都市部への若年人口流出や事業の後継者不足の進行等を理由に、地方金融機関にはこれまでとは異なる役割が求められるようになってきています。金融資産の流通に留まらない支援を通じて地域にある企業を活性化させる。地域に暮らす人々を豊かにする。そういった働きかけを行うことが今日の地方金融機関には求められているのです。

山口銀行、もみじ銀行、北九州銀行の持株会社である山口フィナンシャルグループでは、今挙げた "金融機関の枠を超えた試み" によって地域課題を解決すべく「リージョナル・バリューアップ・カンパニー (地域価値向上会社) 」になることを掲げた各種取り組みを進めています。ここで進められている取り組みの 1 つが、地域のあらゆる情報の統合をビジョンとする「統合データベース」の構築です。同行では Microsoft Azure を活用し、勘定系システムや各システムに分散している顧客情報、Web サイトやスマートフォンの行動履歴などを統合的に取り扱うデータ分析基盤を整備。地域のあらゆる情報を集積していくことで、従来の金融サービスでは難しかったさまざまな価値を地域に提供していくことが目指されています。

「志を以って地域の豊かな未来を共創する」ことを目指す

山口フィナンシャルグループ (以下、YMFG) は 2019 年度、同行がミッションに掲げる「志を以って地域の豊かな未来を共創する」の達成に向けて「中期経営計画2019」を策定しました。YMFG が目指すのは"金融資産の流通" という従来の金融機関の役割を超えて地域の社会課題を解決していく、「リージョナル・バリューアップ・カンパニー」への変遷です。

株式会社山口フィナンシャルグループ IT統括部 副部長の高田 敏也 氏は、「リージョナル・バリューアップ・カンパニー 」となるために、「YM‐CSVモデル」と経営モデルの確立を目指していると言及。詳細についてこのように説明します。

「地域の社会価値の向上と当社の経済価値の向上を両立するために、現在、『YM‐CSVモデル』の確立を目指しています。『YM-CSVモデル』は、従来の金融モデルと地域の社会課題を解決する地域共創モデルを組み合わせた、共通価値創造 (Creating Shared Value : CSV) のためのオリジナルの経営モデルです」(高田 氏)。

高田 氏は、新たな経営モデルの実現にあたっては、IT の取り組みが欠かせないと述べます。同氏は、「地域にある企業が潤う。地域に住む方の生活が豊かになる。そのための活動が、CSV へとつながります。ここでは個人のお客様のライフ プランニング、地域企業の事業コンサルティングといった支援にまで足を踏み込んでいかねばなりません。確固たる根拠に基づいてこうした支援をするためには、IT やデジタル データの活用が不可欠なのです。」と説明。ここへ向けて 2019 年、Microsoft Azure を活用して、「統合データベース」と呼ばれるデータ分析基盤を構築したことを明かします。

「ホールディングス化以降、山口銀行、もみじ銀行、北九州銀行の各行の勘定系システム、周辺システムを共通化してまいりました。グループ IT の共通化は進んできたものの、システムが取り扱うデータに関しては、依然として各行が管理している状況です。『YM‐CSVモデル』では、個人のお客様のご結婚、お子様の入学といったライフ ステージにあわせてプランニングを長期伴走することや、法人のお客様の事業を評価して中長期的な成長を支援することを目指しています。先述したように、ここではデータが不可欠となります。共通の情報資産としてグループ全員がデータを活用することができる、そのためのデータ分析基盤を構築することが、第一に求められました」(高田 氏)。

  • 株式会社山口フィナンシャルグループ IT統括部 副部長の高田 敏也 氏

Microsoft Azure は、「統合データベース」に求めた 3 つの要件を備えていた

YMFG は、「統合データベース」を構築するプロジェクトを 2018 年 11 月にスタートしました。同システムは、YMFG が掲げる新しい経営モデルの中核となるものです。そのため、IT統括部だけでなく事業部門を含む 8 つの部門部署から代表者を集めた "全社規模の取り組み" として構築作業は進められました。

