バーボンの聖地(米国ケンタッキー州)を巡礼してきた旅では、バーボンフェスティバルをはじめとするイベントのほか、バーボン蒸留所をたくさん見学してきました。その中から、赤い封蝋がトレードマークの「メーカーズマーク」を作っているメーカーズマーク蒸留所を写真たっぷりでお届けします。
今回のツアーは、バーボンウイスキーのパイオニアとして知られる「Ken's Bar京橋店」のオーナーである松山謙さんに連れて行ってもらいました。通常の見学コースではなく、特別なプライベートツアーとなっています。筆者は、メーカーズマーク蒸留所には2014年にも訪れていますが、そのときよりもはるかにディープな体験ができました。
メーカーズマーク蒸留所は、ケンタッキー州ロレットの緑豊かな丘陵地帯にたたずむスターヒルファームにあります。1953年、創業者であるビル・サミュエルズ・シニアは、当時の主流だった荒々しいバーボンに満足できず、スムースで飲みやすい理想のバーボンを追い求めたのです。
その革新的な挑戦は、バーボンの常識を覆すものでした。伝統的にスパイシーな風味を加えるために使われていたライ麦の代わりに、柔らかく甘みのある冬小麦を採用したのです。
しかし、最適な穀物の配合を見つけるには、蒸留と熟成に長い年月がかかります。そこでなんと、様々な配合でパンを焼き、パンの味を比べるという方法によって、現在のトウモロコシ 70%、冬小麦 16%、大麦麦芽 14%というマッシュビル(バーボンのレシピ)にたどり着きました。
このすばらしいバーボンに命を吹き込み、世界的なブランドへと押し上げたのは、彼の妻、マージー・サミュエルズの類まれなるセンスでした。彼女は職人(Maker)が自身の作品に施す刻印(Mark)から「メーカーズマーク」と名付け、特徴的なスクエアボトルと手でちぎったようなラベルをデザインし、ブランドの象徴となる赤い封蝋のディッピングを考案したのです。
美味しさの源泉は豊かな自然にあり。未来へ続くバーボン造りへの挑戦
蒸留所を見学する前に、スターヒルファームの広大な敷地を車で案内してくれました。広さは約1,100エーカー、東京ドーム約95個分もあります。蒸留所からしばらく走ると、スプリング・フェド湖が見えてきます。石灰岩層でろ過された湧き水を湛(たた)えるこの湖は、メーカーズマーク蒸留所の水源です。ちなみに、従業員はこの湖で釣りができるそうです。うらやましいですね。
敷地のあちこちには養蜂箱が。これは「Make Your Mark. Leave No Trace.(足跡は残すが、痕跡は残さない)」という哲学に基づいた、先進的なサステナビリティへの取り組みの一環です。メーカーズマークは、世界最大規模の蒸留所として、またケンタッキー州のバーボン業界で初めて、環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられる国際認証「B Corp」を取得しています。
太陽光パネルの導入による再生可能エネルギーの活用や、蒸留過程で生まれる副産物をバイオガスとして再利用し、エネルギー消費を削減しています。さらに、使用済みのガラスボトルを粉砕して敷地内の歩道に活用するなど、埋め立て廃棄物ゼロを目指す徹底した資源循環を行っています。
樽材となるホワイトオークの森林保全研究にも力を注ぎ、メーカーズマークの美味しさをずっと維持するための投資を惜しみません。これらの活動は単なる環境保護にとどまらず、豊かな自然の恵みこそが最高品質のウイスキーを生み出すという信念に裏打ちされた、味わいへのこだわりなのです。
今回のツアーに参加したことで初めて見ることができたのは、「メーカーズマークの御神木」です。車で入れない森の奥まで歩くと、湖の近くに巨大なホワイトオークの木がそびえ立っていました。なんと樹齢350~500年と推定されており、貫禄たっぷりです。
2021年にケンタッキー大学の科学者たちが、この御神木からDNAを採取し、この種で史上初となるゲノム(全遺伝情報)の解読を行いました。未来に向けて、樽材となるホワイトオークをどのように維持し、改良していくのかを研究するためです。このプログラムは会社の中でもとても大切にされているそうです。
御神木のプレートが設置されているすぐ後ろには、郵便ポストがあります。実際に運用されているポストで、ここから自分や知人にはがきを送ることができます。
創業以来の酵母と木製発酵槽。非効率なまでに貫く、スムースな味わいへのこだわり
では、メーカーズマーク蒸留所でウイスキー造りを見学しましょう。まずは原料の穀物からゴミを取り除き、ミルで粉砕します。バーボン作りでは高速回転するハンマーミルを使うことが多いのですが、メーカーズマークは冬小麦の味わいを残すためにローラーミルを使っています。
続いて、原料をクッカー(糖化槽)に入れて、仕込み水を使って酵母が繁殖しやすいサワーマッシュを作ります。
完成したサワーマッシュは、今では珍しいイトスギ製の巨大な発酵槽に移します。1953年からずっと使い続けているイースト酵母を投入し、アルコールを生み出す過程です。
ディスティラーズビア(もろみ)ができたら、いよいよ蒸留です。メーカーズマークは年々生産量を増やしており、それに伴って増築と蒸留器の増設を実施しています。ちなみに、3基目の蒸留器は、サントリーがアメリカのビーム社(ジムビームやメーカーズマークの製造元)を1兆6,000億円で買収した後に作られました。
