公園からは遊具が減り、親子ともに毎日忙しく、あそび時間の確保もままならない……。からだ遊びの機会は失われる一方です。なぜ「からだ遊び」が必要なの? 面白く体を動かすってどういうこと? 生涯にわたる健やかな心身を育む「運動」について、専門家の先生に聞きました。
\お話を伺った方/

中村和彦先生
発育発達学者/山梨大学学長
山梨県甲府市生まれ。山梨大学教育学部長、大学院教育科等を経て2023年4月より山梨大学学長。幼少期における「36の基本的な動き」の研究などを通じてあそびの重要性を提唱している。小学校学習指導要領体育編の作成の他、NHK Eテレの「ブンバボーン」「パブリカ」などのダンス監修も。
なぜ「体を動かす」ことが大切なのか
現代の日本においては、大人も子どもも日々の運動量が劇的に減っています。1970~80年代と比べると、日本の子ども達の一日の平均歩数は、15,000歩から7,500歩と半分になってしまいました。特に地方は車社会となり、また少子化による小学校の統合が進みバス通学が始まると、保護者からは「自分の家の前でバスを止めてほしい」という要望まで上がります。
このように子ども達が体を動かす機会は本当に失われています。いま子育てしている保護者の皆さんの時代からすでに、運動量は下がり続けており、「下げ止まった」感さえあります。保護者の皆さんには、この実態をしっかり理解していただきたいと思います。神経系、骨格系、消化系などの体の機能を維持するためには運動量が必要です。現状では、特に発達段階の子ども達の成長にとって良くない環境にあるということを、認識していただく必要があります。
日常生活の中で、意図的に体を動かすことが大切
40年ほど前の日本では、大人も子どもも、「食べる」→「体を動かす」→「眠る」→「排泄をする」という4つの生活習慣が良い連鎖をしていました。体を使ってたっぷり遊んでお腹が空き、しっかり夕食を食べて、ぐっすり眠る。摂取した食物は眠っている間に消化され、朝起きると自然と空腹の状態に。美味しく朝食を摂ることで、スムーズな排泄につながっていたのです。
しかし、現代の日本では、大人も子どもも体を動かす機会が減少し、夕食後に夜遅くまでスナック菓子などを食べているため、起床時に食物が消化できていないので朝ご飯が食べられず、排泄もままならない状況です。その結果、生活習慣は悪い連鎖になってしまっています。ところで4つの生活習慣の中で、「食べる」「眠る」「排泄をする」には生理的欲求がありますが、「体を動かす」ことには生理的欲求はありません。つまり体を動かすことは意図的にやらなければならないのです。だからこそ生活習慣の良い連鎖は、意図的に体を動かすことが起点となります。大人も子どもも、日常生活の中で歩くことや自転車をこぐなどの生活の中での運動も含め、意識して体を動かすことで、美味しくご飯を食べて、しっかり眠る、そしてすっきり排泄するといった良い生活習慣の連鎖をつくることができるのです。
小学校の体育の授業は、「あそび」が中心に
日本でスポーツテストが始まったのは1964年の東京オリンピックからですから60年以上も前のこと。スポーツテストは現在でも8種目で、「50m走」「立ち幅とび」「ボール投げ」など、保護者の方が小学校・中学校で経験されたものと同じ内容や方法で実施されています。スポーツテストは、50mを走ったタイム、立ち幅跳びで跳んだ距離、ボールを投げた距離など、運動そのものではなく、運動を実施した結果の数値で評価しています。しかし、運動にとって最も大切なことは「速く走ること」よりも「上手に走ること」なのです。記録ばかりを捉えるのではなく、一人ひとりの子どもが、上手く走れるようになっていくことが重要なのです。
実はスポーツテストでは、個々の子どもの運動の頻度や運動時間も調査をしています。近年、文部科学省(スポーツ庁)では、このような運動の実態をより重視することとしています。子ども達の運動する頻度や時間が多くなり、結果として、自分の体をコントロールできるようになっていくことこそ運動の本質であり、そこにこそ体を動かすことの面白さがあります。学校教育における各教科の内容を示す「学習指導要領」は約10年に1回改訂されます。実はすでに20年ぐらい前から、小学校の体育の領域には「あそび」という名称が示されています。「体つくりの運動あそび」や「水あそび」「ゲーム」などです。従来のような、笛をピッと吹いて子ども達を整列させて「気をつけ礼!」といった形式的な指導は過去のものになっています。
