医薬品産業において、ERP が担う役割がこれまで以上に重要となりつつあります。

医薬品に対する社会的期待が高まる中、サプライ チェーンを最適化していかに医薬品の安定供給を継続するかが、今日の製薬企業には強く求められています。これを受け、医薬品にかかわる多くの企業が、メーカーから卸に、卸から薬局、病院を経て患者に到着する、これらの経路の最適化に取り組んでいます。しかし、最適化に向けた各企業の懸命な努力は、「製品ごとに流通が異なる」というサプライ チェーンの複雑化を招きます。結果、サプライ チェーンを適切に管理するための ERP や EDI が、重要性を高めているのです。

医薬品ビジネスの提供に欠かすことのできない ERP について、2017 年 3 月に設立されたLTLファーマでは、Microsoft Azure をプラットフォームとし、本番環境を提供。ERP だけでなく、医薬品の安定供給に必要なすべてのシステムをフル クラウドで構築することで、社会から求められる要請に応え続けています。

医薬品の複雑なサプライ チェーンに対応したIT 基盤を早期に構築する必要があった

現在の医薬品産業で大きく期待されていることは「新薬開発」でしょう。今までにない治療を実現する新薬は、有効成分の特許を持った「先発医薬品」として市場に供給されます。やがて年月が経ち、先発医薬品の特許が切れると、同じ有効成分で構成された「ジェネリック医薬品」が各社から販売されるようになります。かつての新薬はというと、これもまた「長期収載品」として販売が続きます。

長きにわたって医療機関に親しまれてきた長期収載品は、ジェネリック医薬品と比べても信頼性が高く、継続供給、安定供給を求める声が多いものです。「新薬開発のコストが深刻な課題となりつつある今、当社のように長期収載品に特化した製薬企業の担う社会的責任は大きい」と、LTLファーマ株式会社 執行役員 業務管理本部長 黑田 哲郎 氏は語ります。

「新薬の開発には、一剤あたりに膨大な費用が必要となります。これは容易に捻出できる予算ではありません。そのため、長期収載品の安定供給を他社に承継し、譲渡対価を開発投資に振り分けるという戦略的な動きが、このところ加速しているのです。当社が目指すのは、こうした長期収載品の承継プラットフォームを構築することです。製薬各社から資産を受け継ぐことで、『長期収載品の安定供給』と『新薬開発』という、社会が医薬品産業に求める重大な要請に貢献できると考えています」(黑田 氏)。

LTLファーマの使命である「長期収載品の安定供給」は、容易に達成できるものではありません。医薬品産業は製品ごとに流通が異なるという複雑なサプライチェーン構造を持っています。黑田 氏は「使命を果たしていくためには、サプライチェーンを適切に管理するための SAP ERP、EDI などのシステムが不可欠」だと語ります。一方で、これらの IT 基盤を整備するうえでは LTLファーマ独自の課題が存在していたと続けます。

「当社は、製薬会社と資産譲渡契約を締結して初めて長期収載品を取り扱うことができます。最初の契約を結ぶまでは、LTLファーマという企業の設立準備はできても、システムの設計や構築といった作業に着手することはできません。というのも、契約とは非常に流動的なもので、話が進んでいても解消されてしまったり、見通していた取り扱い時期が遅れてしまったりといったことが、往々にして起こりえます。企業設立とともに IT 基盤まで準備した場合、万が一契約の解消、遅延が発生した際に、医薬品を取り扱い始めるまでの期間、コスト、人的リソースの両方で企業的損失が生まれ続けることになってしまいます。したがって IT 基盤は、資産譲渡契約が正式に締結されてから設計に着手し、なおかつそこで決められた取り扱い開始時期までに構築を完了しなければならなかったのです」(黑田 氏)。

フル クラウドのプラットフォームとして、高度な可用性とセキュリティを備えたAzure を選択

LTLファーマは、2017 年 3 月 28 日にアステラス製薬より長期収載品 16 品目を譲り受ける資産譲渡契約を締結しました。この契約で定められた長期収載品の取り扱い開始時期は 2017 年 10 月 2 日であり、締結から半年という短い期間です。この限られた時間で、SAP ERP や製薬企業ゆえに求められる専門 IT、コミュニケーション基盤など、あらゆるシステムを内包した IT 基盤を整備しなければなりませんでした。

