G-SHOCKや電卓など、人々の生活に寄り添う製品を多く手がけるカシオ計算機(以下、カシオ)ですが、社内には「ものづくり」に深みを与える幅広い分野の基礎研究部門があるのをご存じですか? 今回、実はその部門のひとつが、内閣府主導の国家プロジェクト「経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)」のとある研究開発構想に参画。そこでは新しい海中無線通信の研究に取り組んでおり、水中ドローン同士や水上ステーションとの通信において必要不可欠な個体識別のキーテクノロジーとなる、独自の「カメラ可視光通信」技術で貢献しています。
本記事では、K Programに参加した意義やカメラ可視光通信の役割、海中通信が切り拓く未来について、担当の宮本直知氏にお話を伺いました。
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カシオ計算機株式会社 R&D統轄部 SWHW技術開発部 宮本直知氏
――まずは、通称“K Program”と呼ばれる「経済安全保障重要技術育成プログラム」について教えてください。
宮本氏:K Programとは、日本の国際競争力や安全保障において中長期的に不可欠な先端重要技術の研究開発と、その成果の活用を推進する国家プロジェクトです。AI・量子・ロボット、海洋・宇宙・空、バイオ、材料、次世代半導体などの先端分野で、最長10年間の資金支援を行い、技術の獲得や実用化を目指しています。基金は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や科学技術振興機構(JST)が管理し、民間に研究開発を委託しています。 その中でカシオは、海洋分野においてLEDなどの可視光を海中無線通信に利用する技術の研究に参加しているのです。
――どんな経緯がありK Programに参画したのでしょうか。
宮本氏:以前から、カメラ可視光通信の業界で企業や大学が個別に技術開発に取り組むだけでなく、連携して技術の実用化を加速させる必要があると認識していました。そこで、業界関係者が集まって何か取り組んでみようという話になり、いくつかの公募案件に応募しました。その結果、株式会社トリマティス様、千歳科学技術大学様と共同でK Programに採択されました。応募したのは2024年で、審査は約1年間続きました。2025年11月に採択され、ようやく本腰を入れて動き出したところです。
K Programの研究開発構想における必要な技術として、カシオのカメラ可視光通信技術が認められたことは大変光栄です。担当部署のみならず、カシオ全体にとってもプラスの影響が大きく、励みになっていますね。 現在、カシオからは複数のメンバーが他業務と兼務しながら参画しており、今後はプロジェクトの進展に応じて専任体制も検討していくつもりです。
――K Programで共同開発する海中無線通信技術の重要性について教えてください。
宮本氏:地上ではWi‑Fiなど高速な無線通信技術がありますが、海中では電波が届かず、Wi‑Fiは使用できません。カシオが参画するK Programの研究開発構想は、カメラ可視光通信を利用してレーザー通信の光軸合わせの補助を行い海中で高速にデータをやり取りできる技術を開発し、日本の国際競争力に貢献しようというものです。
そもそも、海中での無線通信の主な用途は水中ドローンの操縦や、水中ドローンが取得した情報の伝送です。水中ドローンは、大型船の船底、港湾、ダム、橋脚などのインフラ・土木点検、海中ケーブル施設の検査、魚群探査や養殖網の点検といった水産・漁業分野、水難救助や捜索、学術研究、環境調査、さらにはエンターテインメント向けの海中撮影など、幅広いシーンで利用されています。現在は音響通信、もしくはワイヤードで制御しているため、より大容量のデータを扱え、小回りの利く運用に対するニーズが高まっています。
音響通信は数km程度の長距離通信が可能で、回折などにより見通し外でも信号を補足できます。一方で通信速度は数10kbpsと遅く、水中映像や観測データといった大容量データの伝送はほぼできません。通信遅延も大きく、遠隔制御においてリアルタイム性を確保するのは困難です。さらに、音響が届く範囲では通信の傍受が可能であり、情報セキュリティの観点でも課題があります。
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※こちらはイメージ図です
