2011 年に発生した東日本大震災とこれに伴う原子力事故を契機に、電気料金の値上げや、需給ひっ迫下での需給調整、多様な電源の活用の必要性が増すとともに、従来の電力システムの抱える様々な限界が明らかになりました。これを受けて政府では、2016 年に電気の小売を全面自由化するなど、「電力システム改革」を推進しています。小売電気事業者の登録数は、自由化から 1 年で約 3 割増加しました。新たな法体制への移行や競争の激化など、エネルギー産業は今、大きな変革期を迎えているのです。

こうした状況下では、市場の動きやビジネスの体制をいち早く可視化し、IT を活用することで有効な意志決定を下していくことが重要です。エネルギー産業のコア ランナーの1 社である九州電力は、経営基盤となる財務システムを SAP S/4HANA に刷新するプロジェクトを推進。パブリック クラウドである Microsoft Azure も活用することで、市場のめまぐるしい変化やリアルタイム経営に対応できる IT 基盤を整備しつつあります。

市場変化に適応すべく、パブリック クラウドを活用した SAP S/4 HANA 移行を計画

九州電力は、九州 7 県を主要な事業地域として展開する総合エネルギー事業者です。同社は 2015 年に策定した「九州電力グループ中期経営方針(2015 年度~ 2021年度)」において、競争環境下においても顧客に信頼され、選ばれつづける「『日本一のエネルギーサービス』を提供する企業グループ」となることを掲げています。

電力システム改革によって市場が大きく揺れ動く中、九州電力はどのようにこの方針を達成していくのでしょうか。九州電力株式会社 テクニカルソリューション統括本部 情報通信本部 経理プロジェクトグループ 吉田 龍義 氏は、IT の基盤整備における「思考の変革」を挙げ、この点を説明します。

「当社は今、『サービス力』『競争力』『組織力』を柱にさまざまな改革を進めています。これらをスピーディに進めるうえで、IT がボトルネックになってはなりません。もともと当社は『個々の業務にシステムを合わせる』という意識の下で IT 基盤を整備してきました。こうした手法は、IT の効果は非常に高いのですが、どうしても その柔軟性を犠牲にしてしまいます。ずっと同じ業務をおこなうのであれば最適かもしれませんが、ガス小売事業や再生可能エネルギー事業、九電グループの成長に繋がるイノベーションの創出など、当社は現在、新たな取り組みを積極的に展開しております。変化への対応力を強化する必要があり、そのためには IT についても『標準的なシステムに業務を合わせる』という思考に変革することが必要だったのです。この象徴となるプロジェクトが、パッケージ システムとパブリッククラウドの採用を並行して進めている、財務基盤の SAP S4/HANA 移行です」(吉田 氏)。

九州電力はこれまで、ホスト コンピューターで稼働するスクラッチのシステムで業務基盤を整備し、約 20 年間、定期改修を繰り返しながら運用をつづけてきました。このシステムは九州電力専用の経理業務を実現したものの、電力システム改革が 2020 年に予定している送配電部門の法的分離など、今後の産業変化に合わせていくことは困難となります。「スタンダードなパッケージに合わせて業務フローを標準化することは、変化に追従可能な『スピード経営』の実現に繋がります」と、吉田 氏は SAP S4/HANA移行の意図を説明します。そしてこのプロジェクトは、アプリケーション面だけでなくインフラ面においても、九州電力に新たな試みを促しています。

一般的にインフラ構築は、システムの利用期間や性能要件などを厳密に定め、それに沿ってアーキテクチャを設計し、機器調達、構築へと進行します。今回のプロジェクトも大枠は変わりませんが、1 つ大きな違いがありました。それは、「時代に合わせて変更が可能なしくみ」をインフラ整備の方針に掲げたことです。九州電力株式会社 テクニカルソリューション統括本部 情報通信本部 経理プロジェクトグループ 小島 毅士 氏は、次のように説明します。

「あらゆる可能性を考慮して、今回、開発検証基盤と DR (災害対策)基盤に Microsoft Azure を採用しました。本番環境は当面オンプレミスで稼働させる予定ですが、SAP S4/HANA は、少なく見積もっても 10 年間利用しつづけるシステムです。この間にどれだけ新たな技術が生まれるか、予測することは困難でしょう。クラウド技術が加速していく中で、もしかすると自らシステムを抱えない時代が来るかもしれません。オンプレミスに固執した場合、ここへ即座に対応することが困難となる恐れがありました。時代に合わせてインフラも可変していけるよう、パブリック クラウドの活用を決定したのです」(小島 氏)。

パブリック クラウドの活用は、九州電力としては初の試みです。同社グループはこれまで、自社データセンターに構築したプライベート クラウドのもとで全 IT を整備してきました。しかし、クラウドと名がついていてもプライベート環境ではどうしても物理リソースの制約が存在します。「パブリック クラウドであれば、この物理的な制約、上限を解消し、アジリティをさらに高めることができます」と、小島 氏はパブリック クラウドの利点を説明します。

