道などを受け、156円台後半へ急速に戻す場面がありました。さらに、直近の9月23日(NY市場)でも良好な米PMIを受けた米金利の上昇から再び158円台へ押し上げられるなど、日本の利上げがあっても円高が定着しにくい足元の地合いが続いています。
「金利差があるから円を売ればよい」という単純な相場観は過去のものとなりつつあります。今後の注目点は、日銀の追加利上げのペースと日本の財政運営、10月のFOMC、そして当局による追加介入の有無です。
「円安・日本売り」が終わるかどうかを判断するには、単純にドル円の水準を追いかけるだけでは不十分です。これからは、日本の金利がなぜ上がっているのか、日本の財政がどう評価されているのか、そして米国がそれをどう受け止めているのかを多角的に観察する必要があります。
為替市場を測る物差しそのものが、今まさに変わり始めていると考えています。

