日本政府観光局は 2018 年 12 月、訪日外国人の旅行客数が史上初めて 3,000 万人を超えたことを報告しました。インバウンド需要は急速に拡大しており、東京五輪が控える今、この波はより加速していくことが予測されています。こうした環境の変化を受け、国内有数の旅行会社である JTB は現在、自社ビジネスとインバウンド市場の双方を最大化するための取り組みを進めています。具体的な取り組みの 1 つが、ナビタイムジャパンと日本マイクロソフトとの協業のもとで 2018 年にリリースした、訪日外国人旅行者向け観光支援スマートフォン アプリ「JAPAN Trip Navigator」です。

「JAPAN Trip Navigator」は、AI を活用したチャット ボット機能を搭載する観光支援アプリです。訪日外国人はこれを利用することで、旅行中、自身が求める観光プランを簡単に作成可能。さらに、インバウンド ビジネスを提供する各社サービスが API で連携されているため、プランにあるアクティビティなどをシームレスに予約することができます。同アプリではこうした AI の機能や API エコノミーの仕組みを、Microsoft Azure の備える Cognitive Services、Azure API Management などを活用して実装。PaaS を積極的に活用したサーバー レス設計によって、日々、AI の精度やサービスとしての利便性を高めています。

"インバウンド エコシステム" の実現を目指す

旅行を満喫している "旅ナカ" では、目に映るすべてが新鮮に見えるものです。旅行前に決めたプランを "旅ナカ" で急遽変更した、旅行前の計画は大枠にとどめて細かなことは "旅ナカ" で決めた、こうした経験を持つ人は多いのではないでしょうか。JTB が 2018 年 3 月にリリースした「JAPAN Trip Navigator」は、こうした "旅ナカ" でのプラン作成を支援する、訪日外国人旅行者向け観光支援スマートフォン アプリです。

「JAPAN Trip Navigator」は幾つかのユニークなしくみを備えています。1 つは、巫女をイメージしたチャット ボット「Miko」によって "旅ナカ" でのプラン作成を支援する機能です。「Miko」では、AI を活用したチャット ベースのコミュニケーションによって、ユーザーの中にある漠然とした要望を具体的な観光プランへと落とし込んでくれます。「"旅ナカ" にあっては、チャット ベースで情報をガイドする方が適している場面が数多くあります。」こう語るのは、株式会社JTB 訪日インバウンドビジネス推進部の吉永 善顕 氏です。同氏は詳細を次のように説明します。

「"旅ナカ" では心が移ろいがちです。プラン作成にあたって、最初は "こんなものが食べたい"、"この写真みたいなところに行きたい" といったように目的が曖昧なケースが多いですから、まずはこれを具体的なものにしてあげる必要があります。たとえば日本食を食べたい場合、検索エンジンではあらゆるジャンルの店舗が一覧で表示されますが、ジャンルも決まっていない中で色んなお店が出てきたら、ユーザーはきっと混乱してしまいますよね。チャット ベースのガイドであれば、"それはお寿司ですか? いいえ → 天ぷらなどはいかがですか? 良いですね → 幾つか天ぷらのお店を紹介しましょう" といったように、曖昧な目的を一緒に具体化しながらプランを作成していくことが可能です。当アプリでは、旅行添乗員に近い自然な会話で訪日外国人の観光を支援することを目指しています」(吉永 氏)。

  • 株式会社JTB 訪日インバウンドビジネス推進部 訪日インバウンドビジネス推進担当 マネージャー 事業戦略開発統括 吉永 善顕 氏
  • 「JAPAN Trip Navigator」では、「Miko」によるチャット ベースのコミュニケーションで、ユーザーの中にある漠然とした要望を具体化して、観光名所や飲食店などをナビゲーションする1
  • 「JAPAN Trip Navigator」では、「Miko」によるチャット ベースのコミュニケーションで、ユーザーの中にある漠然とした要望を具体化して、観光名所や飲食店などをナビゲーションする2
  • 「JAPAN Trip Navigator」では、「Miko」によるチャット ベースのコミュニケーションで、ユーザーの中にある漠然とした要望を具体化して、観光名所や飲食店などをナビゲーションする3
  • 「JAPAN Trip Navigator」では、「Miko」によるチャット ベースのコミュニケーションで、ユーザーの中にある漠然とした要望を具体化して、観光名所や飲食店などをナビゲーションする

