ヤナセが中国の自動車メーカーであるBYDの販売に参入する。日本で100年以上の歴史を持つ輸入車販売の雄が、電気自動車(EV)を中心に急成長を遂げている中国メーカーの取り扱いを始める理由とは?
輸入車の老舗がBYDのEVを販売
ヤナセが中国EVメーカーのBYDを取り扱う――。
このニュースだけを見ると、輸入車販売の老舗が中国メーカーの販売に乗り出したという意外性が目を引く。しかし、7月11日にオープンした「ヤナセEVスクエア磯子支店」(BYD AUTO 横浜南)の開所式で両社トップの話を聞くと、今回の提携は単に販売ブランドを増やしたという話ではなさそうだ。
ヤナセはBYDからEV(電気自動車)販売のノウハウを学び、BYDはヤナセが100年以上かけて築いてきた販売力や顧客との信頼関係を学ぶ。お互いが相手の強みを取り込みながら、日本市場に合った販売モデルを作ろうという思惑が見えてきた。
店舗増は急がない? ヤナセがBYDと組む理由
開所式でヤナセの森田考則社長は、「創業111年という節目の年にBYDを取り扱えることに縁を感じている」とあいさつした。その一方で、話の中心はBYDそのものではなく、日本のEV市場が抱える課題へと移っていった。
「EVは売って終わりではありません。納得して購入していただき、安心して乗っていただき、さらに次もEVに乗り換えていただく。そのサイクルが回って初めて市場として定着します」
森田社長が何度も口にしたのは、この「サイクル」という言葉だった。
日本ではEVの普及率そのものが高いとは言えない。それ以上に、EVを買ったユーザーが次もEVを選ぶという流れが、まだ十分にできていないという認識だ。
その課題を解決する可能性を持つメーカーとしてBYDに着目したという。
「BYDには、そのサイクルを実現できる力があると思いました。ここで学んだことをヤナセ流の販売ノウハウと組み合わせ、今取り扱っているブランドにも横展開できれば、お客様にもっと幅広い提案ができるようになると思っています」
開所式では「小さな一歩」という表現も使ったが、囲み取材では、その意味をもう少し具体的に説明している。
今後、BYDの店舗を増やしていく考えはあるのかという質問に対し、返ってきたのは意外な答えだった。
「まずは1店舗です」
森田社長はこの日の取材で、この言葉を何度も繰り返した。
「2店舗目、3店舗目を急ぐつもりはありません。ヤナセの強みは、買っていただいたあとにもう一度戻ってきていただけること。そのやり方がBYDでも通用するかを見極めることが先です」
販売会社のトップらしからぬ慎重な発言にも聞こえる。しかし、その背景には、販売台数よりも顧客との関係づくりを重視してきたヤナセらしい考え方がある。
「『BYDを買うならヤナセで買いたい』と言っていただけるようになって初めて、次の店舗を考えます」
販売網を広げることよりも、まず成功事例をひとつ作る。それが森田社長の描くシナリオだった。
もうひとつ印象に残ったのは、BYDの顧客像についての考え方である。
「メルセデス・ベンツやBMWのお客様とは違う、新しいセグメントのお客様だと思っています」
既存の輸入車ユーザーへ積極的に乗り換えを促すというより、これまでヤナセと接点のなかった層との出会いを期待しているという。若い世代やEVに関心を持つ新しい顧客層との接点を持つことが、将来のヤナセにとっても意味を持つと考えているようだ。
実は数年越し? BYDがヤナセと組む理由
一方、BYD Auto Japanの東福寺厚樹社長が繰り返したのは、「ヤナセ」というブランドが持つ価値だった。
「ヤナセさんは、日本の輸入車販売のパイオニアです。『輸入車といえばヤナセ』というブランドを長年築いてこられました。そのネットワークの中でBYDを扱っていただけることは、私たちにとって非常に大きな意味があります」
販売店が1店舗増えたというより、ヤナセという看板の下でBYDが販売されること自体に価値を見いだしている様子だった。
東福寺社長は、今回の提携で学びたいこととして、販売台数や営業手法ではなく、「お客様との信頼関係」を挙げた。
「ヤナセさんは長年、販売だけでなく整備やアフターサービスを通じて、お客様との信頼を積み重ねてこられました。そのノウハウは私たちも学びたいと思っています。ここで成果が出れば、全国の販売店にも展開していきたいと考えています」
ヤナセで培われた接客やアフターサービスを、BYD全体の販売品質向上にも生かしたいという考えだ。
実は両社の接点は今回が初めてではない。
東福寺社長によれば、BYDが日本で販売ネットワークづくりを始めた2022年当初にもヤナセに声を掛けていたという。ただ、その時は具体的な提携には至らなかった。
流れが変わったのは昨年。森田社長から「もう一度話を進めたい」と連絡があり、販売実績や事業性、今後の商品計画などを互いに確認しながら協議を重ねた結果、今回の出店につながったという。勢いだけで決まった話ではなく、およそ3年をかけて実現した提携だったことになる。
そのBYDが、今年後半の切り札と位置付けるのが、7月28日に発売開始が予定されている軽EVの「ラッコ」だ。
東福寺社長は「軽自動車は日本市場の35~40%を占める最大のカテゴリーです」と切り出し、「これまでガソリン車しか選択肢になかったお客様に、新しい選択肢を提案できる」と期待を寄せた。
「帰宅すれば自宅で充電できる。静かで、坂道でも力強く走る。そうしたEVならではの魅力を、まずはラッコで体験していただきたい。そして『BYDはこんなクルマを作っているメーカーなんだ』と知っていただければ、ドルフィンやアット3にも興味を持っていただけると思います」
ラッコは販売台数を稼ぐだけのモデルではなく、BYDというブランドを知ってもらう入口として位置付けられていることがうかがえた。
今回の取材で印象に残ったのは、両社とも販売目標や店舗展開の話を前面に出さなかったことだ。
森田社長は「まずは1店舗」と繰り返し、東福寺社長は「ここを成功事例にしたい」と話す。ともに視線は、目先の販売台数ではなく、その先にある顧客との関係づくりへ向いていた。
輸入車販売で111年の歴史を持つヤナセと、世界最大級のEVメーカーへと成長したBYD。一見すると異色の組み合わせにも映るが、互いに足りないものを補い合うという点では、意外なほど目指す方向は一致していた。
「BYDを買うならヤナセで」
森田社長が囲み取材で口にしたこの言葉が現実のものになるかどうか。今回オープンした「ヤナセEVスクエア磯子支店」(BYD AUTO 横浜南)は、その可能性を占う最初の一歩となりそうだ。






