今、チャットボットによる問い合わせ対応の効率化に大きな注目が集まっています。その一方で、思うような回答精度が出せない、あるいは、過大に期待されてしまったがゆえに、ユーザーに失望され使われなくなるケースも見受けられます。


チャットボットの効果を最大化するには、適切なQ&Aデータの準備や利用プロセスの検討、定期的なメンテナンスが欠かせないのです。


ジールは社内の問い合わせ対応に、マイクロソフトの「QnA Maker」で構築したチャットボットを導入し、人事の対応業務をおよそ4分の1にまで減らすことに成功しました。同社の導入プロセスはチャットボットを検討している企業にとって、大いに参考となることでしょう。

従業員側と人事側の両方に煩雑さをもたらしていた情報の散在

ジールは国内随一のBI(Business Intelligence)専業ベンダーです。企業の持つさまざまなデータを分析し、経営に活かすためのサービスを25年以上にわたって提供してきました。その領域は予算管理や管理会計、市場動向分析と多岐にわたり、課題の洗い出しからBIシステムの構築まで、1,000社以上の導入実績を持ちます。

このように、各所に散らばる情報を集約・活用することを得意とするジールですが、自らの業務を振り返ってみると、まだまだ課題があったと、株式会社ジール 人事部 部長 長谷川 真津里 氏は言います。

  • 株式会社ジール 人事部
    部長 長谷川 真津里 氏

「勤怠管理ツールの使い方や、各種申請の方法、就業規則などの所在がバラバラなため、必要な情報を見つけることが難しい状況でした。自分で解決できなければ、当然、人事に『有給承認の取り消しをしたい』『就労証明書の発行をしたい』など尋ねてくるわけですが、その対応に時間を割かれてしまっていました。多いときには、1日につき2時間近くも社内メール対応に費やしていました」(長谷川 氏)

ジールは、連結会計関連事業を展開するアバントグループの一員です。グループ全体で利用しているシステムの運用マニュアル、ジール単独で使っているシステムのQ&A、過去にメールで全社に送った告知など情報が散在している上に、ジールの人事部と親会社であるアバントの人事部門で役割も異なっていました。新入社員は、どこに何があるのか、それを誰に聞けばよいのかも分からず、混乱が生じていたのです。

「従業員が正確な用語を知っているとも限りません。何をしたいのかを確認するために、メールで複数回のやり取りが必要なことも多く、余計に時間がかかってしまっていました」(長谷川 氏)

こうした課題をITの力でなんとかできないだろうか。同社の開発部門が長谷川 氏から相談を受けたのは、2019年春のことでした。株式会社ジール SIサービス第一本部 第一事業部 シニアコンサルタント 山口 亜矢子 氏はこのように振り返ります。

  • 株式会社ジール SIサービス第一本部 第一事業部
    シニアコンサルタント 山口 亜矢子 氏

「ちょうどその頃、別の部門でお客様にチャットボットのご提案が始まっていました。システム全体を改修するとなると難しいですが、チャットボットなら小規模なチームでも開発できると聞きました。そこで、社内リソースを使った人事チャットボットのプロジェクトが動き出したのです」(山口 氏)

  • チャットボット導入イメージ

こうして、同社が人事チャットボットの作成に際し、採用された製品がマイクロソフトが提供する「QnA Maker」でした。

事前のトライアルとQ&Aデータの精査によって、回答精度を向上

QnA Makerとは、日常の言葉づかいによる質問に対して、最も適合する回答を抽出できる機能を持つ、マイクロソフトのAIサービスです。ブラウザ上からQ&Aデータをアップロードするだけでチャットボットが作成することができ、回答の重み付けや選択式の設問など、高度なカスタマイズ性も備えています。

人事チャットボットを作成するにあたり、QnA Makerを採用した理由について、山口 氏はこう語ります。

「社内の詳しい人間に『導入難度の高くないモノ』を聞いたところ、QnA Makerを紹介されたのです。実際にお試しで作ってみたところ、確かに簡単で、メンテナンスも難しくなさそうでした。さらに、既に導入しているTeamsとの連携もできると分かったので、すぐに利用を決断することができました」(山口 氏)

Q&Aデータは人事側で製作が進められました。「言い回しの違いに苦労した」と長谷川 氏は話します。

「『有休』なのか、それとも『有給』か。『特別休暇』と呼ぶか、『特休』か。ジールだけの社内用語もあれば、部署ごとに呼び方が違う場合もあります。従業員側がどう聞いてくるのか分からず、はじめのうちはデータ製作に苦労しました」(長谷川 氏)

適切なQ&Aデータを用意できるかどうかは、チャットボットの精度に直結します。実用化に耐えうる精度を出すために、開発部門内での試験運用が行われました。

「部門内で限定展開して『いろいろな質問を投げてください』と依頼したのです。そこで答え切れていないものを日次の定例でチェックして、Q&Aデータを増やしたり、同じ意味同士の単語を紐付けしたりすることによって、精度を上げることができました」(山口 氏)

さらに、入力した質問の意図を確認するために、チャットボット側から聞き返すことができるようUIの改良を施しました。たとえば「有給」と入力すると「取り消し方ですか?」「代休と有給の違いについてですか?」というように、よくある質問項目が並びます。

