東京大学が走行中のEVのインホイールモーターにワイヤレス給電する技術を世界で初めて開発。産官学による連携プロジェクトの重要性を訴えている。ワイヤレス給電の技術開発にはMATLAB / Simulinkが活用されている。東京大学大学院 新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻 准教授の藤本博志氏に話を聞いた。

  • 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻 准教授 藤本博志 氏

    東京大学大学院 新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻 准教授 藤本博志 氏

走っているだけで充電されるEVとは

100年に一度と言われる変革期を迎えるなか、CASE(Connected、Autonomous、Shared & Services、Electric)に代表される新しい取り組みが進む自動車業界。電気自動車(EV)の領域でもさまざまな研究が行われ、我々の生活も大きく変わろうとしている。

EVの課題の1つとしてガソリン車などICE(内燃機関)車と比較して航続距離が短いことが挙げられる。バッテリー技術の発展や車両の軽量化とともに航続距離200kmを超えるモデルも登場しているが、充電スポットを確保したり、停車した状態で普通充電の場合は数時間の充電時間が必要だったりと、ICE車と同等の使い勝手を実現するまでには至っていない。また、航続距離を伸ばすためにバッテリーを大容量化すると車体重量が重くなり、バッテリーの資源不足や製造コストの増加につながることも課題だ。

そんなEVの充電に関する課題を解消するアプローチとして注目を集めているのがワイヤレス給電だ。ワイヤレス給電はスマートフォンや家電でも実現されている技術だが、自動車分野でもEVの将来像の1つとして世界各国のメーカーが技術開発にしのぎを削っている。停車中ワイヤレス給電は一部のメーカーから製品化も始まったが,現在活発に研究されているのは、走行中のワイヤレス給電だ。クルマに大容量のバッテリーを搭載して停止した状態で急速充電するのではなく、クルマを走行させながら電車のように電気を受けとる。これにより、バッテリー残量の心配なく、航続距離を無限に伸ばすことが可能になる。また、車載バッテリーの容量を減らすことができるため、車体の軽量化と低価格化も実現することができる。

  • インホイールモータに直接走行中給電

走行中ワイヤレス給電において、インホイールモーターに直接給電するという世界初の技術を開発したのが東京大学大学院 新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻 准教授の藤本博志氏だ。藤本氏は、走行中ワイヤレス給電がわれわれの生活にもたらすインパクトについてこう話す。

「集合住宅に住んでいて自宅では充電できないなど、充電の難しさからEV購入を見送るケースが多くあると思います。また、EVを購入しても充電ポートが近くにないためわざわざ購入したディーラーまで充電しにいくというケースもあるでしょう。ワイヤレス給電はそうした課題も解決できます。交差点の手前にクルマ5台分のワイヤレス給電機を備えるだけで、その街全体のEVは充電の必要がなくなります。また、高速道路についても道路を9:1の割合、例えば10kmのうち1kmをワイヤレス給電にすれば大きなバッテリーを搭載せずに走行し続けることができます。将来的には、EVや自動運転車が充電することなく走行できるスマートシティが日本中で実現できるようになります」(藤本氏)

タイヤのモーターに路面から直接給電する

走行中ワイヤレス給電はこれまで、EVのオンボードモーターと車載バッテリーへの給電を想定したものが主流だった。オンボード方式と呼ばれ、車体の下部に85kHzの周波数に共振するコイルを設置し、道路上に設置したコイルを通して電力を伝送する。これに対し、藤本氏が世界初の技術として開発したのがインホイールモーターへの走行中直接給電を行うインホイールモーター方式だ。

インホイールモーターは、タイヤのホイール内に設置されたモーターのこと。車載バッテリーに充電した電力をオンボードモーターに伝えるのではなく、インホイールモーターに直接電力を給電するため、効率がよいことが大きな特徴だ。また、オンボード方式では車体と路面の間にできる空間(エアギャップ)が走行中に上下することから、電力の伝送に影響が出るが、インホイールモーター方式は、バネ下にコイルを設置するため路面との距離が近く、しかも一定であるため、電力を効率よく伝送することができる。さらに、インホイールモーター方式には、車輪内の部品だけで走行に必要なモーターや制御などの機能をすべて揃えることができるため、車体の設計が柔軟になるというメリットもある。

  • 電池の残りを気にせず乗れる電気自動車って?

「走行中ワイヤレス給電は『作った電気はすぐ使う』という電気工学で最初にならう基本原則に沿ったものです。鉄道が今の電車の走行中給電方式に進化したのと同じように、電気を使う自動車も同じ進化をたどることは必然とも言えます。今回開発したインホイールモーターでは、従来のオンボード方式よりも給電効率がよく、変換回路を含めた総合効率は92. 4%を達成しています。具体的には、路面側インバータへの直流入力が12.5kWで、車輪側で85kHzから直流へ変換した後の出力が11.6kWです。送電した電力をモーターで直接使用するだけではなく、モーター側のキャパシタに蓄電しつつ、利用しなかった電力は車載バッテリーに充電することもできます」(藤本氏)

走行中ワイヤレス給電は、ルノーなどが参加しベルサイユ宮殿近くで実験を行っているフランスのプロジェクト「FABRIC」や、バス運行を推進する韓国科学技術院(KAIST)のプロジェクト、北米のプロジェクトなどがあるが、日本国内では立ち遅れている状況だという。給電効率の良いインホイールモーター方式は、遅れている国内の走行中ワイヤレス給電の歩みを大きく前に進めるものでもある。

