京セラ株式会社 経営推進本部 ロボティクス事業開発部技術開発センターシステム開発プロジェクト 山岸友樹氏

京セラ株式会社 経営推進本部 ロボティクス事業開発部技術開発センターシステム開発プロジェクト 山岸友樹氏

今後の生産年齢人口の減少や多品種少量生産工程の増加予想を受けて、製造現場の生産力低下が課題になっている。これまで製造現場へ適用されている産業用ロボットは、安全上、柵などで囲い人の作業とは分離して使われる大型のロボットが主流で、製造現場の人材不足や多品種少量生産に十分に対応できていないのが現状だ。そこで安全柵なしで人と作業空間の共有の可能性が高い小型の協働ロボットへの期待が高まっている。

もっとも、多品種少量生産の現場では、対象品種のタスクごとにロボットハンドの設計や試作、ロボットアームも含めた動作指示のプログラミング、実機試験まで含めた工程の検証が必要となる。現在は、ロボットのシステムインテグレーターがロボットメーカーとエンドユーザーの間に入り、これらの作業を担っている例が多いが、現場で複数回試作をしながら多品種少量生産の工程を立ち上げることは容易ではない。

この状況に対して、MATLABを統合的な設計ツールとして、バーチャルからリアルまでシームレスに対応できる設計・検証環境の構築を進めているのが京セラだ。同社は、AIやロボットアーム、ロボットハンドの最適制御技術を使って、多品種少量生産に対応した技術の確立を目指している。さらに、対象物を把持するためのロボットハンドを仮想開発環境上で仮想試作する研究・開発にも取り組んでいる。MATLABやSimulinkを使ったモデルベース開発によるロボットアームとロボットハンドの統合的な開発・検証環境の構築を行っている山岸友樹氏に、2020年10月に行われたMATLAB EXPO2020での講演内容をもとに話を聞いた。

サイバーフィジカルシステム(CPS)基盤でモデルベース開発を推進

「ロボットアームに取り付けるロボットハンドは、把持する対象物(ワーク)に依存することもあり、ロボットアームのように構造が一般化されているわけではありません。そのため、多品種少量生産の現場では、現場ごとに専用ハンドを設計して対応しています。この課題に対応するために、汎用ハンド開発や、その開発を効率化するためのMATLABとSimulinkを用いた仮想開発環境を構築しました。」(山岸氏)

山岸氏はロボティクス事業において、仮想開発環境でサイバーフィジカルシステム(CPS)を構築することで、開発の効率化や品質の向上につなげることを目指していると話す。

「MATLABやSimulinkを活用すると、実際にロボットを作らずに現実と同様のモデルを仮想環境で作成することができます。ロボットアームとロボットハンドのモデルを個別に開発し、そのモデルを統合システムとして制御・検証することができます。さらにモデルからコードを自動生成し、ハンドコードすることなく、実際のロボットに適用することができるのです。MATLABを統合的な設計ツールとして、バーチャルからリアルまでシームレスに応できる設計・検証環境を構築しました。」(山岸氏)

一般的には、既製品のロボットアームとロボットハンドを組み合わせ現場合わせで使用するケースが多い。仮想環境での開発のメリットのひとつは、設計の段階でユーザーからのフィードバックを設計に反映させたり、現場で想定されるシナリオを検証し、その検証結果を開発に素早くフィードバックするなど、より現場のニーズに合った設計ができることだと言う。

「ロボット開発プラットフォーム環境であるROSや、開発に利用する各種ツール、ライブラリをMATLABに統合し、ロボットユーザーのみならず、マーケティングや製造現場にもアプローチする、我々の技術開発の価値を発信でき、スピーディなハード・ソフト設計開発ができる環境構築を目指しています」(山岸氏)

開発検証のカギは接触モデルとROS連携

一般的なハードウェア開発は、試作開発1つに限っても設計から検証までに数カ月単位の時間がかかるという。現実のものづくりをしていると膨大な開発期間が必要となる。

「そこで、アームコントローラとハンドコントローラのモデルを作成し、仮想ロボットを構築してさまざまな検証をシミュレーションで実施できるかを確認しました。モデル作成では、モータ制御、逆運動学、軌道計画などについて、Simulink、Robotics System ToolboxとNavigation Toolboxを活用。また、仮想ロボットでのアーム・ハンド機構のモデル、ワークモデル、接触モデルについては、Simscape Multibodyを活用しています」(山岸氏)

開発検証でのカギのひとつとなったのが、接触モデルの表現だ。ロボットハンドはワークの形状や性質の違いによって、必要とするハンド形状や駆動方式が大きく変わる。たとえばハンド形状としては指(フィンガー)の数が2本のものから、3本、4本、5本のものなどがある。また、駆動方式も関節のない2本の指をスライドして掴む並行チャック型から、関節を曲げて包み込むように掴む劣駆動型/完全駆動形などがある。

「今回検証したのは、指数2本の平行チャック型のハンドです。把持機構とワークという物体同士の接触をモデル化し、摩擦あり点接触モデルで検証を行いました」(山岸氏)

