人はミスをします。売上の計算や書類の作成といった事務作業をすべて人が行うとしたら、確認と修正作業を含めて、いったいどれだけの時間がかかるでしょう。IT の進化によってもたらされた業務効率の向上は、私たちに大きな恩恵をもたらしています。

こうした IT の進化において、近年、特筆すべきものが、生物の神経系の動きを模してデザインした深層学習 (ディープ ラーニング)、AI (人工知能) の発展です。蓄えた情報をコンピューターに「学習」させる AI は、従来型の IT では困難だったことを解決する可能性を秘めています。「"MONEY" の Y の一歩先を行く"MONEX"」を企業理念に掲げるマネックス証券は、「一歩先を行く」取り組みとしてこの深層学習に注目。Azure 上で深層学習による文章校正ツールの運用を開始するなど、AI のポテンシャルを最大限発揮するための取り組みをいち早く進めています。

フィンテックを長年実践してきたマネックス証券ゆえに直面した、従来型 ITの限界

近年、フィンテック (IT を駆使した金融商品、サービス) が注目されています。個人投資家向けの貸株サービスを日本で初めて行うなど、インターネットの黎明期から IT を駆使した先進的な金融商品、サービスを提供してきたマネックス証券株式会社 (以下、マネックス証券) は、このフィンテックを創業時より実践し続けている企業です。しかし、そんな同社をしても、IT を活用することが難しい領域があったといいます。マネックス証券株式会社 執行役員 三根 公博 氏は次のように語ります。

「当社は創業より約 20 年間、フィンテックを実践してきました。その中で、あらかじめすべての処理フローを定義しておかなければならない従来型 IT には、できることに限界があると感じるようになりました。たとえば、お客様の嗜好や投資パターンに基づいて最適な支援を行うようなシステムを考えても、1 人ひとりのお客様に合わせて処理フローを定義することは、ほとんど不可能です。この限界を打破すべく近年取り組んでいるのが、深層学習の活用です」(三根 氏)。

深層学習を活用すれば、過去のアクティビティ データを用いて『システムが処理フローを学習し、状況に応じて処理フローを再定義し実行する』ことが可能になります。処理フローが定型化されておらず常に人の判断を必要とするような作業では、深層学習は有効です。

多くの企業がこうした深層学習の可能性に期待していますが、マネックス証券のユニークな点は、研究開発の段階をいち早く終え、既に運用を開始していることです。 証券会社の AI 活用と聞くと、「AI が自動で銘柄を決めて売買してくれる」といったイメージを持つかもしれません。しかし、マネックス証券が考える AI の活用領域は、人の意志決定や作業の「支援」にあり、「自動化」ではありません。三根 氏は「当社は 3 年ほど前から深層学習の知見を集めて技術を習得してきましたが、そこで感じたことは、AI に全作業を任せてしまうことは現段階では適さないということです。たとえば、株式市場は売りたいという人と買いたいという人が同数いて成り立ちますが、マーケットはさまざまな思惑がせめぎ合う場所です。常に『合理的な判断が利益を生みだす』とは限らず、AI による判断が損失の発生を引き起こすことも考えられるのです。そのため、当社では現在、AIは人の判断や作業を支援するものという考えで活用を進めています」と説明。この言葉のとおり、顧客向けトレーディング技術向上支援サービス「トレードカルテFX」や、社内に向けた「文章校正ツール」など、マネックス証券が提供する深層学習を活用したAIサービスは、意思決定、作業の支援に主眼を置いています。

三根 氏は AI 活用の成果は「サービス品質の向上にある」と語ります。続けて、文章校正ツールを例に、この点を説明します。

「Web ページやメール マガジンなどの原稿作成はクリエイティブ色の強い業務であり、人手が大半を占めることとなります。しかし、この業務は経験による個人差があり、校正確認漏れなどのリスクもあります。金融商品を扱う事業者は、『絶対値上がりします』といった断定や勧誘をしないなど、法令に基づいた表現で情報発信しなければなりません。ミス無く、なおかつマネックス証券らしい価値ある情報を提供することは、サービス品質に大きくかかわるのです。文章校正ツールは、こうしたマネックス証券らしさの標準化とミス防止のために使用しています」(三根 氏)。

