こんにちは、行政書士の木村早苗です。この数カ月でにわかに注目を浴びるようになった金融機関の貸金庫。これまでは、金融機関の中でも比較的限られた層が利用しているサービス、という印象があった気がします。
Webサイトで貸金庫の紹介ページを見ると、「保管できるもの」にはたいてい、「1.重要書類、2.貴重品類、3.思い出の品」と書いてあります。重要書類は個人や法人を問わず権利や証明に関わるものですし、貴重品など価値の高い物は自衛が必要です。ですから利用者というと、家ではない場所に預けるべき理由が明確にある人、例えば企業の経営者や不動産を複数所有している人、投資関係の人が多いように感じます(そうではない方ももちろんおられますが)。
知っているようで意外と知らない貸金庫
そもそも貸金庫の申し込みにはその金融機関の預金通帳が必要ですし、利用審査もあります。費用もかかるので、万人向けというよりは理由のある人が必要に応じて使うサービスと言えるでしょう。
この貸金庫ですが、実はよく見るといくつかの違いがあります。
まずセキュリティ機能の高さの違いです。ある程度の規模の金融機関であれば、最も厳重なカードで入室しタッチパネルで操作する「全自動貸金庫」から、物理鍵やカードなどで入室して鍵を開ける「(一般)貸金庫」、自分で保管箱を取り出して解施錠し専用キャビネットに格納する、比較的気軽な「セーフティーバック」や「セーフティケース」まで、保管する物品の重要度やコストなどに合わせて選べます。
次にサイズです。各金融機関はもちろん支店レベルでも違いがあるためか、Webサイトでの記載は様々です。ざっくりとした印象だと、25~30×30~50cmの底面に5~20cmの高さがついた引き出し型が多いようです。深さや高さが深く(高く)なると容量が増えるので、当然利用料も上がります。
参考として、いくつかの金融機関のWebサイトから貸金庫のみの容量と料金を抜粋した表を作成してみました。この表からでも種類やサイズの幅広さがわかりますよね。同じ銀行でも支店の広さによってセキュリティ機能やサイズ、空き状態が変わるのが特徴です。利用したい場合は、自分が使いたい銀行の店舗に電話で問い合わせると間違いないのでオススメです。
全自動貸金庫の最大サイズで比較してみると、三井住友銀行では、高14cm×幅28cm×奥行53cmが6カ月2万3,100円から(年4万6,200円)。京都銀行は高16cm×幅26cm×奥行45cmで3万6,960円の一年払いのみです。福岡銀行は容量2万4,000cc以上の金庫が6カ月1万9,800円から(年3万9,800円~)使えます。支払いは期間を問わず口座からの一括前払いが一般的ですが、千葉銀行など月払いが可能な貸金庫(利用日に制限がある全自動貸金庫・半自動貸金庫のみ)もあります。
貸金庫に「入れないほうがいいもの」があるらしい
さて、貸金庫に入れる重要書類と言えば何があるでしょうか。
パスポートや預金通帳、保険証や印鑑など個人の重要書類、手形や小切手、土地・建物など不動産の契約書といった権利の証明物、株券や小切手などの有価証券あたりが、一般的に思い当たるのでは。顧客の重要書類を長期間保管する責任がある職業の方々は元々多そうですし、自然災害が頻繁に起こる近年では災害リスクから守る手段にも選ぶという人も。加えて、終活という言葉が普及する中で、任意後見契約に関する公正証書や遺言書を保管する人が増えていると言います。その他ですと、高価な時計や宝飾品のような小さくて高価な貴重品はまさに金庫向き。価値が高くて温度や湿度による変質の心配がなく、昨今相場が上がる一方の金の保管場所にもぴったりです。
そんな便利さのある一方、貸金庫が相続の時に苦労や問題を生む可能性があることは、ぜひ覚えておいてほしい話です。
貸金庫の存在を妻や子が知っている場合でも、本人が亡くなった後に契約を解除し、保管された物を取り出そうとするのはなかなか大変です。三井住友銀行の「よくあるご質問」の回答がわかりやすいのですが、解約にはまず故人の戸籍謄本、「相続人全員」の書名と捺印をした所定の書類、さらに相続人全員の印鑑登録証明書や戸籍抄本(謄本)が必要です。相続人が多かったり遠方に住んでいたりすると書類を集めるだけでも一苦労なのに、貸金庫取引の鍵や利用カードとキャッシュカードを揃え、利用している貸金庫のある店舗に直接出向かなければ解約まで辿り着けないのです(法律的には、貸金庫を開けて保管物を眺めるだけなら相続人一人でもできますが、保管物を触ったり状態を変えたりするには相続人全員がいなければなりません)。
この苦労を回避したいのであれば、あらかじめ本人が遺言書に「貸金庫の使用権を特定の相続人に相続させる旨」と「貸金庫のある銀行名や支店名、番号」を記載しておくのが一番手軽な方法です。貸金庫の権利は遺言書に書かれた相続人に一旦相続されるため、貸金庫の開閉を一人で行うことができます。ただし、この方法をとるには、遺言書が貸金庫の外に保管されていなければなりません。貸金庫の説明ページを見ると、保管できる重要書類の例に「遺言書」と書かれている所を意外と見かけます。安全のために、と遺言書を貸金庫に入れてしまうと故人の意向を確認したくても貸金庫そのものが開けられず、遺言書がない場合と同じ手間がかかることに。
そんな理由もあり、遺言書を貸金庫に保管することは個人的にあまりおすすめできないところがあります。自筆証書遺言なら公証役場に保管してもらうか、若干の手間はかかりますが公正役場に自動的に保管される公正証書遺言にして、家族にもそのことを伝えておくのが最も安心です。
家族も知らない貸金庫はつくらない
存在を知っていても貸金庫の解約は大変なのに、存在を相続人が知らなければさらに大変です。
故人の遺言書はないけど貸金庫を使っていた可能性がある場合は、通帳のある金融機関に口座凍結の解除依頼や財産確認の際に併せて確認してみましょう。見つかれば必要書類を揃えて相続人全員で早急に開けに行きます。この作業はとにかく遺産分割協議の前、できれば相続意志の表示期限(自分に相続があったことを知ってから3カ月)までに終わらせることが大切です。中に遺言書があれば遺産分割協議は必要なくなりますし、遺言書がなくとも、新たな資産があれば協議前に相続財産の整理が再度行えます。逆に、聞いたこともないような借金などで負債が相続財産を上回る場合は、全員が揃っていれば負債を背負い込まなくてもよい限定承認の方法を選ぶこともできます。
一番厄介なのは、遺産分割協議後に貸金庫が見つかることです。通帳や小切手、見知らぬ不動産の登記簿などがあった場合は大変です。資産が赤字の場合で相続の単純承認をしていると、相続財産以上の負債を肩代わりしなければならなかったり、逆に財産が多すぎても相続税に影響したりするので放ってはおけません。どちらにしろ、最悪は遺産分割協議のやり直しが必要になるかもしれないのです。後で困らないためにも、親御さんに確認をしたり子どもさんに伝えたりという機会をぜひつくってほしいと思います。
つい先日、みずほ銀行が2025年1月16日から貸金庫の新規利用の受付を停止し、今後新規に出店する店舗では貸金庫を設置しないという方針を打ち出したようです。利用料を払って不安に晒されるなら解約するという人、事件後だからこそ今後は安全に使えるはずだと考える人、使う側としてのお考えもそれぞれにあることと思います。
今後の動きが気になるところではありますが、どちらの考えであっても、ひとまず貸金庫に遺言書を保管するのはご家族のために避けていただけますように……と思う今日この頃です。