挑戦の先には、新しい可能性や未来が広がっています。フィギュアスケートの世界で自らの限界に挑み続けてきた宮原知子さん。そして、治験コーディネーターという仕事を通じ、患者さんや医療の未来を支えながら挑戦を続けるEPLink。一見すると異なる分野ですが、「挑戦し続けること」や「誰かを支えることで未来につなげる」という想いには共通点があります。
本記事では、宮原知子さんとEPLinkの中島裕尚社長の対談を通じて、それぞれが経験してきた挑戦や仕事への向き合い方を深掘りします。さらに、EPLinkが目指す医療支援のあり方や、治験コーディネーターの仕事の魅力を紹介します。
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宮原知子さん
フィギュアスケート選手として、2014年から2017年まで全日本選手権で4連覇を果たす。2018年、平昌オリンピックで4位入賞。世界選手権では2015年に2位、2017年に3位を獲得。2022年に引退後は、国内外のアイスショーやツアーに精力的に参加。同年4月、日本人で初めて、スターズオンアイス・カナダツアーにメインキャストとして招かれた。2025年5月からは、株式会社EPLinkのブランドアンバサダーを務め、治験コーディネーター(CRC)の認知度向上に向けた企業広告などに出演している。
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中島裕尚社長
株式会社EPLink 代表取締役 社長執行役員。SMO(治験施設支援機関)事業を中心に、治験の品質向上と業務効率化、新規サービスの創出を推進し、EPLinkの経営全般を統括している。
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事業紹介
新薬開発に欠かせない治験を支援するSMO(治験施設支援機関)業界のリーディングカンパニー。治験コーディネーター(CRC)の派遣や治験業務支援を通じて、医療機関と製薬企業等をつなぎ、治験の円滑な実施や品質向上を支える役割を担う。
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失敗を恐れず、目的を見失わずに挑戦を
――本日は、お二人に「挑戦」をテーマにお話を伺います。宮原さんはフィギュアスケート選手としてのキャリアを2022年3月に終えられて以降、アイスショーへの出演や振付師、講師、スケート連盟の理事としても活躍なさっています。選手時代と比べて、「挑戦」への思いに変化はありますか?
宮原さん:挑戦する精神は今も変わっていません。新しいことにトライするのは好きなので、できるかどうか自信がなくても、すべてが自分の人生の一部になっていくという気持ちで、いろいろなことに挑戦したいと思っています。
中島社長:私も、七転び八起きの精神で、自分自身も会社も少しずつ成長してきたと思っています。その際に大切にしているのは、最初から完璧を目指すのではなく、まず一歩を踏み出してみることです。挑戦して初めて見えてくる景色や学びは多いですから、失敗を恐れるよりも成長の機会と捉えています。また、常に考え続けることも大事ですね。
宮原さん:失敗も成功も、自分が歩みを進める中で必要なことだと思っています。どんな経験も起こるべくして起こることだと感じているので、その時々を大事にしたいです。また、私は自分の5年後や10年後を想像できないほうで、「これに取り組むとどうなるんだろう……、分からないな」とくよくよ考えたりもします。
でも、「分からないのであれば考えても仕方ない。それなら挑戦してみよう」と考えるようになりました。そのあたりのラフな捉え方は、現役の頃は持つことができませんでした。自分を制限し、ただただ追い込む生活を送っていましたから。その頃と比べると、今は気持ちがオープンになっているのだと思います。
中島社長:新しい物事に着手するときは、目的を見失わないことも大事ですよね。挑戦を始めると、目の前の課題や困難に意識が向きがちですが、何のために取り組んでいるのかという原点を忘れてはいけないと思います。弊社を例に挙げると、EPLinkは、患者さんや医療の未来に貢献することを原点としています。その目的が明確であれば、困難な状況でも前向きに挑戦を続けられます。
「新薬を待ち望んでいる患者さんのもとへ、一日でも早く新薬を届ける」ことをミッションに、治験実施環境のさらなる向上に取り組みながら、新薬開発を支える重要な役割を担っている。
治験コーディネーター(CRC)とは?