電力会社の財務データを預けるに足るセキュアなサービスとして、Microsoft Azure を選択

九州電力が SAP S4/HANA への移行プロジェクトをスタートしたのは、2016 年度のことです。同社は 2020 年に始まる送配電部門の法的分離への十分な対応期間を設けるべく、2018 年度中の完了をめざして移行作業を進めています。

ここで活用されているパブリック クラウドは、事前のサイジングや機器調達を必要としないという利点を持ちます。吉田 氏は「迅速に開発検証環境を用意することができるため、パブリック クラウドの活用はプロジェクトを円滑に進める上でも有効でした。」と語り、市場に数あるサービスの中から Microsoft Azure を選択した理由についてこう明かします。

「SAP S4/HANA は、各事業システムとも連動する、当社のコア システムです。当然、止まってはなりません。また、各事業の財務情報を集約しているため、管理されるデータは当社にとって極めて重要な企業資産でもあります。Microsoft Azure を選択した最大の理由は、システムを安定して稼働しつづけることができ、なおかつセキュアにデータを守ることができるという信頼性の高さにありました」(吉田 氏)

東日本と西日本に分散してデータセンターを構える Microsoft Azure は、物理的な冗長構成を持つことが可能です。これは可用性が高いというだけでなく、有事が発生した場合に、日本国内の管轄裁判所を通じて、クラウド上のデータを手元に戻すことができるということでもあります。また、マイクロソフトは日本で初めて CS ゴールドマークを取得したベンダーであり、セキュリティ面で優れた実績を有していました。さらに、こうした信頼性にくわえて、SAP システムと高い親和性を持つサービスだったことも、Microsoft Azure を選択した理由だと小島 氏はいいます。

「SAP ERP は移送管理システム (TMS) という、異なるドメイン間のシステム変更を自動実行、監視するしくみを備えています。これを活用すれば、本番環境と開発検証環境を素早く安全に入れ替えることが可能になります。10 年以上の利用を意図している SAP S4/HANA をこれから運用していく中で、初期はオンプレミスで稼働させていた本番環境を、クラウドに移行することがあるかもしれません。したがって、オンプレミスとクラウド間のシステム移送を意識して、パブリック クラウドを選定する必要があったのです。SAP との強固なパートナーシップによって Microsoft Azure が当社の求める移送方式に対応していたことも、大きなポイントでした」(小島 氏)。

マイクロソフトとレッドハットの強いパートナーシップにより、迅速に開発が進められると期待

九州電力にとってパブリック クラウドの活用は初の試みです。当然、Microsoft Azure の実利用について懸念が無かったわけではありません。九電ビジネスソリューションズ株式会社の白野 隆 氏は、「これまで九州電力では、Red Hat Enterprise Linux (RHEL) を標準環境としてシステムを構築してきました。そのため、『OSS で構成される開発検証環境を迅速に立ち上げるうえで、Microsoft Azure は適切なのか?』という懸念はありました」と語ります。しかし同氏は、開発に着手する前段階でこの懸念が払拭できたとつづけます。

「懸念したのは、技術面よりもサポート体制でした。OSS とクラウド ベンダー間の役割が整っていないと、問い合わせの際に『この問題は A 社に問い合わせるべきか? それとも B 社か?』といったことが曖昧になり、たらい回しにされ、結果開発が滞るおそれがあるのです。しかし、検討を進める中で、マイクロソフトとレッドハットが強いパートナーシップを築いていることが分かりました。サポート ガイドラインが明確な文書で整理されており、SAP 環境の構築もそこでカバーされていたため、安心して作業を進められると感じたのです。近年マイクロソフトがオープン化を進めているという印象は受けていましたが、その実態は想像以上であり、数多くの OSS 、さまざまベンダーと強固なパートナー シップをもっていました」(白野 氏)。

"ERP 開発においてはアプリケーションの開発、設定作業に大きなリソースを要します。その準備段階である開発検証環境の立ち上げに際し、コミュニケーションロスなどで時間を取られてしまっては、プロジェクト全体に悪影響を与えてしまうおそれがあります。周辺ベンダーとの強固なパートナーシップを持つ Microsoft Azure は、当社の移行プロジェクトにおいて最適なパブリッククラウドでした。"

-小島 毅士 氏 : テクニカルソリューション統括本部
情報通信本部 経理プロジェクトグループ
九州電力株式会社

初のパブリック クラウド活用、初の SAP S/4 HANA 構築ながら、2 か月という短期間で開発検証環境を用意

パートナー シップに基づく技術支援、Microsoft Azure の機能性を活かすことで、九州電力はわずか 2 か月で、SAP S/4 HANA の開発検証環境を用意しました。2018 年 5 月現在、同社はアプリケーションの製造や単体テスト作業を進めています。短期に作業を進めることができた要因について、九電ビジネスソリューションズ株式会社の高下 大輝 氏は次のように話します。