このプロジェクトを主導したのは、株式会社山口フィナンシャルグループ カスタマーサービス部 副調査役 山丈 宗一 氏とYMFG IT統括部IT企画グループ 副調査役 原田 紘幸 氏です。両氏は統合データベースの構築に際してプラットフォームに求めた要件について、以下の 3 つを挙げます。

1. すばやく基盤を完成させるための「迅速性」
2. 基盤の変更やデータの追加が容易に行える「柔軟性・拡張性」
3. 重要データの取り扱いに耐えうる「信頼性・セキュリティ」

データ分析基盤の構築にあたっては、一般的に長い期間が必要になります。ですが山丈 氏は、「『統合データベース』は先見的な仕組みだと考えていますが、構築に時間を要しては "稼働する頃には時代遅れ" となりかねません。」と述べ、[1] の早期構築を目指したと言及。この本意を交え次のように説明します。

「『統合データベース』の構築は目的ではありません。ここへ集約したデータを社員が日々の業務に生かすことこそが目標であり、そのためのトレーニングや支援に多くの時間を割きたいと考えました。このためにも可能な限り早く基盤を構築したいと思い、プロジェクトの着手から半年強を経た 2019 年 7 月のリリースを目標にして構築作業を進めました」(山丈 氏)。

社員が有効にデータを活用できる仕組みを作っていく。そのためにはトレーニングに期間を費やすだけでなく、社員にとって使いやすい環境として「統合データベース」を構築せねばなりません。こうした視点から、原田 氏は、「迅速性」だけでなく [2] の「柔軟性・拡張性」も同システムを構築する上で求めたと述べ、次のように語ります。

「活用が進んでいく中で利用者からは新しいニーズが出てくるでしょう。このニーズに柔軟に対応し、先ずは社員が使いやすい環境を整えます。権限の制御が前提となりますが、将来的には地域のお客様にもご利用いただけるプラットフォームへと拡張していくことも考えています。データが活用できる基盤を作って終わりではなく、社員やお客様の活用とともに、基盤も成長していくことを目指しています。そのため、高いアジリティを備えるクラウドの活用を前提にサービス基盤を選定しました」(原田 氏)。

原田 氏が述べた通り、クラウドはオンプレミスと比べると、[1] の「迅速性」と [2] の「柔軟性・拡張性」の側面で大きなメリットがあります。しかし、金融資産という機密情報を取り扱うためにクラウド活用に懸念を示す金融機関は少なくありません。

そこで 3 つめの要件となったのが、重要なデータを取り扱うことができる「信頼性・セキュリティ」です。山丈 氏は「金融機関のシステムには CIF (顧客情報ファイル) をはじめ、多くの個人情報、重要データが格納されています。データ分析のためには、それらを安全に取り扱えることが不可欠でした」と説明。同氏の言葉を受けて原田 氏は、Microsoft Azure はここまでに挙がった全ての要件を備えていたとし、その選定理由を述べます。

「サービス基盤の検討中、IT統括部のメンバーが Microsoft Azure のデータセンターを見学させて頂く機会がありました。規約があるため細かくはお話できないのですが、運用ポリシーが非常に高い水準で徹底されていたという報告を受け、個社でセキュリティ対策を実施するよりも、すでに厳重な対策を実施しているマイクロソフトの環境を利用することは、コスト面とセキュリティの両面でメリットを享受できると考えました。また、YMFG では Office 365 を導入しており、権限管理に Active Directory (以下、AD) を利用しています。Office 365 の AD ユーザーがシームレスに『統合データベース』へもアクセスできる、そんな環境をつくれば、活用の広がりにも期待できるでしょう。豊富な PaaS によって柔軟に環境を変えていくことも可能であり、Microsoft Azure はセキュリティ、拡張性、活用のあらゆる面でプロジェクトに適していました」(原田 氏)。

