「親が認知症になってしまい、実家を売りたくても手続きが進まない」──こうした相談が近年、不動産の現場で急増しています。
日本は長寿社会となり、2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になると推計されています。親名義の不動産がある場合、認知症の発症によって売却や賃貸契約ができず、相続税や介護費用に充てたい資産が“凍結”してしまうリスクが現実化しているのです。
その解決策として注目されているのが「家族信託(民事信託)」という制度です。
家族信託とは?
家族信託とは、財産を持つ人(委託者)が信頼できる家族(受託者)に資産の管理や処分を託し、その利益を受け取る人(受益者)を定める仕組みです。
例えば父が所有する賃貸アパートについて、「管理・修繕・売却」を長男に任せ、収益は父が受け取り続ける、といった形が典型例です。
遺言や成年後見制度と比べても、生前から死後まで柔軟に財産をコントロールできる点が特徴です。
家族信託のメリットと注意点
【メリット】
- 認知症発症後も不動産の売却・賃貸契約・修繕が可能
- 相続税納税資金の準備を生前から設計できる
- 遺言と異なり「生前から死後まで」一貫した資産承継計画が可能
【注意点】
- 信託契約の設計次第で課税関係が変わる
- 相続人の合意が不十分だと、後にトラブルに発展することも
- 信託登記など実務上の手続きには司法書士・税理士の専門知識が不可欠
特に不動産は価値が大きいため、「家族信託で何を誰に託すか」を明確にする必要があります。
成年後見人制度との違いは?
家族信託は「信託法(平成18年法律第108号)」に基づいています。
- 第2条:「信託」とは、信託契約・遺言等の方法により、委託者が受託者に信託財産の管理・処分をさせる行為をいう
- 第26条:受託者は、信託財産を信託契約の目的に沿って管理・処分する権限を有する
- 第88条:受益者は信託財産から生じる利益を受け取る
一方、成年後見制度は「民法第859条の2」に基づき、資産の処分や売却には家庭裁判所の許可が必要とされています。
両者を比較すると、家族信託の方が柔軟に資産を活用できることが理解できるでしょう。
うっかり「負動産化」に注意! 家族信託の成功例と失敗例
【成功事例】
父が元気なうちに、収益アパートを家族信託に組み込み、長男を受託者に設定。契約で修繕や売却の権限を長男に与えた結果、父の認知症発症後もスムーズに運営が継続できました。家賃収入で介護費用を賄い、将来的な売却資金で相続税の納税準備も可能となり、資産凍結のリスクを防ぐことができたケースです。
【失敗事例】
父がアパートを所有していたが、認知症発症まで何も準備せず、結局「成年後見制度」を利用することに。しかし成年後見人は「資産を守ること」が目的であり、建替えや売却といった積極的な運用はできません。その間に建物は老朽化し、結果的に不動産価値が下落。「売れない・維持費だけかかる」という“負動産化”に陥った事例もあります。
親が元気なうちの準備が肝心
不動産は「所有しているだけ」では資産価値を維持できず、管理や活用が欠かせません。ところが認知症や高齢化で意思決定が難しくなると、一気に資産が“動かせなくなる”リスクが高まります。
家族信託は、こうした状況を未然に防ぎ、不動産を有効活用しながら次世代への承継をスムーズに進める手段として有効です。ただし制度は複雑であり、契約内容や登記、税務処理には専門的な知識が必要です。実務的には、司法書士(信託契約・登記の専門家)を中心に、税理士(税務影響)、弁護士(相続トラブル防止)、不動産コンサルタント等と連携することが望ましいといえます。
「親が元気なうちに、家族と話し合い、専門家に相談する」──これこそが、資産を守り、家族の安心を支える最善の第一歩だといえるでしょう。


