シェアード サービスおよび総合人材サービスを手がける日本郵政スタッフ株式会社。日本郵政グループのみならず、一般企業や官公庁にも、BPO(Business Process Outsourcing)による業務支援、人材派遣・人材紹介などのサービスを提供しています。

熊本にある九州 BPO センターが、同社が BPO サービスで受託した業務をとりまとめています。業務の中で特に多いのは、紙の書類に記載された内容のシステム入力ですが、帳票の様式ごとに手順書を作って、入力オペレーターに研修を施すだけでも、大きな手間とコストがかかってしまいます。

そこで、日本郵政スタッフは、マイクロソフトと共同で Microsoft Azure が提供する多彩なサービスを利用し、書類の電子化・入力作業の簡素化を実現する「データ入力支援システム」の開発に取り組んでいます。

Azure の音声認識サービスで電話交換業務の脱属人化を実現

日本郵政スタッフは、以前から Azure を活用した業務効率化に積極的に取り組んできました。日本郵政スタッフ株式会社 BPO事業部 九州BPOセンター 総務部 課長 榎田 文治 氏は言います。

「2013 年に Azure を採用して以来、マイクロソフトとさまざまな意見交換を行ってきました。2018 年からは、Hackfest(ハックフェスト)を通してシステム開発に協力してもらっています」(榎田 氏)。

日本郵政スタッフ株式会社 BPO事業部 九州BPOセンター総務部 課長 榎田 文治 氏

日本郵政スタッフ株式会社 BPO事業部 九州BPOセンター総務部 課長 榎田 文治 氏

Hackfest とは、プログラマーやエンジニア、インターフェース デザイナー、プロジェクト マネージャーらが短期間、集中的に共同作業をして、課題解決に向けた開発を行うイベントです。日本郵政スタッフでの Hackfest は、同社の開発者とマイクロソフトのエンジニアの参加のもと、これまでに 5 回実施されています。その第 1 回目では、Azure Cognitive Services を利用した「代表電話交換業務用システム」が開発されました。

日本郵政本社の代表電話番号には、ビジネス関連以外にも一般の方からの問い合わせやご意見など、さまざまな電話がかかってきます。従来は 3 名のベテラン交換手が、話の内容に合わせて取り次ぐ部署や窓口を判断し、案内していました。電話の相手が何を求めているのかを理解し、数多くある部署の中から瞬時に最適な取次先を判断しなければならず、この業務はすっかり属人化していたといいます。

2018 年の本社移転に伴って、日本郵政スタッフの九州BPOセンターがこの業務を引き継ぐことになりましたが、東京の電話交換手を熊本に異動させるわけにはいきませんでした。そこで 2018 年 8 月、「ベテラン交換手のノウハウをどう引き継ぐか」をテーマに、第 1 回目の Hackfest が実施されました。ここで開発されたのが「代表電話交換業務用システム」です。

このシステムでは、まず交換手が相手の話の内容を把握し、たとえば「荷物の集荷についてのお問い合わせですね?」のように復唱すると、その音声を Azure 上のシステムが認識し、含まれているキーワードを抽出します。そして、あらかじめ用意した辞書から、キーワードとの関連性が高い部署をピックアップし、案内先の候補として交換手用のディスプレイに表示するのです。これで、経験の浅いスタッフでも、ベテランに近い対応ができるようになりました。このシステムはわずか 2 カ月という短期間で完成したといいます。

帳票のデータ化にかかる膨大なコストと手間を大幅に削減

Hackfest ではその後、膨大な手書き書類のデータ化をテーマに、画像認識、機械学習などを活用した、Azure で動作する効率化支援システムの開発が模索されました。通常、書類のデータ化は、オペレーターが原本となる書類を見ながらシステムへの入力を行います。実際の作業に入る前に、期間契約オペレーターの採用活動をしたり、オペレーター向けの説明資料を作成して、入力手順の研修を行ったりする必要があります。また、原本の管理・保管などにも、コストと手間がかかります。

同社が手掛けている中でも大きな業務の一つ、日本郵政グループ社員の給与や年末調整などに関する業務を例にとると、約40万人分の紙の帳票を入力するにあたり、数千万円規模のコストと、のべ8,000時間の研修時間(オペレーター500人×16時間)がかかります。この数字からも、書類の電子化とデータ入力効率化が、同社にとっていかに大きな問題なのかがわかります。

課題解決に向けて Hackfest でアーキテクチャ設計や初期開発が行われ、現在開発が進められているのが、「データ入力支援システム」です。その概要を簡単に説明すると、まずクライアントから届いた記入済み(手書き)の帳票をスキャンし、その画像を Azure Data Factory で Azure Data Lake Storage にアップロードします。アップロードされた画像は、Azure 上で独自開発した画像処理プログラムによって、帳票の記入枠ごとに分割(断片化)されます。ちなみに、帳票の分割方法は、マイクロソフトがオープンソースソフトウェアとして提供している Visual Object Tagging Tool(VoTT)であらかじめ定義されており、Azure Batch を利用して、夜間バッチで分割が行われます。

分割された画像は、各入力オペレーターの作業画面(Microsoft Bot Framework で構築)へバラバラに配信されます。オペレーターは画像の手書き文字をそのまま、同じ画面内に表示されたフォームに入力していけばいいので、これまでのように手書きの書類と入力フォームを見比べて、入力すべき場所に誤りがないかを確認する手間が省けます。入力が終わって「次へ」ボタンをクリックすると、また別の画像とフォームが表示されます。