Azure 上でのアジャイル開発によって、わずか 3 か月で開発が完了

細かなニュアンスや言い回しのすべてを定義することは困難です。そのため、文章校正は従来型の IT ではアプローチの難しい領域でした。これに対しマネックス証券は 1999 年の創業以降蓄積してきた約 4,000 の Webページ、4,000 通以上のメール マガジンを「お手本」にして、オフィシャルな書き方をシステムに学ばせることを計画。2017 年 5 月よりプロジェクトを開始し、約 3 か月後の 9 月には文章校正ツールを完成させました。

従来型 のIT では実現が困難だったシステムの短期開発に成功したマネックス証券。その要因について、三根 氏は「クラウド上のアジャイル開発にある」と明かします。

「深層学習によるモデル構築は、トライ アンド エラーによって成り立ちます。アジャイル開発することは必然であり、ネットワークやメモリ、CPU やGPU などのリソースも随時チューニングすることになります。クラウドならば、物理リソースにとらわれることなく調整可能です。サイジングにより無駄を省くというコスト面と、迅速にモデル構築を進めるというプロジェクト進行面の両方で、クラウド上のアジャイル開発は有効でした。また、深層学習は技術の発展が著しい領域ですが、クラウドならば最新技術を取り入れやすいという利点もありました」 (三根 氏)。

深層学習をビジネスに応用していくためには、IT エンジニアリングだけでなく大量のデータを扱うための統計解析に関する知識、経験が必要です。このどちらにも長けた SIerとして、マネックス証券は DATUM STUDIO株式会社 (以下、DATUM STUDIO) に開発を委託し、作業を進行しました。

DATUM STUDIO は、文章校正ツールの運用に最適なプラットフォームの選定も任されたといいます。金融機関の利用に足るクラウドとして、同社はMicrosoft Azure を選択。DATUM STUDIO株式会社 CTO 安部 晃生 氏は、サービス基盤に Azure を選んだ理由として、セキュリティの強靱さを挙げます。

「メール マガジンや Web ページは公開コンテンツなので、顧客情報ほどセンシティブなデータの取り扱いはしません。しかし、それでも金融機関から情報を預かるのですから、信頼性に優れたプラットフォームが必要でした。Azure は金融情報システムセンター (FISC) が定める『金融機関等コンピュータシステムの安全対策基準』への準拠を公式に表明するなど、他サービスと比べてセキュリティの強靭さがきちんと明示されており、マネックス証券様の利用に足る十分な信頼性を有していました」( 安部 氏)。

加えて、Azure は金融機関向けに特別に用意された契約変更プログラム「M248」を用意しており、監督官庁による検査対応や再委託への中止要請対応といった規制上の要件対応を明確化しています。こうした高い水準のセキュリティ、運用体制は、今後活用の範囲を拡大していく際に重要になってくると、三根 氏はいいます。

「文章校正ツールに新たな機能を実装したり、既存サービスとの連携を深めていく中では、機密性の高い情報を扱う場合もあるでしょう。Azure のように信頼性の高い基盤をあらかじめ選んでおくことは、金融商品、サービスを拡張する際に、説明、紹介文の校正の自由度を得るという意味でも有効でした」(三根 氏)。

コンテンツ公開前の心理的負担を大きく軽減。よりクリエイティブな業務に注力することが可能に

既述のとおり、文章校正をシステムに学習させるために要した期間は、わずか 3 か月間でした。仮にオンプレミスで開発をしていたら、システム リソースを見積もるだけで過ぎていたことでしょう。「短期間でサービス インできたということは、それだけサービス品質の向上に要するリード タイムを短縮できたということです」と、三根 氏は短期間で開発が完了したことを評価します。続けて安部 氏は、短期開発に欠かすことのできない深層学習と Azure との親和性について、こう説明します。

