自動車開発における「花形」とも言われるエンジン開発。電気自動車(EV)やハイブリッド電気自動車(HEV)へのシフトが進むなか、パワートレインとして、ソフトウェア開発の重要性も高まってきている。そのなかで、自動車開発で広く活用されているモデルベース開発(以下MBD)はどう変わっていこうとしているのか。日産自動車の取り組みからその将来像を探る。

1999年から取り組みを開始、現在約85%のプロジェクトにMBDを適用

仏ルノーと三菱自動車をアライアンスパートナーとして、551万6000台(2018年度)の自動車をグローバル販売する日産自動車(以下、日産)。最新の事業方針では今後2022年までに「ニッサン インテリジェント モビリティ」を軸にした商品ラインアップの強化でコアモデルすべての刷新+20以上の新型車の投入を行う計画だが、そのような中、重要性が増しているのがMBDを中心としたソフトウェア開発だ。

日産のMBDへの取り組みは古く、1999年にMATLAB/Simulinkを用いたエンジン制御モデル記述を採用、その制御モデルを迅速に実機テスト環境へと移行させるラピッドコントロールプロトタイピング(RCP)をスタート。この取り組みは「セントラCA」開発に適用された。

また、2006年からは「スカイライン」や「GT-R」などを対象に、MATLAB/Simulinkによる自動コード生成の取り組みや、物理モデルと制御モデルを組み合わせたシミュレーションの取り組みを進め、MBDの適用範囲を広げていく。さらに、2013年からは「X-TRAIL」を対象にアプリケーション全体を制御モデルで記述し、そのモデルを基本とする制御開発プロセスを確立。エンジン制御開発におる「MBDのフル適用」を開始するに至った。

日産自動車のパワートレイン・EV技術開発本部 パワートレイン・EV制御開発部 EMS制御グループ主管を務める加藤浩志氏は、自社でのMBD活用はさらに進んでいくと話す。

「1999年から始まったMBDは第3世代を迎えていて、約85%のプロジェクトにMBDが適用されています。現在は、開発のさらなる効率化と、ソフトウェアアーキテクチャとMBDプロセスのグローバルスタンダードを目指して、AUTOSAR(車載ソフトウェア標準仕様)に対応した第4世代への刷新に取り組んでいます」(加藤氏)

日産自動車 パワートレイン・EV技術開発本部 パワートレイン・EV制御開発部 EMS制御グループ主管 加藤浩志氏

日産自動車 パワートレイン・EV技術開発本部 パワートレイン・EV制御開発部 EMS制御グループ主管 加藤浩志氏

加藤氏が所属するパワートレイン・EV制御開発部は、エンジン制御開発からソフトウェアプラットフォーム、ハードウェアプラットフォームなどさまざまな量産開発を担当する部署だ。昨年からEV・HEVも担当するようになり、制御開発の対象領域も「エンジン」から「電動パワートレイン」へと急速にシフトしている。MBDの第4世代への刷新の背景にも、そうした昨今のビジネス環境の変化とソフトウェア開発への要求の変化があったという。

「複雑化する要求に対応するため、ルールに基づきモジュール化されたソフトウェアとその評価方法を確立する必要がありました。要求は大きく3つあります。さまざまなサプライヤとの連携、異なる電子電装システムへの対応、品質と開発スピードの両立への対応です」(加藤氏)

自動車開発における「花形」と言えるエンジン開発。それが電動パワートレインへと変化していくなかで、MBDはどう変わるのか。加藤氏に、日産の取り組みを聞いた。

「サプライヤ連携」「異種システム」「品質・スピード」に対応する第4世代

1つめの要求であるマルチサプライヤへの対応は、OEMも含めたさまざまなサプライヤとの組合せ間でのグローバルスタンダードに沿ったデザインルールをどう作っていくかという課題だ。また、2つめの異なる電子電装システムへの対応は、日産とルノーとのアライアンスでの棲み分けや、アライアンスで共用するモジューラー型開発システム「CMF(Common Module Family)」のなかで、どうソフトウェアの再利用性を高めていくかという課題。そして、3つめの品質と開発スピードの両立への対応は、限られた資源と時間のなかでどう継続的なソフトウェア開発と評価を行っていくかという課題となる。

こうした課題に対応するため、日産は新たなソフトウェアアーキテクチャを構築した。その概略を示したのが下図だ。

  • 日産は新たなソフトウェアアーキテクチャを構築した

図中の赤いブロックがガソリンエンジン用の機能モジュールで、オレンジのブロックがディーゼルエンジン用の機能モジュールを示している。それぞれのエンジンが属するモジュールは固有のプラットフォームとインタフェースを持つが、車両制御などエンジン間で流用できる部分もある。それが緑のブロックだ。 赤・緑・オレンジのモジュールはOEMが担当し、グレーのプラットフォームはサプライヤが担当する。

「ソフトウェアをエンジン制御(Engine Function)、車両制御(Transverse Function)、プラットフォーム(Platform)の3つのモジュールに分けます。そのうえで、サプライヤとのやりとりを垂直方向で行い、アライアンス内でのやりとりを水平方向で行います。例えば、アライアンス内でルノーが得意とするディーゼルのプロジェクトも、エンジンのプロジェクトの車両制御の部分を水平に移動し簡単にはめ込むことができます。また、サプライヤとのやりとりでは、ソフトウェアが複雑になっていて自前ですべてをそろえるのが難しくなっています。いかにサプライヤの知見やソフトウェアをうまく使っていくかという観点からアーキテクチャを構築しています」(加藤氏)