――中島社長に伺います。EPLinkでは、SMO(Site Management Organization:治験施設支援機関)事業において、治験コーディネーター(以下、CRC=「Clinical Research Coordinator」の略)という方々が活躍なさっています。CRCはどのようなお仕事なのでしょうか。
中島社長:まず、医療機関で処方される医薬品が国に認可されるまでのプロセスの一つに、治験があります。治験は大学病院やがんセンター、一般のクリニックなどでも実施されています。CRCはそのような治験を実施する医療機関において、治験に関わる患者さんをはじめ、医師や看護師、製薬企業など多くの関係者をつなぐ役割を果たしています。
宮原さん:私は両親が医師なので、医療の世界は身近に感じています。それから医療ドラマが好きということもあって(笑)、CRCの存在は存じ上げています。
中島社長:それはうれしいことです。CRCは日本ではまだ認知度が高くないので、素晴らしい職業なのだと多くの皆さんに知っていただきたいのです。治験の世界では、開発スピードとコスト、そして品質のバランスが非常に重要です。その中で、CRCは医療機関と製薬企業の橋渡し役として、それぞれの現場をつなぎながら質の高い臨床試験を効率的に進め、患者さんが新しい治療の恩恵を受けられる環境づくりを支えています。
また、患者さんにとって、CRCは最も身近な相談相手のひとりでもあります。患者さんが安心して治験に参加できるように支えることは、新薬開発の推進と、社会全体の医療発展への貢献につながります。
宮原さん:どのような方々がCRCとして活躍していらっしゃるのですか?
中島社長:現在、弊社の全国の拠点に約1,500名のCRCが在籍しています。医療系学部の新卒者や看護師から転身された方などバックグラウンドは様々ですが、世の中に貢献したいという思いを持ちながら、「相手の立場に立って考える」「学び続ける」姿勢で仕事に励んでいます。
治験の現場は、医療機関や患者さんごとに状況が異なるため、相手と真摯に向き合いながら、多くの関係者と協力して課題を解決していく力が求められます。物事を円滑に進めるうえで、相手への配慮の気持ち、コミュニケーション力や調整力を持つ方は活躍する素養が大いにあると思いますし、仕事をする中でそれらのスキルは磨かれていきます。
「支える」「支えられる」ことが、挑戦する力に
――宮原さんは選手時代、多くの人に支えられながら競技に臨まれていたことと思います。周囲の支えは、宮原さんの「挑戦」にも影響を与えたのではないでしょうか。
宮原さん:そうですね。家族の支えはもちろん大きいですし、技術や競技への向き合い方に関しては、コーチやトレーナーさん、振付の先生、チームメートや先輩、後輩など、さまざまな人からのアイデアを取り入れるようにしていました。私には「自分の世界だけにはまりたくない」というモットーがあるので、いろいろな意見をいただくことはとても勉強になります。
中島社長:自分ひとりだけで成し遂げられることはほとんどありませんよね。私自身、自分には見えていない課題を教えてもらったり、苦しいときに背中を押してもらったりした経験を何度も味わっています。だからこそ、今は企業のリーダーとして、会社のメンバー一人ひとりが安心して挑戦できる環境をつくることも大切にしています。
宮原さん:私が選手だった頃は、私とコーチ陣、そして私と選手仲間という形のシンプルな人間関係が主でしたが、今は関わる人の人数が増えました。講師として教える立場になったり、スケート連盟の活動に携わったりするなど、社会を多面的に学ばせていただいています。人を「支える」立場としてはまだまだ力が足りていませんが、今後は、私だから伝えられるものを次世代に少しでも伝えていきたいです。
中島社長:人を支える仕事をすると、自分自身も成長しますよね。当社のCRCは、患者さんと医療機関、そして治験を支える一方、上司や同僚、家族といった多くの人に支えられながら仕事をしています。女性が多い職場ですので、育休や職場復帰などのライフイベントを互いにサポートし合う文化もあります。
自己研さんに励める人と成長していきたい
――それでは最後に、EPLinkがこれから挑戦していくこと、そして今後の展望をお聞かせください。
中島社長:医療や治験を取り巻く環境は日々変化しています。DXや新しい取り組みにも挑戦しながら、より多くの患者さんに治験という選択肢を届けるため、臨床試験へのアクセス向上に取り組んでいきたいと考えています。そのためには、チームで支え合いながら成果を出していくことが大切です。新しいテクノロジーを活用しつつも、人と人とのコミュニケーションを大事にしながら自己研さんに励める方々と一緒に、会社を成長させていけるとうれしいです。
新しい医療の可能性に向けて、EPLinkで挑戦を!
フィギュアスケートの世界で高みを目指し続けてきた宮原知子さんと、医療の未来を支えるEPLink。異なるフィールドで歩んできた両者ですが、そこには「挑戦を続ける」という共通した思いがありました。
CRCは、患者さんや医療従事者を支えながら、新しい医療の可能性を広げていく仕事です。これまでの経験を活かして新しい挑戦をしたい方、誰かの役に立つ仕事に向き合いたい方は、EPLinkでその一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
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