ユーザーはプランを作成した後、これからすることを予約したりそこまで移動したりなど、行動のフェーズへと移ります。「JAPAN Trip Navigator」がユニークなのは、先述したプランニングだけでなく、こうした訪日外国人の "コト消費" も同一アプリで支援する点にあります。

インバウンド需要の高まりを受けて、タクシーの配車やアクティビティの予約といった様々なサービスが市場に登場しています。サービスの増加によって、旅行はこれまで以上に便利になったといえるでしょう。しかし、これは一方で、"サービスごとで異なるアプリを起動しなければならない"、"同じジャンルで複数サービスがありどれを利用してよいかわからない" といったようなストレスも引き起こしています。「JAPAN Trip Navigator」では、各社サービスを API でつなぐことで、プランを作成後、シームレスに "コト消費" のサービスを利用することができます。これは、訪日外国人の旅行をより充実したものに変えるとともに、企業や自治体にとっては顧客接点の拡大につながります。

"インバウンド エコシステム" とも呼ぶべきこの仕組みについて、吉永 氏は、「旅行全体を通じて得た印象は、その後再び来日してくれるかどうかを大きく左右します。インバウンド需要の拡大は当社だけでなくここに関わる組織すべての利益につながりますから、自らのサービス範囲だけでなく、旅行での体験すべてをポジティブなものにできるように各組織が協働していく必要があると考えています。『JAPAN Trip Navigator』で実現したいのは、これを達するためのエコ システムの形成です。」と語りました。

マイクロソフトの「hackfest」に参加し、プロジェクトの具現化を確信

「JAPAN Trip Navigator」は、クラウド プラットフォームを持つ日本マイクロソフト、高精度な移動経路情報を持つナビタイムジャパン、そして JTB の 3 社が協業して開発し、JTB が主体のもとでこれをリリースしています。「エコ システムの実現にあたっては、3 社でやっているという一種のコンソーシアムのような取り組みとすることが近道になると考えました。JTB のアプリだというイメージが和らいだこともあってか、リリース後にはさまざまな企業や自治体からお声がけを頂いています。」吉永 氏は協業の意図についてこう説明しますが、協業先として日本マイクロソフトとナビタイムジャパンが選ばれた背景にはどのような理由があったのでしょうか。

「JAPAN Trip Navigator」が目指すのは、訪日外国人の "旅行での体験" すべてをポジティブなものにすることです。そのためには、高精度な AI モデルによってチャット上の会話からユーザー ニーズを正確に解釈すること、そして網羅性をもったサービス群によってあらゆる "コト消費" に対応することが求められます。観光ニーズは日々変化するため、AI モデルの追加学習や連携サービスの追加なども常時進めていかなければなりません。

吉永 氏は、「AI はまだ先進技術の領域です。たとえ事業としてのビジョンがあったとしても技術力に長けたパートナーの支援なしには実現できないと考え、AI やクラウドなどのサービス ベンダーへお声がけしました。当初、日本マイクロソフトはその中の 1 社という位置づけでしたが、同社が実施したハッカソン イベント『hackfest』に参加したことで、プロジェクトの成功をイメージすることができました」と述べ、こう詳細を続けます。

「『hackfest』では、当社と日本マイクロソフト、そして同社から紹介いただいたナビタイムジャパンの 3 社のもと、アプリに求められる機能やアーキテクチャ設計の議論から Microsoft Azure での試作版開発までを、4 日間かけて行いました。驚いたのはそのスピード感です。例えば、当社が "ユーザーが写真をアップした時にこれに近い観光地を案内できないか?" と案を出した時の話ですが、日本マイクロソフト側で "じゃあ画像処理の技術でちょっと作ってみましょう" となり、わずか 4 時間ほどで実用性を検証できる環境を用意してくれたのです。我々がやりたいことを提示すれば、そこに技術を上乗せして迅速に具体化してくれる。こうした体制ならば早期にサービスを開始していけるだろう、リリース後も迅速にサービスを発展していけるだろうと考え、プロジェクトの本格化を決意しました」(吉永 氏)。