OEMが担当するモジュールとサプライヤのプラットフォームの間はAUTOSARに準拠したインタフェースで接続し、責任範囲を明確にしている。このOEMが担当する機能モジュールはすべてMATLAB/Simulinkを使って構築されているという。現在はガソリンとディーゼル車間でこのアーキテクチャを適用しているが、将来はEVやHEVへ拡大していく予定だ。

日産のMBDによる制御開発プロセスは、一般的なV字型ではなく、独自のW字型を採用していることが大きな特徴だ。W字とは、V字を横に2つつなげたモデルで、左側のVでコンポーネントを作り込み、右側Vでコンポーネントを束ね1つのソフトウェアにする。

「特徴的なものとしては、プロジェクト要求管理とインテグレーションがあります。プロジェクト要求では、ソフトウェアとの関係をTAGを用いて管理し、そのTAGをもとにショッピング(各ソフトウェアの組み合わせ)を行っています。またインテグレーションではテンプレートモデルと呼ばれるリファレンスモデルを使って合体プログラムを作成。これによりスピードと品質を担保します」(加藤氏)

  • プロジェクト要求管理とインテグレーション

MATLABの アドオン製品を活用して「空燃比制御の高度化、適合手法を改善」した事例も

加藤氏は、MBDのメリットは数えきれないというが、いくつかポイントを挙げるとすると開発スピードの向上があるとする。

「モデルで書くことでOEM-サプライヤ間で間違えようがなくなることは一番の効果です。紙で要求仕様書を書いていたときは文章なのでどうしてもサプライヤさんとの間で齟齬が生じる部分があります。モデルベースの場合、量産仕様を我々がモデルで書いてサプライヤさんは自動コード生成するだけなので、仕様を理解しながらハンドコーディングするよりも格段に開発スピードが向上します」(加藤氏)

また、品質の向上も同時に見込める。日産側ではロジックに対してすべての責任を持つことができ、サプライヤ側でもモデルから直接コードを作るため、バグがなく自動でコード生成まで可能になる。そのため、一貫性を持って実装までモデルベースで進めることができる。

これらの制御モデルはテンプレートモデルに実装してそのままエンジンや車両プラントモデルと組み合わせてソフトウェア全体の評価を行う事もできる。評価用のプラントモデルは例えば、デバイスモデル、トランスミッション、車両簡易モデルはMATLAB/Simulinkで独自に作成し、エンジンモデルはSimulinkのアドオン製品であるPowertrain Blocksetを用いてパワートレインのプラントモデルを構築。これらプラントモデルを共通化し、RCP、MIL(Model In the Loop)やHIL(Hardware In the Loop)による評価・検証まで相互利用している。テストケースも共通化し、RCP/MIL/HILの環境で再利用しながらテストを自動化している。

制御仕様記述のMBDだけでなく、ダイナミクスを記述するモデル利用例として「さらに燃費や排ガスの改善を進めるため、空燃比制御に対してMPC(Model Predictive Control:モデル予測制御)を量産に適用すべくMBDを活用し取り組んでいます。MPCの世界的権威である京都大学の大塚敏之教授と、MathWorksのサポートのもと、MPCを用いた次世代の空燃費制御アルゴリズムを開発しています。また、従来の空燃比制御の適合手法もMathWorksの最適化ツールを用いて更なる改善に取り組んでおり、開発評価パターンの一部ですがNOx、CO共に半減以上、適合工数も1/10以下に削減という効果を確認しています」(加藤氏)

第4世代アーキテクチャに関して今後の課題として挙げるのは、制御の部品化に向けた標準化の作業だ。加藤氏によると、制御開発が複雑化、高度化するなか、自前ですべてやるのではなく、いかにサプライヤと連携していくかが重要になっている。

「もはや制御アルゴリズムもインジェクタや点火コイルと同じように良い物であればサプライヤさんから部品として購入する時代であり、いかにサプライヤのIP(知財)を保護しながら、部品として組み込みやすくするか。そこに向けてOEM、制御コンポーネントサプライヤ、ECUサプライヤごとに異なるインタフェースルールを標準化していく必要があります。グローバルな標準化が進むことを期待し、また積極的に関わっていきたいと思います」(加藤氏)

今後の展開としては、ルノーと日産アライアンス活動における、アライアンスHILやリモートHILの取り組みを挙げた。これは、HILを含めたテスト環境をアライアンスのパワートレインECU間で共通化したり、日本とフランス、ルーマニアやスペイン、インドなど世界中のアライアンス拠点からリモート制御技術を使いグローバルでテスト環境を共有化する取り組みだ。

加藤氏は、MBDはもちろん、MATLAB/Simulinkの活用をさらに進めていく考えだ。

「MATLAB/Simulinkはグローバルスタンダードなツールとして学生や若手エンジニアにも馴染みのあるソフトウェアです。パワートレインの知識はもちろんですが、モーターやマイコン、電気デバイスなど幅広い知識と組み合わせ、アイデアを制御アルゴリズムやシミュレーション環境に落とし込んでいくことでさらに可能性が広がります」(加藤氏)

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