世界的な酒造企業から出資を受け、いま世界中のウイスキーファンから注目されているのが、嘉之助蒸溜所だ。その特徴は、焼酎造りの技術をそのままウイスキー造りに活かすことで生まれている。嘉之助蒸溜所の母体である、小正醸造 日置蒸溜蔵の蔵長にその秘密を伺った。
世界的な酒造企業が出資を決めた嘉之助蒸溜所
2010年代以降に再燃したジャパニーズウイスキーブームによって、ジャパニーズウイスキーの国内・海外需要は高まり、同時に世界的なコンペティションで高い評価を受けた。これによってジャパニーズウイスキーの価格は高騰し、日本各地にクラフトウイスキーの蒸留所が誕生する。
だが、加熱したブームも落ち着きを取り戻し、いまジャパニーズウイスキーは蒸溜所ごとに個性と魅力を確立し、海外でのブランド価値を築いていく必要に迫られている。
そんななか、世界のコンペティションで評価され、イギリスに本社を置く世界的な酒造企業ディアジオが出資を決めたことで注目を集めているのが、鹿児島県の嘉之助蒸溜所だ。
嘉之助蒸溜所のウイスキー造りには、薩摩藩に端を発する鹿児島の焼酎造りの技術が活かされているという。本稿では、小正醸造と嘉之助蒸溜所のウイスキー造りの特徴を2回に分けて紹介したい。
お神酒作りに端を発する小正醸造
小正醸造は、1883(明治16)年に鹿児島県鹿児島市で創業、戦後小正家の郷里である日置市に移転した、140年以上の歴史を持つ酒造会社だ。小正家は代々、八幡神社のお神酒(米焼酎)造りを生業としており、社章や代表銘柄に使われる「小鶴」も日置八幡神社に端を発する。
同社の歴史はチャレンジの連続だ。とくに、2代目が行った日本初の焼酎の樫樽貯蔵は高く評価され、1957年に発売された「メローコヅル」は同社を代表するブランドになっている。
2017年に始めたウイスキー製造も、大きなチャレンジと言えるだろう。きっかけは、焼酎製造で培った発酵・蒸留技術を活かせるという気付きにあったという。
ウイスキー造りと焼酎製造はどのような共通点があるのだろうか。小正醸造日置蒸溜蔵で蔵長とマスターブレンダーを兼任している枇榔誠氏に伺った。
焼酎の設備を使ってウイスキーを造る
小正醸造の芋焼酎に必要なのは、米とサツマイモというたった2つの原料。これを二段階発酵することで焼酎を造り上げていく。
仕入れた米を洗い、水に漬けて蒸したのち、熱を取ったら種麹をつけ、約42時間で米麹ができる。これと酵母菌・水を混ぜ合わせ、適切な温度で発酵させることで糖化が進みアルコールが発生、約5日で一次もろみ(酒母)となる。これが一段目の発酵だ。
この工程とは別に、サツマイモの加工も進める。サツマイモは水洗い、ブラッシング、選別をした後に蒸され、冷却後に粉砕される。このサツマイモを一次もろみに加え、約10日間発酵させることで二次もろみができあがる。これが二段目の発酵となる。
一般的なウイスキー製造では糖化工程とアルコール発酵は別で行われるが――。
「日置蒸溜蔵では、グレーンウイスキーを造っているのですが、この焼酎製造設備を利用し焼酎製造と同じ『並行複発酵』を採用、さらに減圧蒸留技術の活用により、独自の製造方法を確立しました。」(枇榔氏)
小正醸造では、焼酎造りと同じ設備でウイスキーを作っている。
モルトウイスキーの場合はモルト(大麦麦芽)、グレーンウイスキーの場合はトウモロコシや小麦をモルトで糖化し、もろみを造るのが一般的な造り方だ。
これに対し小正醸造のウイスキーもろみ造りは、殻をむいた大麦を蒸し、粉砕した麦芽・水とあわせて発酵に供する、麦焼酎の原料・製造技術を応用しているのが大きな特徴といえる。
発酵させたもろみを蒸留器に投入したら、焼酎にとってもウイスキーにとっても重要な蒸留工程に入る。
日置蒸溜蔵にはさまざまな種類の蒸留器があり、目指す味わいに合わせて使い分けやブレンドが行われている。