  • 株式会社山口フィナンシャルグループ カスタマーサービス部 副調査役 山丈 宗一 氏、IT統括部IT企画グループ 副調査役 原田 紘幸 氏

密なパートナー シップによってわずか 6 ヶ月強でサービスをリリース

ここまで挙がったプラットフォームとしての優位性以外にも、YMFG が Microsoft Azure を評価したポイントがありました。

山丈 氏は、「原田も触れましたが、将来的には地域のお客様にもご利用いただけるプラットフォームとして、『統合データベース』を拡張していきたいと考えています。地域価値を支えるエコシステムを構築する。そのためには、データを集約するだけでなく、製造や流通をはじめとした地域企業のさまざまな業種業態に対応可能な "データ活用の知見" "ノウハウ" を持っている必要があります。」と言及。この "データ活用の知見" "ノウハウ" の提供元としても、日本マイクロソフトやそのパートナー企業には期待したと語ります。

この点について高田 氏は、「日本マイクロソフトはこうした知見やノウハウを積極的に提供してくれますし、我々が必要とするソリューション、パートナーも紹介してくれます。実際に今回のプロジェクトにあたってはブレインパッド社に構築を担当頂きましたが、これもセキュリティと利便性を備えた基盤を早期に構築したいという当行の意向を汲んでくださった日本マイクロソフトからの紹介がきっかけでした。」と述べます。

高田 氏はブレインパッド社について、システム構築の技術だけでなく、データ活用のノウハウやデータ サイエンスに関する知見も有する企業だと評価。この双方を持つ企業は数少ないとし、「ブレインパッド社の支援もあって、目標に定めた期間内で無事に満足のいく『統合データベース』を構築することができました。」と語ります。

実際にプロジェクトの中では、どのような仕組みをもってセキュリティと利便性を両立したデータ分析基盤が構築されたのでしょうか。アーキテクチャの設計からプロジェクトに参画した、株式会社ブレインパッドの ビジネス統括本部 ビジネスサイエンス・エバンジェリスト 若尾 和広 氏は、「統合データベース」の構築における全体方針についてこう説明します。

「グループ各社の勘定系システムのデータを効率的に統合し、エンド ユーザー自身が自由に分析できることをテーマにしてシステムを構築していきました。迅速な立ち上げという点では既存システムから抽出したデータをほぼそのままのかたちで、クラウド上に構築したデータ レイクに蓄積するというアプローチを採用しました」(若尾 氏)。

若尾 氏の言葉を紡ぎ、株式会社ブレインパッド データエンジニアリング本部 ソリューション開発部 1グループ グループマネジャーの石母田 玲 氏は、具体的なシステム構成について次のように説明します。

「データ レイクは、データを蓄積するための Azure Blob Storage と、ここにあるデータに対して直接 SQL を発行可能な PolyBase を組み込んだ Azure Synapse Analytics (旧称 Azure SQL Data Warehouse) で構成されています。環境は、データ量やデータの種類などに応じて柔軟に拡張することができます。ユーザーは、Power BI によって定型化されたレポートを参照する、SQL を発行して自由分析を行うといったことが可能です」(石母田 氏)。

この「統合データベース」は、今挙がった利便性や拡張性に加え、セキュリティについても高い水準が保たれています。株式会社ブレインパッド ビジネス統括本部 マーケティングビジネス部 コンサルティンググループ グループマネジャーの八木 理恵子 氏は、「閉域網接続の ExpressRoute を用いてネットワークの安全性を確保している他、暗号化と暗号鍵の管理に Azure Key Vault を採用することでデータ保護の水準も高めています。ユーザーの分析環境についても、リモート デスクトップ接続で Microsoft Azure 上の VM にある Power BI Desktop を利用する形を採ることで、データがローカル環境から漏洩するリスクをなくしています。」と説明しました。

