白い外壁にバルコニーを配したユニークな外観が特徴の「Honda青山ビル」。創業者である本田宗一郎氏の「人間尊重」の精神が込められたというこのビルも、今年で築40年だ。将来にわたって人々や社会から「存在を期待される企業」であることを目指すホンダは、「イノベーションを生み出す変革と発信の拠点」とすべく、2030年の完成を目標に同ビルを建て替える。閉館までの3カ月間は、ビルの歴史を振り変える展示を実施するとのこと。今回は報道陣向けに実施されたビル内部のツアーに参加し、宗一郎氏の思いがどんなところに現れているのかじっくり見てきた。
あのバルコニーに行ってみた!
1985年8月19日の業務開始時には「ホンダ青山ビル」と呼ばれたこのビルの設計・施工を手掛けたのは建築家の椎名政夫氏と石本建築事務所、間組。地上17階建て、高さ72.12mのビルの内外装には、創業者である宗一郎氏の思い=ホンダフィロソフィーを継承した安全性や省エネルギー、居住性、操作性、機能美などが投影されている。ホンダのクルマ作りの象徴のようなデザインだ。ビルは「青山一丁目」交差点に面しており、その特徴的なエクステリアは地域のランドマークとして親しまれていた。
まずは各階に設けられたバルコニーの内部に初潜入だ。
地震などの災害時に下を歩く歩行者の安全を確保するため、窓には当初、絶対に割れないガラスを使用する予定だったホンダ青山ビル。それが無理だとわかり、「よしっ」ということで採用したのが、ちょっと奥まった形状のバルコニーを左右に巡らせるという現在の構造だ。
実際に立ってみると奥行きは両手を広げられるほど広く、目的がしっかりと実践できていることがわかる。避難時には通路になり、バルコニー左右にある非常階段に容易にたどり着けるようになっている。ゴンドラなどを使わず、外壁の清掃が簡単に行えるというメリットもある。
バルコニーを作るには当然、余計なお金がかかる。日常では一見、ムダのように見える設備ではあるものの、万が一の時のことを考えてモノ作りをするのは自動車会社らしいところ。こうした宗一郎氏らしい考えは、ビル内部のあちこちに巡らされているのだ。
貯水量70トン! ヒバの大樽は「宗一郎の水」の源
ビルの地下3階には、35トンもの水を貯めておけるカナダ産「ヒバの大樽」が2つ並んでいる。貯水量は合計で70トンだ。金属やFRPではなく、わざわざ木のタンクを使用している理由は、水道水を一旦ここに貯めるとカルキ臭などが抜けるため。社員やビルを訪れた人に、まろやかでおいしい水を提供したいという考えだ。ビル1階のウェルカムプラザでは「宗一郎の水」として誰でも無料で飲むことができるし、いざという時には備蓄水として「いのちの水」になる。
タルに使われている木の表面は今でもピカピカで、とても40年も前に作られたものとは思えないほど美しい。こんなところにもわざわざお金をかけているところは、バルコニーと同じくホンダ青山ビルのユニークな点だ。1つ上の階(B2)には、ビルの従業員数を超える1万人を3日間賄える食料品や防災グッズなどを保管する備蓄庫がある。
チャールズ皇太子とダイアナ妃が応接室に?
お次はビル16階の応接室。「国際的であること」「奇をてらわず合理的であること」を目指し、空間的なゆとりを大切にした広い室内は、初代副社長である藤澤武夫氏の意向が反映されたスペースだ。華美な装飾がなく、くつろいだ雰囲気を醸し出している。1986年の英国チャールズ皇太子、ダイアナ妃来日時には、この場所がパレード前の2人の休憩場所として使用されたたそうだ。当時、筆者は報道カメラマンとして、ビルのすぐ下の青山通りで望遠カメラを構えていた取材陣の1人だった。まさか、その直前に2人がここにいたとは知らなかった。
MM思想のオフィススペース
社員の仕事場となる中層階は、エレベーターホールや階段、トイレなどのスペースをぎゅっと1カ所に集約して、オフィススペースを最大限に採る構造になっている。これはまさに、ホンダがクルマ作りで大切にしている「MM思想」(メカミニマム、マンマキシマム)そのもの。メカスペースを最小化し、室内やラゲッジのスペースを最大化にしたあの「シビック」の建築版と言えるというのが倉方氏の解説だ。空調や照明がひとつの面に埋め込まれたシステム天井が特徴的で、柱のないシンプルな空間に仕上がっていた。
建築の計画時には、こうした細かなところにまで注文を出していたという宗一郎氏。完成直前になって現場を訪れた際には、エントランスの2本の円柱を見て、それが「権威の象徴」に見えると激怒し、急遽作り直させて角張った小判型にしたというのは有名な話だ。
ビル1階のウェルカムプラザでは、1985年の開業当時からの出来事を綴った年表とともに、1989年の2輪ワールドチャンピオンマシン「NSR500」、1990年のスーパーカー「NSX」、2000年のロボット「ASIMO」、2002年の水素カー「FCX」などを展示中。展示内容は随時、変更していく予定だ。内覧ツアーの日は平日であったにも関わらず、ホンダファンがひっきりなしに訪れていた。
オイルショックを機に、燃費の良いクルマを作ることで大きく成長したホンダ。自然や環境、ヒトのことを考えてモノづくりを行うという思想は、本社ビルにもしっかりと盛り込まれていた。動くわけでもないし、クルマの形を模しているわけでもないのだけれど、まさにモビリティのようにビルが作られていることがわかる。メンテナンスが行き届いたビルはまだまだ使えそうだが、さらに大きな夢を支える新しい夢の器を作るために建て替えるのだとホンダはいう。新しいビルは地上25階、高さ150mになる予定だ。