  • 2017 年 10 月に実施された「hackfest」では、JTB の IT 部門や、日本マイクロソフト、ナビタイムジャパンのエンジニアなど、延べ十数人のもとで、アーキテクチャ設計の検討や試作版開発が進められた1
  • 2017 年 10 月に実施された「hackfest」では、JTB の IT 部門や、日本マイクロソフト、ナビタイムジャパンのエンジニアなど、延べ十数人のもとで、アーキテクチャ設計の検討や試作版開発が進められた2
  • 2017 年 10 月に実施された「hackfest」では、JTB の IT 部門や、日本マイクロソフト、ナビタイムジャパンのエンジニアなど、延べ十数人のもとで、アーキテクチャ設計の検討や試作版開発が進められた

Microsoft Azure の備える各種 PaaS で、サービスの質的向上を実現

日本マイクロソフトとともにプロジェクトに参画しているナビタイムジャパンは、移動経路情報だけでなく AI やクラウド インテグレーターとしての高い技術力も有しています。株式会社ナビタイムジャパン 開発部の田辺 晋一 氏は、同プロジェクトのような AI サービスを開発する上で、Microsoft Azure は様々な優位性を備えていると語ります。

「"AI サービスを実装したアプリ" と一口に言っても、その開発には AI モデルの開発やサービス基盤の構築、API 連携の環境整備、改善案の根拠となるデータ分析など、さまざまなビジネス タスクが存在します。これらのタスクに特化したあらゆるサービス、PaaS を網羅していることは、Microsoft Azure の大きな優位性といえるでしょう。各種サービスの中に選択肢が数多く用意されていることもポイントです。たとえば、サービス基盤では DBMS が必要になりますが、RDB だけでも Azure SQL Server や Azure Database for MySQL、Azure Database for Postgre SQL など数多くの選択肢がありますし、NoSQL を利用したいとなった場合でも Azure CosmosDB で対応可能です。本プロジェクトではこうした各種サービスを活用した サーバー レス設計を採ることで、早期に機能改修ができたり、30 分も要さずに他社サービスの API のつなぎこみができたりといった柔軟性の高い環境を用意することができました」(田辺 氏)。

  • 株式会社ナビタイムジャパン 開発部 シニアエンジニア 田辺 晋一 氏
  • チャット ボットの仕組みだけをみても、AI サービスである Cognitive Services や NoSQLの Azure CosmosDB、特定処理を実行する Azure Functions など、PaaS を積極的に採用していることがわかる。このほかにもサービス基盤には Azure WebApps を、API 連携の環境には API ゲートウェイの Azure API Management を利用するなど、提供基盤の全面にわたってサーバー レス設計が採られている

    チャット ボットの仕組みだけをみても、AI サービスである Cognitive Services や NoSQLの Azure CosmosDB、特定処理を実行する Azure Functions など、PaaS を積極的に採用していることがわかる。このほかにもサービス基盤には Azure WebApps を、API 連携の環境には API ゲートウェイの Azure API Management を利用するなど、提供基盤の全面にわたってサーバー レス設計が採られている

田辺 氏は続けて、ここで触れた豊富な選択肢は、サービスの品質向上にも大きく貢献すると説明。AI モデルの開発を例に、こう述べます。

「例えば先ほど吉永様が触れた画像処理のしくみの場合、一般的に有名な施設は学習済みモデルを提供する Computer Vision Service で識別して、ここで識別できない施設だけを Custom Vision Services で追加学習して対応しています。チャット上のテキスト識別についても同様で、JTB 様が Web サイトなどで用意している既存の FAQ コンテンツをまず QnA Maker で識別可能にして、ここで網羅できていないものを自然言語解析サービスの Language Understanding で追加学習する仕組みを採っています。このように Cognitive Services は、対象ごとでこれを識別するためのサービスを複数用意していますから、うまく組み合わせることで精度を最適な形にしていくことが可能なのです。また、追加学習を行う場合であっても、わずか 10 件ほどの教師データで学習が完了できます。こうした敷居の低さも大きな魅力ですね」(田辺 氏)。

"AI モデルの精度を高めていく上では、世代ごと適切にライフサイクルを管理することが求められます。Cognitive Services では各世代の AI モデルを容易に管理、比較できますし、そこから即座にデプロイすることも可能です。"