――海中無線通信技術の共同研究において、カシオが担う技術的な役割を教えてください。
宮本氏:カシオのおもな役割は、通信する複数の水中ドローンと水中ステーションの個体識別です。この実現のために、カメラ可視光通信を採用する点が大きな特長です。
開発途中のため詳細な説明は控えますが、独自の変復調アルゴリズムを用いてLEDの点滅や光の強弱をID情報に変換するカメラ可視光通信を使い、それぞれのロボットやステーションを識別します。これにより、海中での位置関係を正確に把握できる技術を追求していきます。
ただ、複数のデバイス間でカメラ可視光通信を行うには、デバイスの位置を正確に把握することが重要です。特に水中ドローンは三次元的に移動しますよね。そのため、ドローンからの光を受信する際にカメラを向ける場合も、制御のために光を照射する場合も、追跡対象が今どこにいるのかを正確に把握し、光軸を合わせる必要があります。
また海中では光の波長によっては遠くまで届かない色もあります。そのため既存の可視光通信の技術をそのまま利用することはできず、調整が必要になります。この部分が共同開発においてカシオが担当する技術領域であり、課題でもありますね。水中での測位については、トリマティス様や千歳大学様が以前から取り組まれており、地上とは異なるノウハウをお持ちです。互いの強みを生かした、メリットのある共同研究になっていると思います。
――カシオでは、既にカメラ可視光通信を活用した製品を展開していると伺いました。
カシオは「picalico(ピカリコ)」という、LED送信機とカメラを用いた可視光通信による高精度位置測位システムを2019年から展開しています。
このシステムの目的は、物体の位置を測位することです。同じカメラ可視光通信を活用していますが、今回のK Programでは個体識別に焦点を当てている点が異なります。
「picalico」は、赤・青・緑の3色を発光できる光源の変化パターンを信号として利用します。最大100個のパターンを、カメラと接続されたPCで同時に読み取り、自動で解析可能です。デバイスに光源を搭載し、複数のカメラや撮影位置から三角測距することで、高精度な位置測位を実現します。
現在は主に工場内のライン設計などで活用されています。一般的に地上の開けた場所であれば、通信対象の位置情報はGNSS(GPSなど)で取得できますが、特殊な工場や屋内などGNSSの電波が届かない環境では別の仕組みが必要です。この「picalico」はGNSS非対応環境での位置測位という点で、さらに大きな可能性を秘めています。そこで私たちは、「picalico」の利用範囲を広げるため、GNSSが利用できない月面での位置測位を想定し、JAXAと実証実験を進めてきました。そして、GNSSが届かないもうひとつの領域として海中に着目したのが、今回のK Programの取り組みです。
参考: 月面基地建設を想定して JAXAとCASIOがカメラ可視光通信による測位を研究中
――今後の展望や意気込みを教えてください。
宮本氏:カメラ可視光通信には高いポテンシャルがあります。「picalico」は高精度位置測位システムとして、特定の産業分野で確かな実績を積み重ねています。工場によっては電波が使えなかったり、LANケーブルを敷設できなかったりする環境も多いので、ニーズがあることは明らかです。
K Programで共同開発している海中無線通信にも、同様にニーズがあります。まずは水深10~30メートル程度の環境で、水上ステーションと水中ドローンを無線でつなぐことに焦点を当てています。電波の利用が難しい場所で、カメラ可視光通信が無線通信のデファクトスタンダードになれたらうれしいですね。
守秘義務の関係で詳細な開発スケジュールはお話しできませんが、今回のプロジェクトは数年以内に成果を出すことが求められています。期待に応えられるよう、尽力していきます。
カシオは、長い歴史の中で培ってきた確かな技術力と、挑戦し続ける姿勢があるからこそ、カメラ可視光通信のような技術を新たなフィールドで活用しようという発想が生まれています。
宮本氏が語ったように、水中ドローンが活躍するシーンは多岐にわたり、海中無線通信は大きな可能性を秘めています。K Programでの挑戦を通じて、カシオがどのように未来の技術を切り拓いていくのか。今後の動きに注目していきましょう。
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