  • 帳票を分割し、バラバラの記入枠をオペレーターに展開

    帳票を分割し、バラバラの記入枠をオペレーターに展開

また、オペレーターの読み間違いや入力ミスを防ぐため、同じ画像が別のオペレーターにも表示される仕掛けが施されています。もし 2 人のオペレーターが同じ画像に対して異なる値を入力した場合には、その画像をまた別のオペレーターの画面に配信して入力内容を確認し、ミスの防止につなげています。

Azure Batch や Microsoft Bot Framework は、Azure App Service で動作する共通の Web API を利用して、Azure Cosmos DB にデータを格納したり、Azure Data Lake Storage にアクセスします。一つの帳票のデータはバラバラに入力されますが、後々「●●さんの●●の申請書を見たい」と思えば、すべての入力を再統合して表示させることができます。なお、入力の進捗状況チェックにはマイクロソフトの「Power BI」を利用し、視覚的に把握できるようになっています。

  • アーキテクチャ図

    アーキテクチャ図

取材時点で(2020 年 5 月)、開発は大詰めの段階に入っています。6 月からは入力オペレーター 2 ~ 3 人でテストを始め、最終調整を行いながら、徐々に運用の幅を拡げていくとのことです。システムが本格稼働すれば、これまでのように業務ごと、扱う帳票の様式ごとに実施していたオペレーターへの研修は大幅に簡素化できますし、いったんスキャンしてしまったあとの原本をもう見返す必要がなくなるので、書類管理のコストや手間も軽減できます。榎田 氏はこのシステムで、数千万円レベルのコスト削減が可能だと見込んでいるとのことでした。

また、画像分割の定義を変えればいろいろな様式の帳票に対応できるため、他のデータ入力作業にも汎用的に利用することが可能となり、全社的なコスト削減も実現できそうです。さらに、書類のままの個人情報をオペレーターに配布することがなくなるため、セキュリティ上のリスク軽減にも効果的です。

マイクロソフト=ベンダーの印象を変えた Hackfest

「代表電話交換業務用システム」「データ入力支援システム」と、短期間に次々と成果を上げている Hackfest では、アジャイル開発の手法の一つ「スクラム」が採用されています。これは参加メンバーが課題を共有したうえで、「スプリント」と呼ばれる短期サイクルでの開発と、その成果を評価する「スプリント レビュー」、次のスプリントでの改善点を検討する「スプリント レトロスペクティブ(Sprint Retrospective)」といったステップを繰り返しながらゴールを目指すという開発方法です。「データ入力支援システム」では、日本郵政スタッフとマイクロソフトのエンジニア、総勢 20 名が参加して、スクラム手法での開発に取り組みました。

  • Hackfest の様子

    Hackfest の様子

「マイクロソフトから『スクラムでやってみましょう』との提案を受け、チャレンジしました。当社はアジャイル開発の経験もなかったのですが、実践しながら学んでいるといったところですね。スクラムでの開発に必要なツール、たとえば Azure DevOps などもマイクロソフトから提供してもらっています」(榎田 氏)。

Azure DevOps は、開発プロジェクトの全体把握に役立つツールです。プロジェクト内のタスクの進捗状況を可視化したり、情報共有を図ったりする機能が揃っています。今回の Hackfest のように、参加メンバーが東京と九州、そして海外にいても、開発を円滑に進めることができます。

Hackfest での共同開発を行う中で、榎田 氏はマイクロソフトに対する印象が、製品ライセンスの販売元から、共同開発や技術支援などのサービス提供者へと変わってきたように感じていると語ります。実際、近年のマイクロソフトは、お客様との関係構築の方法を「Microsoft Code-With Engagement」という言葉で表現するようになりました。ユーザーそれぞれの開発現場へエンジニアを無償で派遣し、共同で課題解決にあたることを通じて、より深い信頼関係を結んでいく姿勢を強化しているのです。また利用現場だからこそ見えてくる自社製品・サービスの改善点を吸い上げる機会にもなっています。

リモートワークや AI-OCR 連携も視野に、さらなる進化を目指す

まもなく現場に投入され、大きな成果を生むことが期待される「データ入力支援システム」ですが、榎田 氏は既にその先にも目を向けています。

「現段階では、オペレーターには BPOセンター内で作業してもらうことを前提としていますが、将来的にはモバイルやスマートフォンからでもアクセスできるようにして、リモート ワークにも対応したいと考えています」(榎田 氏)。

「データ入力支援システム」では、オペレーターに何の情報を扱っているのか伝えなくても、入力作業を依頼できます。この特徴を利用して「自宅で行う簡単な入力作業のアルバイト」として求人をかけることで、より多くの労働力を、採用審査の手間をかけずに集められるようになるでしょう。

また AI-OCR と連携させ、人と AI による入力内容のダブル チェック体制の効率化も検討しているとのこと。これが軌道にのれば入力コストがさらに抑えられるだけでなく、AI-OCR の識字率向上にも役立つかもしれません。

「日本郵政グループの中でも紙の帳票の扱いや、データ入力のコストなどの課題を持っているところは多いと思っています。紙での処理は一つの“文化”になってしまって、なかなか変えにくいことかもしれませんが、今回の我々の取り組みを広めることで、グループ全体の業務効率化が促進できればと思っています」(榎田 氏)。

[PR]提供:日本マイクロソフト