「ネスカフェ」や「キットカット」など、日本人にも親しみ深い食品・飲料を取り扱うネスレ日本。同社を率いるのは代表取締役社長 兼 CEOの深谷龍彦氏だ。就任6年目を迎えた同氏にこの5年間を振り返ってもらいつつ、現在の取り組みを伺ってみたい。

  • ネスレ日本の代表取締役社長 兼 CEOを務める深谷龍彦氏に話を聞いた

コロナ禍からの回復と少子高齢化という社会課題

2020年のコロナ禍はさまざまな企業に影響を与えたが、食品・飲料を扱うネスレ日本にとってはとくに、インパクトの大きい出来事だったという。

「キットカットは、インバウンド需要の増加に伴い、非常に好調でした。しかしコロナ禍に入り、突然ポンッとインバウンドがバブルのように消えてしまったので、2020~2021年は本当に苦しかったですね」(深谷氏)

  • コロナ禍で苦境にあった当時の様子を振り返る深谷氏

コロナ禍の中で苦境にあったネスレ日本は、国内消費に注力し売り上げを確保。現在はそこにインバウンドの分が上乗せされ、着実な成長を遂げている。ただし、少子高齢化は避けられない問題だ。胃袋の数が減り(少子)、残っている胃袋のサイズまで小さくなっている(高齢化)中で、食品・飲料を扱っている企業は付加価値向上によってブランドを選んでもらわなければならない。

「ここ数年、各社が価格改定を続けています。我々の主力製品であるコーヒーとチョコレートも例外ではなく、コーヒー豆もカカオ豆も原料価格が高騰し、そこに円安という二つ目のインパクトが加わっている状況です。我々も価格を改定させていただいてる中で、消費者の方にどうやって選んでいただくか、中長期的に考えていかなければなりません」(深谷氏)

変化する消費者マインドと価格上昇時代のブランド戦略

物価が上がり続けることで、消費者のマインドは"自分が付加価値を感じたら惜しみなくお金を使う"、"自分が興味の薄いものは賢くお金を使う"ように変化してきていると深谷氏は分析する。

その傾向は、昨今の"米騒動"からも見て取れる。"朝食の米をパンに変える"賢い選択をする消費者が増え、それに伴い、コーヒーの需要も伸びているという。

「昨年あたりから『なんかコーヒーが売れてるな』とずっと思っていたんですけれど、パンと合わせやすく、忙しい朝にすぐつくれるソリュブル(インスタント)コーヒーの需要が伸びていたんです」(深谷氏)

  • パン食の増加とあわせてインスタントコーヒーの需要が伸びているという

消費者のチョイスが賢く変化していく中で、ネスレ日本が重視しているのが「ネスカフェ」や「キットカット」などのブランド戦略だ。とくに、「音や香り、感触や形からブランドを想起させる」ことに同氏はこだわる。

「例えば、ユーザーに何も見せずに『ネスカフェ ゴールドブレンド』の絵を描いてもらうと、みんなあの四角い瓶を描きます。実はソリュブル(インスタント)コーヒーに四角い瓶を使っているのは日本で当社だけなんです。キャップにも特徴があって、開けるときに良い音がするでしょう。実は内蓋の紙はキャップの裏に付いているからあの音が出るんです。閉めるときも『カチッ』っていう気持ちのいい音がしますよね。こういった特徴をもっと認識してもらうことがとても大切だと思います」(深谷氏)

  • 別室でネスカフェ ゴールドブレンドの瓶の音を実際に紹介してくれた

深谷氏は長年にわたりコーヒー部門の責任者を担当しており、コーヒーメーカー「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」や、逆さまにしてガラス瓶に口の部分を当て押し込むだけでソリュブル(インスタント)コーヒーの詰め替えができる容器「ネスカフェ エコ&システムパック」(当時の製品名は「ネスカフェ チャージ」)を開発したのも同氏。

このうち「ネスカフェ エコ&システムパック」の開発のきっかけは、ある社員が持っていた、蓋つきの筒形容器に入ったポテトチップスを見て、「筒状の容器のふたを引っ張ると、ドボンとコーヒーが瓶に落ちたら面白いんじゃない?」と話したことだったという。

「(付加価値をつけたり、ネスカフェらしい差別化をしたりすることによって)詰め替えの作業さえも楽しいと消費者に思ってもらえるように、マーケティングの時は一生懸命やってきました」と深谷氏。

このような自由な発想が、ネスレ日本のブランドを強くしていったのだと納得できるエピソードだ。

消費者に向けたデジタル戦略と社内に向けたデジタル戦略

ネスレ日本は、デジタル領域への投資を注力的に行っている企業でもある。デジタル戦略にはふたつの意味がある。ひとつは対消費者、消費者の目に見える部分でのデジタル活用、つまり広告戦略だ。

「テレビというメディアはまだまだ多くの方がみられていますが、みなさんテレビをみながらスマホもみているじゃないですか。スマホをみながらテレビをみているのか、テレビがついているだけなのか、視"聴"しているかどうかを判断するのは非常に難しく、わからない。このように、体験のマルチタスク化が進んでいる中で、デジタルの特徴はターゲッティングにあると思います」(深谷氏)

セグメンテーションが進んでいる現在では、ワンサイズフィッツオールで情報を上から落とし込むだけでは不十分。50~60代の中高年と10~20代の若者では、まったく違うメッセージが必要だ。デジタルの強みは、企業がそれぞれのターゲットグループにそれぞれ異なるメッセージを届けられるようになったことだと深谷氏は述べる。

もうひとつのデジタル活用は、会社の中での取り組み、つまり業務効率化だ。少子高齢化は労働力不足も生み出しており、これからより問題は深刻化していくだろう。

この問題に対応していくためのツールのひとつが、生成AIだ。ネスレ日本では、全世界のネスレで導入している社内版ChatGPT『NesGPT』を2023年から使用しているという。