子ども達が集合すると、先生は子ども達のモチベーションをあげるような運動の説明や声かけをする。そして面白くのめりこんで遊ぶ。小学校体育は、そんな形に変化しているのです。小学校に入ったら50m泳げなきゃ、などと思い違いをしている方もいるかもしれませんが、今の水泳の授業では、普段経験できない「水」という環境の中で、回転したり浮いたりしながら、どうやったら水の中で自分が面白く運動できるか、その面白さを実感することを重視しています。跳び箱も、これまでのように先生の笛に合わせてひとりずつ順番に跳ぶのではなく、自分達で跳び箱を使って山をつくり、上ったり下りたりする。みんなで頭を使って、面白くなるように工夫する。現在の小学校体育の授業では、このように「あそび」が大切にされています。
スポーツの語源は、「気晴らし」「あそび」
みなさんは「sport」(スポーツ)の語源をご存じですか? その由来はラテン語の「deportare」(デポルターレ)という単語です。意味は「運び去る」、転じて「日常から離れる」。すなわち「気晴らし」や「あそび」のことを指しています。子どもの運動との出会いは、まさしく「あそび」から始まります。しかしわが国では、1970年代後半から「あそび」が消失し始め、変わって子どもを対象とする競技スポーツが普及し、「運動・スポーツ」=「競技スポーツ」という考え方が定着し、今日に至っています。しかし、そのように幼少期に特定のスポーツを早く開始し、しかも勝つため、記録を出すために行うことは、子どもの発達段階にまったく見合っていないのです。
こころ、頭、からだの相互の関わりを大切に
子どもにとって、運動遊びは生活の主体であるとともに、①動作の習得や運動能力といった「身体運動の発達」、②思考力や判断力といった「認知的な発達」、③コミュニケーション能力や表現力といった「情緒や社会性の発達」という、まさしく「生きる力」を育むために欠くことのできない成長の場であるといえます。特に幼少期においては、「身体運動」「認知」「情緒・社会性」という3つの発達領域は、それぞれが独立して獲得されていくのではなく、お互いに関係し合い補い合いながらその能力を発達させていく『相互補完性』という特性を持っています。
さらに子ども時代に、自ら面白くのめり込む運動遊びの習慣を持つことは、大人になってからの身体活動の習慣化に持ち越され、「運動しようとする力」「運動し続ける力」を生み出し、生涯を通しての健康に大きく影響するといえます。「あそび」を、教えることや指導することはできません。教えること、指導することで、あそびの中に存在する、自主性、自由性、創造性がなくなってしまうからです。「面白く」「心地良く」「自ら」といったあそびの要素が消失してしまうのです。
ボーネルンドの「キドキド」には、子どものあそびを先導する、子どもにあそびを届ける「プレイリーダー」がいます。運動技能の指導やスポーツの勝敗にこだわる日本のインストラクターやスポーツ指導者とは異なり、「あそび時間」「あそび空間」「あそび仲間」というあそびを成立させる3つの「間」と子どものあそびを保障する存在です。「プレイリーダー」は、運動が苦手な子ども、運動が嫌いな子どもも含め、すべての子どもに、発達段階に見合ったあそびを提供し、体を動かすことの面白さを伝える役割を担っています。
近年は、文部科学省(スポーツ庁)が推奨し、多くの外郭団体や自治体、企業、NPOなどが主体となって、「プレイリーダー」の養成と「プレイリードの考え方」の普及が始まっています。私は、こうした「プレイリーダー」の養成と「プレイリードの考え方」の普及こそが、日本の子ども達が健やかに育ち、大人になってからの運動習慣の持ち越しにつながると確信しています。あそびに夢中になりのめり込んでいく子どもを育むこと、そのためにプレイリードすることの大切さを認識すること、それが今の日本を生きる私たち大人の責務ではないでしょうか。
※本記事は、ボーネルンドが発行する『あそびのもり 2026 Summer』に掲載された記事を転載・再編集したものです。
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