こうした2週間のテスト運用と改良を経て、2019年10月1日、人事チャットボットはリリースされました。リリース時に用意されたQ&Aデータは200件以上になります。

チャットボットは、Teamsのチャットに「ジンボット君 ジール人事部所属」としてアイコン付きで組み込まれました。あたかも一人の社員に向けて話しかけるよう、気軽に質問できるような登場の仕方だったのです。

  • 「ジンボット君 ジール部所属」のチャット画面

問い合わせ対応にかかる時間を4分の1にまで削減

ジンボット君はどのような成果を上げているのか聞いたところ、長谷川氏は「とても活躍してくれています」と笑顔を見せます。

「新入社員に対して、入社の際にチャットボットのことを伝えているのですが、『凄く便利』と好評です。若手社員を中心に、既に社内の半分以上はジンボット君に何らかの質問をしています」(長谷川 氏)

チャットボットを導入したとしても、利用されなければ意味がありません。ジールの場合、Teamsという日常で使う業務システムの中にチャットボットを設置し、さらに擬人化することによって、利用のハードルを下げることに成功しました。ちなみにジンボット君は、人事の質問だけでなく、役員の名前を入力すると趣味を紹介してくれたり、ジンボット君の得意なこと、苦手なことを答えてくれたりする楽しい機能も持っています。

  • チャットボット

人事側にとっても、工数削減に成功したと長谷川氏は続けます。

「かなり問い合わせが減りました。メール対応の時間はおよそ4分の1にまで削減できています。ジンボット君のおかげで、本来の業務に集中できるようになりました。また、さまざまな質問に対する回答を用意したことによって、各業務のプロセスを部内で明確に整理できたことも副次的な効果です」(長谷川 氏)

チャットボット開発を担当した山口 氏と、株式会社ジール SIサービス第一本部 第一事業部 アソシエイト 岩田 夏夢郎 氏は、QnA Makerを次のように評します。

  • 株式会社ジール SIサービス第一本部 第一事業部
    アソシエイト 岩田 夏夢郎 氏

「チャットボット製作に携わるのは二人とも初めてでしたが、それでも短期間でカスタマイズすることができ、開発側から見ても、とても導入しやすいサービスだと感じました。また、メンテナンスも簡単です。『誰がいつどんな質問をして、どんな回答をしたか』といったログを取得できますので、それを参照することによって、今は人事部内だけでQ&Aを拡充していくことができています」(山口 氏)

「マイクロソフトが公開しているナレッジが非常に充実していて、比較的容易に開発が進められたと思います。自然言語処理も自動で行われており、別途追加する必要はありません。QnA MakerとAzure Bot Serviceという極めてシンプルな構成で、チャットボットを実現することができました」(岩田 氏)

  • QnA MakerとAzure Bot Serviceを活用したシステム構成図

他部署への展開とMicrosoft 365との連動によってさらなる業務効率化へ

「ジンボット君のリリース以降、同社ではチャットボットのさらなる社内展開を構想している」と言います。

「人事部での成果をもとに、総務部や経理部でも同様のことができればと構想しています。将来的なソリューション販売までは今のところ考えていませんが、アバントグループの他の事業会社に対する提案などはしていきたいと思っています」(長谷川 氏)

「他にもチャットボットではこんな使い方ができるのではないか、といった話が社内でよく挙がるようになりました。いま機能拡充が検討されているのは、会議室の予約です。チャットボットに問い合わせると『空いているのは○月○日○時だよ』と返事をしてくれて、そのまま予約まで可能な仕組みを構築していくつもりです」(山口 氏)

また、ジールの人事部では、チャットボットの導入を契機に、Microsoft 365を使ったさらなる業務効率化を進めていると長谷川 氏は言います。

「福利厚生でIT関連の資格取得支援をしているのですが、チャットボットで資格関連の質問に答えるだけでなく、SharePointで作成した育成研修専用ページを案内し、そこで申請もできるようにしました。さらに申し込みフォームはMicrosoft Formsで構築し、Excelへの転記やメールでの返信はMicrosoft Power Automateによって自動化しています」(長谷川氏)

開発部門に頼らずとも、人事部内だけでこうした取り組みができていると長谷川氏は続けます。

「社内のIT化を進める上で、人事部としてもできることはないかとずっと考えてきたのですが、Microsoft 365の各種サービスによって、複雑なコードを書かなくとも、業務の効率化・自動化が実現できています。FormsやPower Automateの設定は、通常業務をやりながら、たった2日で済ませることができました。今後はFormsで取得したアンケートを、Power BIによって可視化できるようにしていきます。IT化できるところはIT化していって、私たち人間は『人情味のある対応』に時間を使っていければと思います」(長谷川 氏)

人事に関する情報をひとつの場所に集約するのではなく、チャットボットという「中継点」を作ることによって、情報活用を可能にしたジール。今後はマイクロソフトの諸製品を利用することによって、「情報の使いこなし方」をさらに発展していくことでしょう。

  • ジール

    ※部署名・役職名は取材当時のものとなります。

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