1970年代のアメリカで「プアマンズポルシェ」というありがたくない呼ばれ方をしていたのが、日産自動車の初代「フェアレディZ」だ。このクルマは今でも大人気で、中でも「240ZG」というモデルは、もはやプアマンには手の届かない存在になりつつある。

  • 日産「フェアレディZ 240ZG」

    マルーンのボディカラーがシブい「フェアレディZ 240ZG」(本稿の写真は撮影:原アキラ)

「オートモビルカウンシル2026」に集結した名車、旧車の写真ギャラリーはこちら

安くてポルシェ並みだった名車がポルシェ並みの価格に…

1969年にデビューした初代=S30型のフェアレディZは、「Z」の付かない先代「フェアレディ」(貴婦人の意味)とは異なる本格スポーツカー路線に転向。当時の北米では「DATSUN」ブランドで販売されたため、「ダッツンZ」とかシンプルな「Z(ズィー)カー」という愛称を獲得し、その性能と安価さから多くのユーザーに愛されるモデルになった。

その一方で、「高価なポルシェが買えない人たちが手に入れることができるクルマ」という失礼な理由から、「プアマンズポルシェ」(貧乏人のポルシェ)と揶揄する人がいたことも、また事実。ただ、逆にいうと、低価格でポルシェ並みの性能が手に入るとも解釈できるので、そこまでひどい呼び方ではないとも考えられる。

  • 日産「フェアレディZ 240ZG」

日本仕様のZが「L型」2.0L直列6気筒SOHCエンジンを搭載していたのに対し、北米向けモデルはより強力なトルクを発生する2.4L直6の「L24型」エンジンを積んでいた。L24型搭載の「240Z」が日本のラインアップに加わったのは、1971年のことだ。中でも最上級グレードとなる「240ZG」は、ヘッドランプカバーを装着するとともに、FRP製でフロントバンパー一体型の特徴的な「Gノーズ」を装着。さらに、四輪のオーバーフェンダーを取り付けたエアロスタイルで登場し、価格は150万円と高価だった(スタンダードなZは93万円)。

  • 日産「フェアレディZ 240ZG」

「オートモビルカウンシル2026」のヴィンテージ宮田自動車ブースに置かれていた240ZGは、当時のイメージカラーである「マルーン」のボディカラーを身にまとっていた。筆者が最も好きなモデルのひとつだ。

この個体はフルレストア車で、ボディカラーは元色で仕上げてあり、SUツインの2.4Lエンジン、ミッションなど、全てがオーバーホール済み。フジツボマフラー&タコ足で仕上げてある。

足元は定番である15インチのワタナベ製アルミを装着。後付けのパワステも装着してあるという。

インテリアもオーバーホール済みで、ダッシュボードや全てのゴム類は新品に交換。ここまで仕上げてある240ZGのプライスタグは2,150万円で、もはやプアマンでは買えない価格となっていた。