「でもあくまでツールですからね。例えばNesGPTの答えどおりにやったら成功するかといったら、そういうわけではありません。デジタルツールで無駄を省くのは大切ですが、同時に社員ひとり一人の能力をのばしていかなければなりません」(深谷氏)

さらに、同社には各部署に一人いる「デジタルチャンピオン」がIT部門とともにデジタル化を推し進める「シチズンデベロッパー」という仕組みもあり、現場でしか分からない問題を吸い上げ、それをデジタルで改善するという取り組みも行っている。

  • デジタルの重要性を語りつつも、あくまで人に重点を置く深谷氏

「きっと」を伝え続けてきたキットカット

深谷氏がネスレ日本の代表取締役社長に就任したのは2020年4月1日。まさにコロナ禍によってインバウンドが減少した時期だ。同氏はそこからベース商品の立て直しを図っていくが、一番苦労したのが同社の看板商品「キットカット」だったという。

「"ミルクティー"や"オレンジ"など、様々なフレーバーのキットカットを月1~2つ発売するというのはこれまでもやってきたのですが、ネスレ日本ならではの、もっと面白いことをやろうと始めたのが、他社とのコラボレーションです」(深谷氏)

  • キットカットのすべてに思い入れがあると語る深谷氏

例えば、ただ"いちごミルク"の「キットカット」を出すのではなく、サンリオのキャラクターと組み合わせて発売する。サーティワンアイスクリームの"ストロベリーチーズケーキ"を「キットカット」で再現し、アイスクリームの50円引きクーポンも付けて発売する。こうして、単なるフレーバーからさらなる付加価値を上げて、ユーザーに楽しんでもらう商品を考えていくと、コラボ商品のみならずベース商品の売り上げも伸びていった。

それでも「キットカット」が一貫して続けていたことがある。それは、商品一つひとつに「きっと」から始まるメッセージを添えることだ。サンリオコラボでは、サンリオキャラクターズからのメッセージとして「きっと」を伝えた。

「僕らはメッセージを伝えていくことがとても大切だと思っています。だからキットカットのパッケージには一つひとつ、私たちからのメッセージを印刷しているんです。『キット、幸せがやってくる』『キット、うまくいく!』とかね」(深谷氏)

  • ご当地限定のフレーバーを探すのもキットカットの楽しみのひとつだ

ネスレ日本が目指すのは「グローカルカンパニー」

マイナビニュースは、深谷氏が代表取締役社長に就任した当時、「ネスレ日本を率いる47歳、深谷社長が描く未来像とは」と題したインタビューを行った。

あれから約5年が経過し、深谷氏は現在も代表取締役社長 兼 CEOとして活躍を続けている。これまでの5年間を振り返り、社長として取り組んできたこと、そして若いビジネスパーソンに伝えたいことを伺ってみたい。

「僕は新入社員に毎年『社長って偉いと思う?』と聞くんですよ。そのうえで『社長もたくさん間違える』『社長が100%正しいなんて思わないほうがいいよ』と話すんです。だって社長が間違えないなら会社なんて潰れないじゃないですか。僕が一番変えようとしたことは"どうやってボトムアップで意見が出てくる企業にするか"ということだと思っています」(深谷氏)

深谷氏が初めて社員に向けて出した新春のメッセージは、松下幸之助氏が経営において重視していた「衆知」だったという。

「最後は僕が責任を取りますけれど、みんなからどれだけ意見・考えを集めれられるかが大切だと思ってるので、そういう組織作りを目指してやってきました。もっと言うと、ダイバーシティやインクルージョンも手段であって目的ではないんです。多様な意見や考えがあって、そこで化学反応が起きるから面白いことが見つかるんですよ」(深谷氏)

深谷氏は、新入社員には"1年目にしかできない発言"がたくさんあると話すという。社歴を重ねると消費者との距離ができてしまうが、1年目は社内で一番消費者に近いからだ。

「答えなんて無いのだから、間違っている意見など存在しないと僕は思っています。最初に突拍子も無いことを言った人がいたとしても、それはそれでみんなが発言しやすくなりますからね。"意見を言う"という行為自体がみんなのサポートになるんです」(深谷氏)

さらに、若いビジネスパーソンに向けて「がんばるな」というメッセージを送る。

「みなさんが定年退職を迎えるころには、きっと定年年齢は70歳まで伸びています。22歳で入社してあと48年。そんなにがんばるのは大変だから、新入社員には『夢中になれるものを探せ』って言ってます。夢中になったら時間の感覚なんて忘れますから、48年なんてあっという間かもしれません。僕も28歳でネスレ日本のマーケティング部に来てからこれまで、無茶苦茶早かったです」(深谷氏)

最後に、今後のネスレ日本の展望をまとめていただいた。

「僕らは"外資系企業"とご認識いただいていますが、実は大正2年(1913年)から112年も日本にいるんですよね(笑)。今年の年初に役員みんなでもう1回『自分たちは日本でどんな会社になりたいのか』を考えたんです。ネスレ日本は、5年後の新聞や雑誌の記事で『グローカルカンパニー』というタイトルで載っていたい、という話でまとまりました」(深谷氏)

深谷氏は、「日本のゴールドブレンドが一番おいしいと思っていますし、日本のキットカットは世界で一番おいしいキットカットだと思っています」と自信を持って話す。ブランドはグローバルだが、味やコンセプトはローカル。グローバルとローカルの一番いいところを掛け合わせた"真のグローカルカンパニー"でありたい、それが深谷氏がいま目指すネスレ日本の目標だ。