1983年、PORTERの名作「TANKER」が誕生した当初から、TANKERシリーズの製作を続けている職人がいる。東京・下町でおよそ80年、カバン職人として活躍してきた池田松郎さんだ。いまや世界中にファンを持つTANKERシリーズが、どのように生まれ、どう磨かれてきたのか。その背景を知る池田さんを訪ね、工房で話を聞いた。
「洋服でも作るのか?」当時は斬新だった生地とデザイン
今年で93歳を数える池田松郎さん。カバン職人としての歩みは15歳の頃というから、キャリアは80年近くになる、大ベテランだ。
「昔はとにかく手に職をつけろと言われたんですよ。神奈川県・三浦半島からこっちに出てきて、最初は叔父さんの露店を手伝っていたんだよね。でも、それだけじゃ食べていけない。だから、とにかく何か手に職をということで、カバン職人の道へ進みました」
職人人生のスタートを振り返ってくれた池田さんだが、初めてミシンを踏んだ日のことも覚えているという。
「あの頃はとにかくやらなくちゃしょうがないから、修行も何もないんだよね。それに昔は足踏みミシンだから、今とは違って足と手を動かさないといけない。だから、最初の頃はロクなものができなかったね」
挫折を味わいながらもカバン職人としてのキャリアを重ねていく中で、吉田カバンの仕事も請け負うようになっていった池田さん。そして、1983年、企画が立ち上がったばかりのTANKER製作の話が舞い込んでくる。
「中に綿が入ったナイロン生地を持ってきたから、最初は洋服を作るのかと思ったの。だから、企画人に『カバン屋をやめて服を作るのか?』って冗談を言ったくらい。それぐらい当時は、ボンディング生地でカバンを作るっていう発想がなかったんだよ」
TANKERに使われているのは、ナイロンの表地と裏地の間にポリエステルの中綿を合わせた3層構造のボンディング生地。実際に製作を始めると、当時一般的だったナイロン生地との違いを痛感したという。
「主流は生地の真ん中にゴムが入るゴム引き生地、でもTANKERのナイロン生地は真ん中が綿でしょう。ゴム引き生地は持った時の感覚が合皮みたいだけど、TANKER生地はふわふわしているから、最初はちょっと扱いに手間取ったことを覚えているね」
さらに図面を見たときに、"これは作るのに根気が必要だ"と思ったそうだ。
「図面を見たとき、ポケットが多いなと思ったし、工程が多いから『これは根気がなきゃダメだ』と思ったね。でも、生地も図面も斬新で、面白いと思ったよ。ほら、今までこういうのってなかったから」
そして完成した最初のTANKER。しかし、池田さんの第一印象は意外なものだった。
「ボンディング生地のカバンなんて当時はなかったから、斬新すぎて、最初は全く売れると思わなかったね(笑)」
「吉田の人も『そんなに続かないよ』って言っていたんだから。そう考えると、今でも売れているんだからTANKERはとんでもないよね」
そんなTANKERシリーズは今年で42周年を迎えた。その人気の背景については「そんなのこっちが知りたいよ。売れると思っていなかったんだから(笑)」と意地悪そうに笑みを浮かべる池田さんだが、製品への愛着を尋ねると思わず本音がこぼれる。
「やっぱり、完成したTANKERを見ると自分の子どもみたいな感覚がある。昔は『嫁に行くんだな』ってよく言っていたの。手作りだから同じように作っていてもどうしても個体差って出てくるんだけど、本当によくできているカバンは売るのをやめようかなって思ったこともあるよ」
職人の手作業だからこそできるTANKERシリーズ
現在は、検品作業を中心に製作に携わっているという池田さん。その中でも、念入りにチェックする場所がある。
「一番の要所はポケットの角がしっかりと立っているかどうか。特にフロントポケットはカバンの顔だから、ここがうまく縫えていないとダメだね」
TANKERシリーズは2023年、100%植物由来のナイロン生地にリニューアル。デザインもパーツも刷新され、ユーザーとしてはより使いやすくなったわけだが、工程が増えた分、作り手側にはより根気が必要で、丁寧な作業が求められるという。
「ショルダーベルトはとにかく縫う工程がものすごく多い。今、担当してくれている職人も最初はやってもやっても終わらないと思ったって。シンプルに見えるんだけど、ここを縫って、ここを縫って、ここを縫ってと、細かく細かく進めて、やっとあの形に仕上がるんだから。とてもじゃないけど、機械では絶対にできないよ」
「ファスナーはカバンがほぼできているところにつけていくから、ぐるっと回さないといけないんだけど、カバンが小さくて距離がないから大変だよ。大きさがもう少しあれば違うんだろうけどね。それにここが最後の仕事だから、失敗したらそれで全部が終わりなんだ」
3層構造のTANKER生地、基本的には縫い直しができない。
「縫い直そうとして表はなんとかなっても、裏が前に縫った穴とは全く違うところを縫っちゃったりするからTANKERは一発勝負。職人もそのつもりで、緊張感を持って作業してくれていると思うよ」
"メイド・イン・ジャパン"のクラフツマンシップを体現し続けて
現在は日本だけではなく、世界的にも人気が高まっているTANKERシリーズ、池田さんは「これは下手なことはできない」と、より一層身を引き締めているという。
「ヨーロッパの方でも人気が出てきたっていうじゃない。ヨーロッパもいいモノづくりをしているから、『日本っていう国はこんなものしかできないのか』とはやっぱり思われたくないよね」
これからTANKER製作に携わっていく若い職人に向けて、「ポケットや縫う工程がとにかく多いから根気を大切に、丁寧に作って欲しい」とメッセージを送る池田さん。「体が動いてできるうちは、これからもTANKER製作をしていくよ」と語るなど、まだまだ製作現場から離れるつもりはないようだ。