「さまざまなクラウドを利用して開発を進めてきましたが、Azure を利用して感じるのは、マイクロソフトの深層学習に対する力の入れ方です。CPU や GPU インスタンスが十分に割り当てられていることはもちろん、Preferred Networks 社とのパートナー シップによる深層学習フレームワーク "Chainer" の連携強化などの取り組みにもそれが表れています。このように注力してもらえるということは、すばやく開発が進められるということだけでなく『今後もサービスが継続していく』という安心につながります。もしクラウド サービスが終了してしまったら、我々の先にいる顧客に多大な 迷惑がかかります。サービスの継続性は、我々のようなベンダーにとって非常に重要なポイントなのです」( 安部 氏)

  • 文章校正ツールのシステム構成

2017 年 9 月から運用を開始した「文章校正ツール」は、誤植や NG 表記の高精度な抽出、マネックス証券らしい文言への調整など、同社が期待した性能を発揮しています。顧客にコンテンツを公開する前にシステムがチェックしてくれるということは、サービス品質の向上以外にも効果があったと、三根 氏はいいます。

「人間が見落としていたものをツールが発見することでお客様へ提供する情報の質が安定することはもちろんなのですが、それ以上に『確認漏れがあってはいけない』という精神的な負荷から解放されたことが大きな効果です。不安は作業を滞らせる原因になりますから、これが取り除かれたことで、よりクリエイティブな作業に心を向けられるようになりました」(三根 氏)。

"Azure 上の文章校正ツールによって、マネックス証券らしさという明文化、ルール化しづらいことを、システムとして備えることもできました。これは、今後も私たちらしさを継承していくことができるという点で、重要な成果といえるでしょう"
-三根 公博 氏: 執行躍進
マネックス証券株式会社

  • 文章校正ツールにプレーン テキストを入力するだけで、正確かつマネックス証券らしい表記へと変換される

他のサービスと組み合わせることで、より顧客満足度の高いサービスを提供していく

マネックス証券の文章校正ツールは、「公開、配信コンテンツの校閲」だけが活躍できる場ではありません。同社は今後、お客様とのコミュニケーションを行う際にも、こうしたツールの活用を計画しています。

「たとえば、これまでに蓄積してきたお客様とのメールを学習データとすることで、文面から『顧客が抱いている感情』を可視化するようなモデルも構築可能でしょう。これを文章校正ツールと連携すれば、より適切な表現、言い回しでお客様とコミュニケーションできます。ツール、サービスを単体で活用するだけでなく、こうした組み合わせをもって、今後さらにサービス品質を高めていきたいと考えています」(三根 氏)。

「メールはお客様の情報となるため慎重な取り扱いが必要ですが、Azureの備えるセキュリティ、信頼性があればこれに応えることができると考えています。また、マイクロソフトは AI 用 API として感情を読み取るEmotional API を用意していますので、要望は早期に実現できるかもしれません。音声をテキスト化する Bing Speech API などを活用すれば、文章だけでなく会話も支援できるようになるでしょう」 ( 安部 氏)。

"充実した機能や拡張性、基盤としての強固さを信頼し、当社は 2017 年 11 月、マイクロソフトとのパートナー シップを締結しました。このパートナー体制を持って、引き続きマネックス証券様のビジネスを支援していきます"
-安部 晃生 氏: CTO
DATUM STUDIO株式会社

深層学習は発展著しい技術です。最初からすべてを意図し、予算を確保し、粛々と進めるという方法には不向きであり、「走りながら考える」というやり方に適しています。インターネットの黎明期からネット証券という新しいビジネスを切り開いてきたマネックス証券。同社は深層学習の活用においても一歩先へ進みました。マネックス証券にどんなナレッジが蓄積されていて、どのように活用できるのか。製品、サービスの品質を高めていくうえで、「学習の手本」となる事例です。

[PR]提供:日本マイクロソフト