相続の相談の場で、「親が遺してくれたアパートなので、売るつもりはありません。ただ、空室も増えてきていますし、このままでいいのか正直よく分からないのです」という声をよく耳にします。保有を続けること自体は問題ではありません。しかし「なぜ持ち続けるのか」と尋ねると、「親が遺してくれたから」「何となく売るのはもったいない」「そのうち子どもが使うかもしれない」といった、明確な根拠のない回答が返ってくることが少なくないのです。
不動産は預貯金とは異なり、持っているだけで価値が維持される資産ではありません。適切に管理し、定期的に判断し、必要に応じて方向性を見直し続けることで初めて価値が保たれる資産です。だからこそこれからの時代に求められるのは、「保有する」という発想ではなく、「経営する」という発想への転換です。
「経営」とは難しい理論ではなく、意思決定の積み重ね
「経営」と聞くと、会社経営や事業経営のような専門的な話に聞こえるかもしれません。しかし、ここでいう経営とは高度な経営理論のことではありません。
- このまま持ち続けるべきか
- 売却すべきか
- 修繕すべきか
- 建て替えるべきか
- 賃貸を継続すべきか
こうした判断を、状況の変化に応じて繰り返し行っていくこと自体が、不動産における「経営」です。つまり不動産経営とは、その不動産を長く良い状態で維持し、収益性や資産価値を守るために意思決定を続けるプロセスにほかならないのです。
「保有」と「経営」を分けるのは、視点の違い
保有という発想では、「持っていること」自体が目的化しやすくなります。一方、経営という発想では、「その不動産が現在、どのような価値を生んでいるか」を常に問い続けることが重要です。
具体的には、次のような観点から定期的に棚卸しをすることが欠かせません。
- 家賃収入は市場相場に見合っているか
- 将来にわたって賃貸需要は見込めるか
- 修繕費や維持費に見合う収益性があるか
- 共有名義や権利関係を含め、次世代へ円滑に引き継げる状態か
特に共有名義のまま放置された不動産は、相続人間の合意形成が難しくなり、将来的に売却や建て替えができなくなるリスクがあります。
「何もしない」という経営判断の代償
不動産には、固定資産税、修繕費、管理費、空室リスクなど、保有しているだけで発生し続けるコストがあります。それにもかかわらず、「今のところ困っていないから」という理由だけで放置してしまうケースが多くみられます。
経営の視点で見れば、これは「何もしない」という意思決定をしているのと同じです。判断を先送りにした結果、建物の老朽化が進み、大規模な修繕費用が必要になったり、売却価格が下落したりするなど、資産価値が低下し、次世代に負担だけが引き継がれる結果につながりかねません。
会社の決算のように、不動産にも「経営診断」を
企業が毎期決算を行い、業績を確認するのと同様に、不動産についても定期的な経営診断が必要です。
こうした観点から定期的に見直すことで、将来の選択肢が広がります。「買って終わり」「相続して終わり」ではなく、不動産は保有している間中、経営判断が続く資産なのです。
相続は「ゴール」ではなく「スタート」
相続の手続きが完了すると、「一安心」と感じる方は多いでしょう。しかし不動産にとっては、そこからが本当のスタートです。その資産をどう維持し、どう活かし、いつまで、どのような形で保有するのか。融資、税務、修繕・建築、法務といった複数の専門領域にまたがる判断を、場当たり的にではなく一貫した方針のもとで続けていくことこそが、資産価値を守る鍵となります。
だからこそ私自身も、複数の専門家の意見を調整しながら、一貫した視点で意思決定を支援することを重視している。
「保有する人」ではなく「経営する人」になる
かつて不動産は「持っているだけで価値が上がる資産」と言われた時代がありました。しかし人口減少や空き家の増加が進む現在、その前提はすでに崩れつつあります。
これから求められるのは、「保有者」ではなく「経営者」としての意識です。不動産は放っておいても価値が生まれる資産ではありません。管理し、判断し、必要に応じて方向性を修正する。その積み重ねによってはじめて、次の世代へ引き継ぐ価値ある資産となります。
相続した不動産もまた、「持つもの」ではなく「経営するもの」という視点で向き合うこと。それが、持続可能な資産活用を実現するための第一歩です。
次回は、「“残す不動産”と“手放す不動産”の違い」をテーマに、相続した不動産をすべて持ち続ける必要はないという考え方を解説します。どの不動産を次世代へ遺し、どの不動産を整理すべきか。その判断基準について考えます。