接触のモデル化では、R2019bから搭載されたSimscape Multibodyの新機能を活用した。

「この新機能が提供されたことで、接触モデルを使った検証をスムーズに行うことができるようになりました。モノを掴む際のロボットハンドのパラメータは何が最適か、現実にロボットを作って検証することは難しい。そこで、機構モデルをCADからSimscape Multibodyへとインポートし、指示値や測定値などの物理量をモニターしながら、最適な把持パラメータ設定やノイズを考慮した設計ウィンドウ、把持接触面の設計にフィードバックできるような仮想環境を構築しました。」(山岸氏)

例えば把持位置、把持速度、把持力と摩擦力やワーク重心との関係などのパラメータを変更して様々な検証シナリオを作成できる。

もうひとつ今回の検証でポイントになったのは、ROSとの連携だ。ロボットアームのモデルはRobotics System ToolboxとNavigation Toolboxを用いて作成しているが、さらにROSのインターフェースに対応した実機ロボットとの連携をROS Toolboxで実現している。

「ロボット制御のアルゴリズムをはじめから開発すると規模が大きくなりますが、ROSを用いることで、既存のロボットアームのモデルをMATLABやSimulinkに取り込んだり、 ROSのインターフェースに対応した実機ロボットを動作させ、アルゴリズムの検証やテストを比較的容易に行うことができます。これにより、既存のリソースを活用した効率的な開発が可能になります。また、ROS Toolboxを活用することで、ROSや他のOSS(オープンソースソフトウェア)とSimulinkの連携が容易に実現できることが大きな魅力です」(山岸氏)

また、MBDによる開発効率の高さという点では、Simulinkによりロボットアームとロボットハンドの統合モデルを作成したことも大きいという。

「ロボットアームモデルとロボットハンドモデルを統合することで、ロボットアームのダイナミクスと併せたシミュレーションを行い、全体システムを統合した設計・検証が可能になりました。ロボット実機へのソフトウェア組み込みも、出力したコードを適用することで実施できます」(山岸氏)

もっとも、取り組みを進めるにあたっては、特にSimscape Multibodyの新機能を使った接触モデルの作成で、新しい知識やノウハウを習得する必要があったという。

「新機能ということでドキュメントも十分に整う前なので自分たちで模索しながらツールの使い方を覚えていく必要があったり、デフォルトのモデルだとやりたいことができないといった課題がありました。そこで活用したのがMathWorksの有償コンサルティングサービスです」(山岸氏)

ロボティクス市場の活性化に貢献していきたい

MathWorksが提供する有償コンサルティングサービスでは、ツールの初歩的な使い方から、接触モデル作成のアドバイス、MBD推進のポイントまで内容は多岐にわたったという。

「コンサルティングというと、依頼をしてまかせきりになるイメージがあるかもしれませんが、MathWorksのサービスは、課題への解決策の提示から具体的なツールの使い方、今後の展開の仕方まで含めて提供するものです。接触モデルについても、ドキュメントで使われている用語の意味を聞いたり、機能の開発担当者に直接相談できたりと、手厚いサポートを受けることができました。結果として開発速度が大きく向上しました」(山岸氏)

山岸氏は、コンサルティングサービスのメリットとして「高い技術レベルでのサポート」「対応スピードの速さ」「新機能について直接開発者に聞くことができた点」「やりたいことに合ったモデルにカスタマイズしてくれる点」を挙げる。コンサルティングを通して、製品を利用する際の障壁が低くなり、また、スキルや知見が自社にトランスファーされることで、製品をより使いこなしやすくなったという。

また、ロボット開発におけるMATLABとSimulinkの優位性についても、次のように高く評価する。

「MATLABとSimulinkのよいところは、制御分野を中心とした製品機能の高さと、多彩なインタフェースを持つことです。ロボティクス分野でMBDを推進する際にも、今回のように仮想開発環境を構築し、さらにROSやOSSのエコシステムを活用したスピーディな開発が可能です。また、ロボットのダイナミクスを計算するうえで基本的な機能はそろっているため、導入負荷も少ないこと、作ったハンドやアルゴリズムを実機を作らずともアピールできるため、現場に説明しやすいこと、システム全体を統合してモデル化できるため、システム全体の制御系の設計と検証が可能なことも大きなメリットです」(山岸氏)

そのうえで山岸氏は、今後の展開について次のように語る。

「構築した仮想環境での設計・検証をさらに進めたいと考えています。モデルから自動生成したコードを製品に実装し、人手によるソフトウェア開発を最小限に抑えることで、開発工数を低減します。また、ゲームエンジンの開発ツールと連携し、仮想開発環境にロボットアームとロボットハンドを取り巻く外部環境を追加したり、AI機能とも連携することなどを計画しています。 ロボット開発では我々は人協働ロボットで新しい価値を創造しようとしていますので、新規性のある取り組みが大事です。MATLAB EXPO2020でも発表した理由の一つでもありますが、世界中のMATLABやSimulinkによるロボティクス分野での技術開発の仲間が増えたらいいなと思います。これからもロボティクス市場の活性化に貢献していきたいと思っています」(山岸氏)

[PR]提供:MathWorks