以前、SNSを中心に「通勤手当が課税対象となる」といった話題が広まりました。現状そのようなことにはなっていませんが、税制調査会で検討された経緯はあったようです。今後、通勤手当が課税されるようになったらどのような影響があるのか、また、社会保険料を計算する上での扱いなど、通勤手当と手取りの関係をわかりやすく解説します。
通勤手当の課税・非課税のルール
通勤手当は、通勤に必要な交通機関の利用などにかかる費用に充てるものという性質から、所得税法において非課税所得とされています。ただし、非課税となる限度額が定められており、その範囲を超える金額については課税対象となります。なお、非課税限度額は通勤手段によって異なります。
電車やバスなどの交通機関を利用して通勤している場合
1か月あたり15万円が非課税限度額です。
非課税となる金額は、「最も経済的かつ合理的な経路および方法」を使った場合の定期券代などの金額となります。グリーン車の料金はこれに当てはまらないため対象外となります。
マイカーや自転車などを使用して通勤している場合
マイカーや自転車などで通勤している人の1か月あたりの限度額は、片道の通勤距離(通勤経路に沿った長さ)に応じて、次のように定められています。
1か月あたりの非課税となる限度額を超えて通勤手当が支給されている場合には、超えた部分の金額が給与として課税されます。
なお、有料道路を利用した場合の料金も、その通勤方法や経路が「最も経済的かつ合理的な経路および方法」に該当する場合には、非課税の通勤手当に含まれます。
通勤手当が課税されたらどうなる?
「通勤手当が全額課税される?」と話題になった背景は、2023年に実施された税制調査会の答申において、通勤手当などの非課税所得に対する課税のあり方を検討するといった内容が見られたためです。
現時点で具体的な話は上がっていないので、あくまでも「そうなる可能性がある」程度のものですが、全額課税された場合の影響を試算してみたいと思います。
年収300万円と年収600万円で、ともに通勤手当が月額2万円だった場合の通勤手当の課税方法の違いによる税負担を比較してみました。
通勤手当が全額課税されることで、年収300万円で約2万円、年収600万円で約3万円、年間の税負担が増えました。通勤手当の金額が大きいほど課税された場合の影響は大きくなります。
社会保険料の計算には通勤手当が含まれる
現在、所得税の計算では通勤手当は原則非課税となっていますが、社会保険料の計算では通勤手当は対象に含めて計算します。
健康保険料や厚生年金保険料といった社会保険料は、毎年4月から6月の給料の平均額を基準とした「標準報酬月額」に、所定の保険料率をかけて保険料を求めます。「標準報酬月額」のもととなる給料には、各種手当が含まれ、それらはすべて報酬と定義されます。
通勤手当も報酬の一部とされ、標準報酬月額に含むので、通勤手当の金額が大きいと健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料が高くなってしまいます。
通勤手当は報酬?
日本年金機構のウェブサイトに、「標準報酬月額の対象となる報酬」について、次のような記述があります。
『標準報酬月額の対象となる報酬とは、労働の対償として経常的かつ実質的に受けるもので、被保険者の通常の生計に充てられるすべてのものを含みます。また、金銭(通貨)に限らず、通勤定期券、食事、住宅など現物で支給されるものも報酬に含まれます。』
ここで違和感を覚えた人は多いでしょう。
所得税法では、通勤手当は、通勤に必要な費用に充てるものとして非課税となっているのに、社会保険上の解釈では、通勤手当は労働の対償として受け取る報酬になっています。ほとんどの人は、通勤手当は実費が支給されると思います。これは費用の立て替えと言えるもので、通常の生計に充てられるものではありません。通勤手当を報酬とされて、それによって保険料が上がってしまったら、少し理不尽に感じますね。
通勤手当で手取りはどのくらい変わる?
所得税よりも負担が重いとされる社会保険料に、通勤手当がどのくらい影響しているのか、通勤手当が0円の人と通勤手当が月2万円の人の手取りを比較してみたいと思います。
月収30万円の場合、通勤手当がない場合の標準報酬月額は30万円ですが、通勤手当が2万円支給されると、標準報酬月額は32万円になります。それによって通勤手当がある方が、社会保険料が3,090円多くなります。税金は社会保険料控除があるため、通勤手当がない方が410円多くなります。控除の合計額でみると、通勤手当がある方が2,680円多く差し引かれます。
通勤手当を含めた給与収入から、控除の合計額を引いて手取りを計算すると、通勤手当0円の場合は23万4,710円となり、通勤手当が2万円の場合は25万2,030円となります。しかし、実際は、通勤手当は通勤費用であり、自由に使えるものではないので、通勤手当が2万円の場合の実質的な手取りは23万2,030円となり、通勤手当0円よりも2,680円少なくなりました。
標準報酬月額が上がることのメリット
通勤手当を含んだことで標準報酬月額が上がると、社会保険料の負担が増えて手取りが減るためマイナスに捉えられますが、将来の年金額や傷病手当金、出産手当金が増えるメリットもあります。
まとめ
現在、通勤手当は一定額まで所得税が非課税とされていますが、税制調査会で課税を検討しているといった内容が報じられたことで、今後の動向に注目が集まっています。
通勤手当は、税法上は非課税である一方、社会保険上は報酬として扱われるため、制度の整合性がとれていないのが現状です。社会保険料の負担は大きく、通勤手当の金額によっては、手取りを減らす要因となっています。通勤手当の取り扱いについては、今後もさまざまな意見が出てくるでしょう。