藤本氏は2019年10月に給電装置を小型化した新しいワイヤレスインホイールモーターを開発。従来モデルに比べ、受電コイルの容積を53%減らし、給電能力を12kWから20kWへと66%向上させた。また、20kW給電で92.5%の総合効率を達成している。

モデルベースの制御設計でMATLAB / Simulinkを活用

藤本氏が開発する走行中ワイヤレス給電に重要な役割を果たしたのがMATLAB / Simulinkだ。

「例えば、ワイヤレス電力伝送においては回路理論に基づいて電流の包絡線をSimscape Electricalでモデル化し、制御します。また、バッテリーやキャパシタの制御系設計などもMATLAB / Simulink上で議論しています。このように回路計算と制御系設計について、MATLAB / Simulinkで解析から設計まで含めて行い、実験結果とあわせて再び制御系を改善していくというサイクルを回しています」(藤本氏)

  • ワイヤレスインホイールモータのシミュレーション

例えば、クルマが路面の給電機から受電するときの仕組みがそうだ。ワイヤレス給電では、給電機にクルマが近づくとそれを検知して電流を流し、クルマが通り過ぎたら電流を止めることを行う。その際は、細いパルスを間欠的に打っておき、電流の立ち上がりの波形からインピーダンスが変わっていることを判定し、クルマが来たときに給電し、走り去ったときに給電を止めたりする。

「回路理論を使ってインピーダンスがどう変わるかをモデル化し、そのモデルに基づいてMATLAB / Simulinkで計算します。波形がこう変わるはずだから、それに基づいてスイッチをオンオフするということを制御系設計で行っていきます」(藤本氏)

また、バッテリーやキャパシタの制御系設計では、車載バッテリーから車輪へ流れる電力、車輪内のキャパシタの電力、受電コイルから流れる電力のバランスを取る必要がある。バランスが崩れると不安定になるため、瞬時瞬時にこれらを制御する必要がある。

「通信で制御できればいいのですが、今の通信技術では通信レートは高くても、85kHzのコイルを制御できる十数マイクロ秒の周期でリアルタイムに制御できる能力を持っていません。通信を使ったフィードバック制御が成立しないなかで、車輪の中にあるパワー半導体とマイコン制御だけで電力のバランスを安定化させる必要があります。一方、通信はドライバーがアクセルを踏んだといった指令値や車輪の回転数、バッテリーのSoC(State Of Charge)制御などミリ秒単位での情報のやりとりに用います。そうしたエネルギーマネジメントの制御系設計をMATLAB / Simulinkでモデルを作り、議論していくのです」(藤本氏)

MATLAB / Simulinkは、走行中ワイヤレス給電にだけ利用されているわけではない。ワイヤレス給電に先んじて行ってきたインホイールモーターの開発でも、モーターで車体を制御してスリップを起きにくくしたり、制振制御で快適な乗り心地を実現したりするために活用されてきた。

「制御系設計ではデファクトスタンダードなソフトウェアであり、モデルベースの制御系設計には欠かせないソフトウェアとして活用してします」(藤本氏)

走行中ワイヤレス給電で日本が世界をリードする

また、東京大学では、2019年からMATLABのキャンパスライセンス(MATLAB Campus-Wide License)を導入し、全学包括での利用を開始した。例えば、教養学部1年生向けの初年次ゼミで倒立振子ロボットを使ったモーションコントロールを学んだり、電気系学科3年生向けの実験でMATLABによるデータ処理やロボットアームの制御系設計などを学んだりしている。

  • 東京大学電気系学科でのmatlab活用

「我々の世代の制御屋はMATLABネイティブで学生のころからMATLABを使いこなしています。MATLABがあることが大前提で研究をしていて、Simulinkで組んだモデルをdSPACE社のリアルタイムハードウェアに実装し、カーメーカーとの共同開発に活用することも当たり前に行っています。モデルがあることでメーカーとのコミュニケーションも円滑に進みます。とはいえ、我々よりも年上の先輩方のなかには『(便利なツールを使うことで)学生がバカになるからけしからん』と仰る方もいます。ただ、これは笑い話で済ますことはできない話です。MATLAB / Simulinkは、コントローラーが中でどう動いているかをブロック線図モデルで表し、そのモデルから自動コード生成されます。中身がどうなっているかをわからない学生を大量生産したら大学の負けです。だから、研究室に配属されたら、制御系設計から、それをMATLABを一切使わずにC言語でプログラミングさせ、実験できるところまでを全員にやらせています。ツールは良くも悪くも道具に過ぎません。道具の中身をわかったうえでいかに使いこなすかが重要です」(藤本氏)

EVや走行中ワイヤレス給電は、日進月歩で技術開発が進んでいる分野だ。国が支援するプロジェクトが世界中で動いているなかで、古い考えのままでは日本が取り残される恐れも出てきている。そんななか、藤本氏は、学生の教育や研究機関としての取り組みはもろちん、今後、産官学が連携して共同プロジェクトを推進していくことの重要性を訴える。

「走行中ワイヤレス給電は夢物語ではありません。これから太陽光発電などの不安定な自然エネルギーの大量導入が進み、EVへの充電量を制御することにより系統の安定化をはかるという研究開発も増えてくるでしょう。そうなると走行中ワイヤレス給電は格好のアプリケーションになります。オープンなマインドで産官学がコラボレーションしていくことが重要です」(藤本氏)

現在、走行中ワイヤレス給電は産学連携の研究グループとして推進しているが、今後は、車輪側受電コイルのプロジェクトにかかわる基本特許をオープン化し、オープンイノベーションコンソーシアムを形成して、参加者を増やしていく方針だ。走行中ワイヤレス給電で日本が世界をリードすることが期待される。

[PR]提供: MathWorks