「仮想マシンを迅速に立ち上げることができるのは、クラウド共通の利点です。Microsoft Azure ではそれにくわえて、SAP 環境を構築するために必要なソフトウェアやサービスを即座に手配することが可能です。RHEL や SAP HANA ベースのアプリケーションに対応したサービス、仮想マシンなどを、Azure Marketplace から入手して即座にデプロイすることができるのです。これがあったおかげで、開発検証環境を立ち上げるまでの期間を大幅に短縮できたと感じています」(高下 氏)。

  • Azure Marketplace では、SAP S/4 HANA ベースのアプリケーションに対応したサービス、仮想マシンを迅速に調達することが可能

つづけて九電ビジネスソリューションズ株式会社の志道 賢治 氏は、開発検証環境と立ち上げに際してはマイクロソフトの技術的な支援にも助けられたと語ります。

「Microsoft Azure でのシステム構築、そして SAP S/4 HANA の構築、いずれも、当社にとって初めての経験でした。そのため『SAP S/4 HANA を稼働させる仮想マシンはどのグレードが適しているのか』『リソースを最適に運用するにはどういったしくみが必要か』『セキュアな接続を担保するためにはプライベート クラウドと Azure をどう接続すればいいか』など、数多くの疑問をひとつずつ解消していかねばなりませんでした。専任の技術者をつけていただくなど、マイクロソフトから手厚く迅速なサポートを受けられたおかげで、これらの疑問を適宜解消しながらスムーズに作業を進めることができました」(志道 氏)。

  • システムの構成イメージ。Microsoft Azure 上に DR サイトを構築したことで、事業継続性も高めている

将来的には Microsoft Azure 上で SAP S/4 HANA の本番環境を稼働することも構想

開発検証環境が早期に用意できたこともあり、SAP S/4 HANA の移行プロジェクトは 2018年 5 月現在、順調に進行しています。パッケージ システムである SAP S/4 HANA 導入、パブリック クラウドである Microsoft Azure 活用の双方が、九州電力としては初の試みでした。吉田 氏は、こうした中であってもスムーズに作業を進めることができた点をまず評価し、Microsoft Azure についてこうコメントします。

「パブリック クラウドの利点は知識としては知っていましたが、実際に利用して『想像以上のスピードで作業が進められる』ことを実感しました。このスピードは、IT 基盤だけでなく、ビジネス全体を加速することができうると感じます。今後、技術の進化によっては、SAP S/4 HANA の本番環境を Microsoft Azure で運用することもあるかもしれません。また、市況の変化に適応できる事業展開を進めていく上では、あらたな IT システムも必要となります。こうした周辺システムを Microsoft Azure で展開するという選択肢もあるでしょう」(吉田 氏)。

"SAP S/4 HANA の本番環境、周辺システムのサービス基盤など、Microsoft Azure の活用にはさまざまな可能性を感じています。こうした可能性を実現していくために、まずは滞りなく、現在のプロジェクトを完遂させたいと考えています "

-吉田 龍義 氏: テクニカルソリューション統括本部
情報通信本部 経理プロジェクトグループ 副長
九州電力株式会社

吉田 氏が技術進化に求めることは、可用性、保守性のさらなる向上です。 Microsoft Azure の検討に際して、九州電力ではマイクロソフトのデータセンターの見学も実施しています。「強固なポリシーのもと、運用管理がなされているさまを体感できました」と、吉田 氏は現時点で高い信頼性を有していると評価します。一方、SLA は高いもののメンテナンスなどのシステム停止がコントロールできないことを指摘。つづけて小島 氏は、このシステム停止の計画性が、Microsoft Azure 上で SAP S/4 HANA の本番環境を稼働するための条件になると語ります。

「財務管理をつかさどっているため、SAP S/4 HANA が停止した場合、業務遅延や支払漏れなどを引き起こす可能性があります。こうしたミッションクリティカル性の高さが、当面オンプレミスで運用していく理由です。もしメンテナンスなどのシステム停止をコントロールできて Microsoft Azure のサービスの稼働率が今以上に高まっていくのであれば、本番環境での適用も検討できるでしょう。ぜひこれを検討できるよう、マイクロソフトにはいっそうの信頼性向上に努めてほしいですね。もちろん、当社でも開発検証環境や DR 環境の運用を通じて、Microsoft Azure の信頼性を見極めていきたいと思っています」(小島 氏)。

電力システム改革によって市場が大きく変化しつつあるエネルギー産業。そうした中、九州電力では SAP S/4 HANA 移行を 1 つの切り口とすることによって、業界におけるプレゼンスをより高めようとしています。「『日本一のエネルギーサービス』を提供する企業グループ」に向けた同社の歩みは、SAP S/4 HANA 移行プロジェクトが完了する 2018 年度を節目としてさらに加速していくことでしょう。

[PR]提供:日本マイクロソフト