安定稼動するシステムを用意しておかなければ、長期収載品を適切に管理し、安定的に市場供給することはできません。短い期間でどうやって複数のシステムを構築するのか。この課題に対して LTLファーマでは、Azure を活用したフル クラウドによる IT 基盤の構築を計画します。

新規にビジネスを始めるうえで、事業の基幹を管理するために必要なシステムは多岐にわたります。そのすべてに対して必要リソースをサイジングし、機器を調達し、構築し、検証していては、半年の間に IT 基盤を構築することはきわめて困難でしょう。タイトなプロジェクト進行はシステムのほころびを生み、結果それがミッション クリティカルなサービスの安定稼動に悪影響を及ぼすおそれもありました。

スケーラビリティをもったパブリック クラウドを活用すれば、こうしたリスクを解消して基盤構築を進めることが可能です。LTLファーマが計画したフル クラウドは、必然ともいえる選択でした。クラウド サービスにはさまざまな種類がありますが、同社が求めていたのは、事業に不可欠なシステムを支える「可用性」と、機密情報を保護する「セキュリティ」だったといいます。そしてこの 2 点を備えていたからこそ Azure を選択したと、黑田 氏は明かします。

「Azure は日本国内で東西 2 か所に分かれたデータセンターから提供されています。つまり、物理的な冗長構成を組むことが可能なのです。災害など万が一の場合でも事業継続性を保つことができますし、グローバル企業であるマイクロソフトの厳格なセキュリティ、可用性管理体制のもとで提供されますから日々の運用も安心して行うことができると考えました」(黑田 氏)。

"医薬品の副作用に関する照合データベースなど、当社では機密性がきわめて高い情報を取り扱っています。Azure の持つ高い信頼性によって、こうした情報を厳格に保護できる、ミッションクリティカルなシステムも問題なく運用できると確信し、採用を決定しました"
-黑田 哲郎 氏: 執行役員 業務管理本部 本部長
LTLファーマ株式会社

各ベンダーを強力なイニシアティブで牽引。ノン トラブルで稼動するIT 基盤を獲得

IT 基盤の整備に向けて、LTLファーマでは、インフラ側にはマイクロソフトのプラットフォーム構築に長けた株式会社ヒューマンインタラクティブテクノロジー (以下、HIT) を、また、アプリケーション側には医薬品産業と SAP ERP への深い知見を有する株式会社JSOL (以下、JSOL) をベンダーに選定。この 3 社協同のもと、プロジェクトは進められました。

既述したとおり、同プロジェクトはわずか半年の期間で SAP ERP をはじめとするさまざまなシステムを構築することが求められました。ですが、3 社が連携して作業に当たることで、無事に IT 基盤の整備は完了。契約書のとおり 2017 年 10 月 2 日から、LTLファーマは長期収載品の市場供給を開始しています。

株式会社JSOL 製造ビジネス事業部 エンタープライズマネジメント第二グループ グループマネジャー 山崎 貴満 氏は、短期構築が実現できた理由を次のように説明します。

「当社では本番稼動を含む SAP on Azure の実績をいくつか持っています。そのため、何に留意しどのようなプロセスで進めるべきかをあらかじめ見通したうえで、作業を進めることができました。ですが、今回のプロジェクトにあたっては、LTLファーマ様が強いイニシアティブを持って取り組み全体を牽引したことが特に大きいと感じています。コミュニケーションを密に取り、3 社の技術、ノウハウをうまく交換して連携し合うことで、共通の目的地に短期間でたどり着くことができたといえるでしょう」(山崎 氏)。

"プロジェクト後半の 2 か月間は操作トレーニングや本番稼動の準備に割り当てたため、構築作業に要した期間は実質 4 か月もかかりませんでした。これほど短期に作業が進められた理由には、Azure のスケーラビリティも大いに存在しています"
-山崎 貴満 氏: 製造ビジネス事業部 エンタープライズマネジメント
第二グループ グループマネジャー
株式会社JSOL

