長期積立の資産運用の魅力を伝えている、「つみたて王子」こと中野晴啓氏が、今後さらにインフレが進んだときに必要な投資法を伝授する書籍『ほったらかし投資はやめなさい』(中野晴啓 著/宝島社/1,650円)から、一部を抜粋して紹介します。今回のテーマは『「ずっと保有し続ければ成果が得られる」は大きな誤解』。
「ずっと保有し続ければ成果が得られる」は大きな誤解
資産運用の世界には、「バイ・アンド・ホールド」と呼ばれる投資戦略があります。簡単にいえば、買ったらずっと保有し続けるというものです。
長期投資の原点ともいえる戦略ですが、大きな誤解を招いている側面もあると思います。私の大恩人であるさわかみ投信会長の澤上篤人氏も、マスコミのインタビューなどで「株式投資で成功するには?」と質問されると、いつもこう返答しています。
「簡単だよ。ここなら応援できるという企業の株を買って、ずっと持っていればいい」
澤上氏の言葉を真に受ける(単純に解釈する)と、アテが外れて失敗しかねないでしょうね。「ここなら応援できるという企業」という部分に深い意味があり、冒頭で触れた「バイ・アンド・ホールド」の戦略においても、そういった銘柄をターゲットにするからこそ、保有し続けることで大きな成果を期待できるのです。
残念ながら、個人投資家の多くは「ここなら応援できるという企業」以外の銘柄を長期保有しているのが実情です。「待っていれば、いつか本格的な上昇に転じる」と信じ、買値よりも株価がかなり下がっても、我慢強く持ち続ける個人投資家が少なくありません。
原発事故以降、長期低迷を抜け出せていない東電HD株
いわゆる"塩漬け株"です。その具体例として、2016年5月に刊行した拙著『長期投資のワナ~ほったらかし投資では儲かりっこない』(宝島社)でも取り上げた東京電力ホールディングスに、改めて焦点を当ててみたいと思います。
この株は2011年3月10日時点の終値は2153円でした。すぐにピンときたかもしれませんが、東日本大震災の前日です。
未曾有の被害をもたらした大地震の発生とそれに伴う福島第一原発の事故を受け、同社(当時は持ち株会社への移行前)の株価は急落。同年6月9日には148円まで下げ、さらに翌年11月13日には上場来最安値の120円をつけました。
その後は反発に転じたものの、すぐに下落色が鮮明になり、再び上昇して2015年の8月1日には939円に達しましたが、その時点で天井をつける結果となりました。
大きな変化が生じたのは、2022年の2月頃からです。世界的にエネルギー・資源の需給が逼迫して電気料金の急激な上昇が社会問題化し、東京電力HDの株価は上昇基調が鮮明になり、2023年の6月頃から勢いがさらに強まって2024年の4月15日には1,114円50銭の高値をつけました。
しかし、その先で待ち受けていたのは典型的な下降トレンドでした。なかなか下げ止まらない状況が続き、2025年の1月23日は406円の安値を記録しています。
廃炉に至るまでには30年もの歳月を要し、事故から14年近くが過ぎた今も処理作業が続いているわけですから、株価が大地震発生前の水準を回復できないのは無理もないことかもしれません。東京電力HDの超長期チャート(20年)を見ると、事故後から今に至るまで、株価が低迷局面を抜け出せていないことがわかります。
大震災を機に原発の稼働が止まったことで事業計画に大きな狂いが生じ、同社の収益構造は一変しました。つまり、企業としての本源的価値は根本的に変わったのです。社名は変わらずとも、事故前と事故後の東京電力は似て非なるものです。震災前までは「応援できるという企業」「持っていて安心の銘柄」だったとしても、事故に伴って本源的価値は根本的に変わっており、もはやそうではなくなっていることを見逃してはいけません。
事故処理費用や賠償費用が膨らんで有利子負債の比率が高いうえ、再建計画の柱である柏崎刈羽原発6・7号機の再稼働も見通しが立たないのが同社の現状です。にもかかわらず、長期保有を続けることに合理的な根拠は見当たりません。それは「投機」と同じです。
株式投資における合理的な根拠とは、企業としての本源的価値が高く、今後もそれを維持できる可能性が高いことです。澤上氏が口にする「ここなら応援できるという企業」の条件にも、本源的価値の高さが挙げられると私は理解しています。
東京電力HDのように、原発事故を境に本源的価値が明らかに変化したと思われる場合は、速やかに売却すべきです。また、事件や事故などの不祥事が発覚して本源的価値の見極めが困難になった場合も、本当のプロならいったん売却します。
不祥事絡みの銘柄は、長く株価が低迷し続けるケースもあれば、直後は急落してもすぐに反発するケースもあります。業績への影響は軽微だと推察できれば保有し続けるのも一考かと思われがちですが、不祥事が実際に及ぼすダメージをその時点で正確に測定するのは困難ですから、売却するというのが合理的な判断なのです。
『ほったらかし投資はやめなさい』(中野晴啓 著/宝島社/1,650円)
本書では、長期積立の資産運用の魅力を伝えている、「つみたて王子」こと中野晴啓氏が、今後さらにインフレが進んだときに必要な投資法を伝授します。新NISAスタートから1年、銀行に預金を預けたままにしたり、数年前に買った株や金融商品をそのままにしている「ほったらかし投資」のリスクに加え、「長期・積立・分散」のメリット、投資信託のインデックス運用よりアクティブ運用を奨める理由など、いまの時代に合った投資法をわかりやすく解説しています。巻末には中野氏オススメの24銘柄も掲載。インフレ時代のいま、自分の資産を守りたい、また、増やしていきたい人は必見の一冊です。