  • 株式会社ブレインパッド 若尾 和広 氏、石母田 玲 氏、八木 理恵子 氏
  • 「統合データベース」のシステム構成

    「統合データベース」のシステム構成。Azure Blob Storage や Azure Synapse Analytics といった PaaS の活用によって、容量追加や仕様変更にも迅速に対応可能な柔軟性を確保している。Azure Blob Storage に格納してあるデータは、Azure Synapse Analytics を介して自由分析ができるほか、データ マートとして必要なデータを切り出すことで、Power BI によるレポート化も可能。ブレインパッド社の DMP サービス「Rtoaster」によって、Web サイトやスマートフォン アプリの参照データを活用した分析も行える

" 金融資産を担う企業" から、"情報資産を担う企業" へ

従来、YMFG におけるデータ活用ではユーザーが IT統括部に分析依頼を行ってから結果が得られるまでに 1 〜 2 週間の期間がかかっていたといいます。2019 年 7 月にリリースした「統合データベース」で、ユーザーは SQL を発行して即時に自由分析ができるようになりました。さらに、Power BI によって定型レポートを参照することも可能です。

「統合データベース」の活用法について、2019 年 11 月現在は大きく 2 つのパターンがあります。1 つはリテール部門でのマーケティング分析、もう 1 つは法人部門でのビジネス マッチング分析です。

リテール部門では、銀行の利用状況とクレジットカードの利用状況を組み合わせて分析することで、顧客のライフ スタイルに合った提案を行っています。ここでは、Power BI で地図情報を組み合わせることで、どの年齢層の顧客がどの地域に住んでいるかなどを把握することも可能。原田 氏は、「これまでは自店に口座を持つお客様の動向に着目した把握に偏っていましたが、口座以外にもさまざまなデータを地図情報と組み合わせることにより、例えば自店よりも僚友店の方がお客様の来店が多いことが分かる、そしてその理由について、ショッピング モールの位置といった "生活の動線" との関係性を軸に分析する、といったことが可能になりました。」と話します。

  • リテール部門で活用されている Power BI のダッシュボード画面

    リテール部門で活用されている Power BI のダッシュボード画面

  • ダッシュボードから気になる部分をクリックするだけで情報をドリル ダウンしていくことが可能
  • さらに、地図データと突合した分析を行うこともできる
  • ダッシュボードから気になる部分をクリックするだけで情報をドリル ダウンしていくことが可能 (左)。さらに、地図データと突合した分析を行うこともできる (右)

続けて山丈 氏は、法人部門でもデータの活用が進みつつあると述べ、こう詳細を説明します。

「勘定系システムや周辺システムにある動的・静的データを分析することで、企業の商流や今の市場ニーズが見えてきます。仮に取引先企業が抱える課題を分析によって可視化することができれば、ニーズを抱える企業とこれを解消できる企業と結ぶ橋渡しのような役目を担うことができるでしょう。こうしたビジネス マッチングは、地域経済を活性化することにもつながります。法人担当者の中には既に SQL を自分で書いて直接分析するような人材も育ちつつありますから、そういった人材をアンバサダーとし部門全体でデータを活用する組織へと変えていきたいですね」(山丈 氏)。

勘定系システムなどにある既存のデータだけでなく、Web サイトやスマートフォン アプリから得られる新たなデータの活用も視野に入っています。YMFG では、「統合データベース」の構築に際して新たに導入したブレインパッド社の「Rtoaster」を用いることで、顧客のオンライン上での行動履歴の把握や、ユーザーにマッチした商品レコメンドなどを展開していく予定です。

終わりに高田 氏は今後の取り組みについて、「『統合データベース』をリリースしたことで、ようやくデータ活用のスタート地点に立つことができました。当行のミッションでもある『地域の豊かな未来を共創する』に向けて、データ分析の知見やノウハウをまずは私たちが蓄積していく。そして、このノウハウと『統合データベース』を複合した価値提供で、地域企業の事業、地域の皆様の生活を支える存在になってまいります。将来的には、『YMFG って、昔は銀行だったよね』と言われるような "情報資産を担う企業" になっていくことを目指しています。」と話しました。

  • 集合写真

[PR]提供:日本マイクロソフト