  • 4月に策定された構築スケジュール。わずか半年という期間ながら、3 社が密に連携してプロジェクトを進めたことにより、予定どおり作業を進めることに成功している

続けて株式会社ヒューマンインタラクティブテクノロジー クラウドソリューションディビジョン ディビジョンマネージャ 木暮 裕康 氏は、マイクロソフトの IT 管理ソリューションである OMS (Operation Management Suite)によって、システムを厳格な監視体制で運用することができていると説明。それがサービスの安定稼動につながっていると語ります。

「当社は構築に加えて、Azure で稼動する各サービスの運用保守も担当しております。1 秒でも止まってしまってはビジネスに多大な影響を及ぼしてしまいますので、東西での物理冗長化を図るほか、OMS を利用して稼動状況を厳しく監視しています。OMS は障害発生の有無だけでなく、各システムの稼動状況をポータル画面で一覧できますし、システム単位のリスクレベルを視覚的に察知することも可能です。SAP ERP を含むさまざまなサービスが Azure で稼動していますが、Azure の高い信頼性、そして OMS などをもった監視体制によって、社会的責任の高い事業を担うシステムをこれからも安定して提供できると考えています」(木暮 氏)。

"OMS には新機能が次々と実装されています。一部の監視機能は当社が独自に組んだスクリプトを使っており、完全にOMS に統一することは難しいかと思いますが、手組みのものをなるべく OMSへ移行することで、監視体制の簡素化にも取り組んでいきたいと考えています"
-木暮 裕康 氏:クラウドソリューションディビジョン
ディビジョンマネージャ
株式会社ヒューマンインタラクティブテクノロジー

  • Azure 上のインフラ構成

Azure のアジリティを活用し、1 点でも多く長期収載品の導入数を増やしていく

2017 年 10 月 2 日より稼動を開始した LTLファーマの IT 基盤は、2018 年2 月現在、全サービスがノン トラブルで稼動を続けています。クラウドを使う際に一般的に懸念されるパフォーマンスの低下についても、同社においては発生していません。黑田 氏は、これらフル クラウドの一連の取り組みを次のように評価します。

「プロジェクトの遅延は、企業としての活動の遅延を意味していました。それは当社のビジネスの問題だけでなく、医薬品を必要とするすべての方々に多大な迷惑をおかけすることにつながってしまうのです。今回、Azure を採用し、3 社の密な連携によって計画どおりに作業を完了できたことは、この観点から高く評価すべきことでしょう。また、フル クラウドによってアジリティの高い IT 基盤を用意できたことも大きな利点です。たとえば、SAP ERP の SD (販売管理) モジュールは 1 日に 2 回受注の締めがあり、そこにトランザクションが集中します。こうしたピーク タイムと Azure のリソースを合わせることで、性能を担保しながらコストの最適化にもアプローチできると考えています」(黑田 氏)。

今後新たな長期収載品の導入が進むにつれて、LTLファーマの SAP ERP で管理するサプライチェーン構造もまた、複雑性を増すこととなります。サプライ チェーンの最適化に向けては定期開発が必要となる場面もあるでしょう。Azure の備えるアジリティは、こうした定期開発の迅速化においても有効に機能することが期待されます。「Azure のフル クラウド環境を最大限に活用し、JSOL と HIT の強固な支援のもとで、1 点でも多く長期収載品の導入数を増やし、医薬品産業に期待される要請に応えていきたいと考えています」と、黑田 氏は意気込みを語りました。

これまでにない治療を実現する新薬開発は、現代の製薬業界に大きく期待されることです。しかし同時に、既に確立された治療を安定的に実施していくこと、それを支える長期収載品を適切に供給していくこともまた、医薬品産業の重要な使命なのです。長期収載品に特化し、製品の安定供給に努める LTLファーマは、クラウドという「しなやかさ」を備えたシステムを活用していくことで、今後も日本の医療を支えていくことでしょう。

[PR]提供:日本マイクロソフト