1回目の蒸留では約60%のアルコール度数になり、ダブラーと呼ばれる蒸留器で2回目の蒸留を行い、65%の原酒を得ます。
熟成工程にもこだわり! 長期熟成の常識を覆すライムストーンセラー
メーカーズマークは熟成の工程にもこだわります。樽に使うアメリカンホワイトオーク材は屋外で9カ月以上も自然乾燥させ、苦味の元となるタンニンを抜くという徹底ぶりです。その後、内側を真っ黒に焦がした樽に、原酒が詰められます。
驚かされるのは樽のローテーション。熟成庫(リックハウス)内は階層によって温度が異なり、熟成の進み具合にムラが生じます。多くの蒸留所が効率化のためにローテーションを廃止した中、メーカーズマークは今でも重さが約240kgにもなる樽をすべて、手作業で上下の階層へ移動させ、均一な熟成を促しているのです。
通常、熟成期間は6年~7年ですが、彼らは決して時間では判断しません。専門のテイスターチームが飲みごろだと認めたときだけ、ボトリングされます。赤い封蝋も手作業で作られますし、ボトルに貼るラベルも今なお、1935年製のチャンドラー&プライス社製の手動印刷機で印刷されています。非効率とも思えるほど、かたくなな手作業の数々こそが、メーカーズマークが守り続ける品質と信頼の証なのです。
2016年に建設された貯蔵庫、ライムストーンセラーも見学できました。石灰岩の岩盤をくりぬいて作られたセラーは、年間を通じて庫内が約10℃〜11℃という低温に保たれています。そのため、ウイスキーの熟成スピードを遅くすることができ、長期熟成しても樽の渋みや苦みといった成分の抽出を抑えられます。このセラーのおかげで、以前は冬季にしか作られなかった製品や長期熟成の限定品が作られるようになり、ラインナップがさらに充実しました。
また、歴史ある蒸留所の敷地を歩いていると、あちこちで鮮やかな色彩のオブジェが目に飛び込んできます。これらは世界的に有名なガラスアーティスト、デイル・チフーリ氏による壮大なアート作品です。
ビジターセンターの入り口で迎えてくれるのは、敷地内の水源からインスピレーションを得たという、青く輝くガラスが天に伸びる「サファイアとプラチナのウォータードロップ・タワー」。樽が並ぶ熟成庫の天井には、メーカーズマークの赤色を織り込んだ常設作品「スピリット・オブ・ザ・メーカー」が幻想的な光を放ち、訪れる人々を魅了します。ライムストーンセラーにも「エンド・オブ・ザ・デイ」というチフーリ氏の作品が飾られており、目を奪われました。
旅のクライマックスは、世界に1本だけのボトル作り。忘れられない「赤い封蝋」体験
ツアーの締めくくりは、お待ちかねのテイスティングです。通常は、メーカーズマークのシグネチャーボトルやカスクストレングス、メーカーズマーク46などを飲み比べするのですが、今回は特別なボトルを2本、試飲させてもらいました。
「メーカーズマーク セラーエイジド 2025」は見学したセラーで熟成された限定品。11年、13年、14年もの長期熟成原酒をブレンドしており、想像を超える複雑で豊かな香りと味わいで、びっくりするほど美味しかったです。日本では12月に発売されると言われています。争奪戦になると思いますが、ぜひ手に入れたいところです。
「STARHILL FARM 2025」は、メーカーズマークの70年以上の歴史において、初めてコーンを一切使用せずに造られた画期的な「アメリカン・ウィート・ウイスキー」です。スターヒルファームで栽培されたソフトレッドウィンター小麦と、麦芽のみ。小麦由来の甘く、クリーミーで優しい口当たりが際立ちます。コーンを使っていないので、バーボンではありません。そのため、ラベルにはアメリカンウイートウイスキーと記載されています。とてもスムースで美味しいウイスキーでした。
この旅で最も心に残る体験が、ギフトショップで待っています。購入したメーカーズマークのボトルを、自分自身の手で、あのアイコニックな赤い封蝋にディッピングできるのです!
約200℃に熱せられたワックスにボトルを浸し、くるりと回して引き上げます。その一瞬の動作で、世界に1本だけの、あなただけのメーカーズマークが完成します。この体験は旅の思い出とともに、ボトルも何よりのお土産になるでしょう。
ちなみに、昔は溶けた蝋の鍋にボトル全体を突っ込むこともできました。しかし、現在は網がかけられ、首の部分までしか入らなくなっており、イレギュラーボトルを作れなくなっていたのはちょっと残念でした。
メーカーズマーク蒸留所への訪問は、単なる工場見学ではありませんでした。創業者一族の「本当に美味しいものを届けたい」という純粋な想いに始まり、その哲学をかたくなに守り続ける職人たちの技に触れ、ケンタッキーの美しい自然と世界的なアートが融合する空間に心を奪われ、そして最後は自分自身の手で旅の思い出を形にする――。まさに五感に響く体験でした。
一口にバーボンと言っても、その一滴には、計り知れないほどの物語と情熱が溶け込んでいるのです。ぜひ、今夜はメーカーズマークで乾杯してみてください。ハイボールでもロックでも、もちろんニート(ストレート)でも最高に美味しく、幸せな時間になること請け合いです。
取材協力:Ken's Bar京橋店
https://kensbar-bourbon.com/





