-田辺 晋一 氏: 開発部 シニアエンジニア
株式会社ナビタイムジャパン

  • BI サービスの Power BI で日々のチャットログ情報を解析。これをもとにして Language Understanding で追加学習を行っていくことで、チャット上での回答精度を高めていくことができる。また、仮に Cognitive Services が用意していない認知領域があった場合でも、AI モデルの 開発環境である Azure Machine Learning Services を利用すればスクラッチでモデルを構築可能1
  • BI サービスの Power BI で日々のチャットログ情報を解析。これをもとにして Language Understanding で追加学習を行っていくことで、チャット上での回答精度を高めていくことができる。また、仮に Cognitive Services が用意していない認知領域があった場合でも、AI モデルの 開発環境である Azure Machine Learning Services を利用すればスクラッチでモデルを構築可能2
  • BI サービスの Power BI で日々のチャットログ情報を解析。これをもとにして Language Understanding で追加学習を行っていくことで、チャット上での回答精度を高めていくことができる。また、仮に Cognitive Services が用意していない認知領域があった場合でも、AI モデルの 開発環境である Azure Machine Learning Services を利用すればスクラッチでモデルを構築可能

3 社が協同して、「JAPAN Trip Navigator」を発展させていく

JTB が日本マイクロソフトの「hackfest」に参加したのは、2017 年 10 月のことです。同社はそこからわずか 3 か月で一次開発を完了させ、2018 年 2 月に「JAPAN Trip Navigator」をリリース。その後も、bot の会話ログを分析し、AI モデルの精度向上や新機能の実装などを短いリード タイムで実施しています。

吉永 氏は、こうしたサービス先行型、アジャイル型手法を採った本プロジェクトについて、「当初、『Miko』に対しては旅行中での利用が多くなると仮説立てをしていました。ですが、実際には旅の前での情報収集シーンでの利用も想定より多く、仮説と実際との間に大きなギャップがありました。AI のサービス化の難しさを実感した出来事でしたが、アジャイル型の運用体制を 3 社で整えていたことで即座にここに対応することができました。」と評価。従来手法と比べたメリットを交えてこのように述べます。

「現在、Power BI で bot のログを分析して改善案を企画するという一連のサイクルで運用しています。そのため、日々新しいアイデアが運用の中では生まれます。こうしたアイデアを、"まず作ってみましょう" という形ですぐに実行、検証フェーズへ移せる点は、プロジェクトの持続性に好影響をもたらすと考えています。というのも、これまで当社ではウォーターフォール型が主流でしたが、そこではアイデアの有効性を検証したくても "要件書や仕様書がないと動けない" と要件の検討に多くの時間を費やすことがありました。結果としてこれがプロジェクトのスピード感の低下を引き起こす要因となっていたのです。プロジェクトを常にアクティブ状態にできる、これだけでも、アジャイル開発を採用する意義は大きいと思います」(吉永 氏)。

"Microsoft Azure によるサーバーレス設計と、3 社が協同したプロジェクト体制。この双方によって、プロジェクトを常にアクティブな状態で維持できています。この環境のもと、今後もサービスを迅速かつ継続的に発展させていきます。"

-吉永 善顕 氏: 訪日インバウンドビジネス推進担当部長 事業統括
株式会社JTB

JTB では「JAPAN Trip Navigator」をリリースして以降、自治体や観光サービス関連企業とのパートナー シップを強化。AI モデルの改善だけでなく各種サービスの API 連携についても順次作業を進められています。

吉永 氏は、「日本マイクロソフト、ナビタイムジャパンとの協業のもと改修を進め、また連携パートナーも早期に増やしていきます。"これだけあれば手ぶらで旅行ができる"、そんなサービスに『JAPAN Trip Navigator』を昇華させていきたいですね。」と構想を述べます。これに応えるように、田辺 氏は取材の終わりに今後の意気込みを語ってくれました。

「AI は非常に技術の移り変わりが激しい分野です。モデルの精度を高めるための方法論も、今後どんどん変化、発展していくことでしょう。Microsoft Azure は、我々がオンプレミスでモデルの評価をしたいと思った頃にこれができる Cognitive Services コンテナー を提供するなど、常に時代の要望にあわせた機能を提供してくれています。同サービスや日本マイクロソフト、JTB様の技術の力を借りながら、3 社で協同して『JAPAN Trip Navigator』を発展させていきます」(田辺 氏)。

訪日外国人の旅行客数はこの数年で劇的に増加しています。ですが、旅行における満足度を高い水準で維持しなければ、いずれこの波は鈍化傾向となってしまうでしょう。"インバウンド エコシステム" を実現し、訪日外国人の "旅行での体験" すべてをポジティブなものにする。これを目指す JTB の取り組みは、今後、インバウンド需要の未来を照らし続ける光となることが期待されます。

[PR]提供:日本マイクロソフト