小正醸造がさまざまな味わいの蒸留酒を造れる理由のひとつが、この蒸留器の使い分けにあると言えるだろう。
飽くなきチャレンジが小正醸造のスピリッツ
日置蒸溜蔵の統括を行いつつも、マスターブレンダーとして研究開発課の若手メンバーとともに、新しい焼酎の開発に取り組んでいる枇榔氏。
同氏は嘉之助蒸溜所の立ち上げに際し、日置蒸溜蔵の杜氏、そして小正嘉之助蒸溜所の代表取締役社長である小正芳嗣氏とともにスコットランドを回った、ウイスキー参入の最古参となるひとりだ。
これまでに造ったお酒のなかで思い入れのある製品を伺ってみると、麦焼酎と米焼酎をブレンドした長期熟成焼酎「メローコヅル・磨」を挙げてくれた。海外でも「ライスブランデー」の愛称で高く評価される同社の代表作「メローコヅル」に、2つの個性的な原酒を加えたものだ。
「当初のメローコヅル磨は、減圧蒸留で造った麦・米焼酎を貯蔵してブレンドしたもので、とても綺麗な飲み口だったんです。そこに常圧蒸留の麦焼酎や、海外の再生樽で熟成した焼酎などを足したのが、メローコヅル・磨です。造った当時、現嘉之助蒸溜所長の中村俊一氏や営業先から『おいしくなったね~!!』といわれて、とても嬉しかったのを覚えています。」(枇榔氏)
小正醸造は新しい焼酎を生み出すべくチャレンジを繰り返している。そんな同社の挑戦の代表的な製品のひとつが「薩摩維新」だ。
「2000年代前半に起こった芋焼酎ブームが落ち着いて、消費者のみなさんの嗜好も広がりました。そんなときに当時の3代目社長(現会長)が『自分たちがおいしいと思わない焼酎を造ってみたらどうだ?』と極端なことを言い出したんですよ。」(枇榔氏)
近年の芋焼酎は洗練されており、昔のように"芋臭い"製品はほぼない。新鮮なサツマイモを使い、できた焼酎を冷却・ろ過するという課程で、強いクセがつきにくいからだ。
だからこそ小正醸造は新鮮なサツマイモを敢えて完熟させ、その芋を使用して、昔ながらの製法で芋焼酎「薩摩維新」を造った。
「バナナは黒くなったときに一番おいしい香りが出ますよね。それと同じでサツマイモ完熟させたサツマイモを使うことで芋の香りを引き出しました。この経験は、サツマイモを完熟させることで、芋焼酎なのにマスカットの香りがする『小鶴 the Muscat』につながっています。」(枇榔氏)
近年はクラフトジン「KOMASA GIN」も製造。ジュニパーベリーを中心としたオーソドックスなボダニカルに桜島小みかんやほうじ茶、イチゴがしっかりと香るという、小正醸造らしい製品に仕上がっている。また業界初のアルコール&糖質&カロリーゼロの「コヅル ゼロ」は、アルコールが苦手な人や控えている人にうってつけだ。
「スピリッツ(蒸留酒)は薩摩の文化として根付いています。焼酎という蒸留酒をベースに、いろんな実験を続けていきたいと考えています。そのひとつがウイスキーであり、ジンでもあり、実はいまラムにも挑戦しています。」(枇榔氏)
杜氏は焼酎の生みの親、僕は育ての親
小正醸造の歴史と日置蒸溜蔵のチャレンジについてここまで紐解いてきたが、最後に小正醸造、そして枇榔氏のこだわりについて伺ってみよう。
「杜氏が焼酎の生みの親だとするなら、僕は育ての親と言えるのかもしれません。みんなが造ってくれる蒸留酒をブレンドして面白いものを作り、可能性を高めるのが仕事です。スタッフにはもっともっとチャレンジをしてほしいと思っていますね。それが失敗しても面白いと思っていて、『失敗の再現』ができればブレンドによってマイナス×マイナスをプラスにかえて、新しい香味を商品化できることもあります。それが僕にとって"やりがい"になっていますね。」
ここまで、嘉之助蒸溜所の原点でもある小正醸造について紹介した。後編では、嘉之助蒸溜所とそのウイスキー造りについて深掘りしていきたいと思う。