「南海電気鉄道株式会社(以下、南海電気鉄道)」は、2026年4月に「株式会社NANKAI(以下、NANKAI)」へ商号変更し、分社する鉄道事業会社が「南海電気鉄道」として社名を受け継ぐ。

再編の狙いは、安全・安心という揺るぎない価値を守りながら、鉄道事業における意思決定のスピードと専門性を高めること。変化する移動ニーズに、より柔軟に応える体制を整える方針だ。

日々の通勤・通学、観光、インバウンド旅客への対応──鉄道に求められる役割が広がる今、分社化はサービスや技術をどう進化させるのか。2026年4月から新生「南海電気鉄道」を率いる梶谷 知志氏に、分社化の真意と今後の展望を聞いた。

  • 梶谷氏

分社化で何が変わる?新体制の全体像

――まずは、今回の分社化について教えてください。

「NANKAI」は、事業持株会社として不動産事業や、鉄道・不動産に次ぐ新事業を担います。一方、鉄道事業は分社した「南海電気鉄道」が引き継ぎ、社名もそのまま使用します。今回の分社化によって、南海電気鉄道は、安全運行とサービス高度化に、より集中して取り組める体制になります。

  • 南海電鉄の運行車両

――利用者目線では、何が変わり、何が変わらないのでしょうか?

最大の使命である「安全・安心」は、これからも決して変わりません。そのうえで、時代の変化に合わせた新しいサービスを展開していきたいと考えています。

鉄道は単なる移動手段ではなく、利用目的も多様化しています。鉄道事業会社としての専門性を高めつつ、先端技術も取り入れ、幅広いニーズに応えていく。「安全・安心」に加え、快適性やワクワク感といった付加価値の創出にも力を入れていきます。

「守り」ではなく「攻め」──分社化を決断した背景

――なぜ今、分社化に踏み切ったのでしょうか。その背景について詳しく教えてください。

最も大きい理由は、人口減少をはじめとする社会課題やライフスタイルの変化に対して、鉄道会社に求められる役割も変化したことです。戦後の高度経済成長期には、郊外沿線のニュータウン開発が活発で、それに伴い当社も成長してきました。しかしながら、人口減少により通勤・通学の需要が縮小傾向にある今、従来のビジネスモデルを根本から見直す必要があります。加えて、人口減少は当社の人財不足を引き起こすリスクもはらんでいます。このタイミングで体制を再編し、最適なオペレーションを構築することで、これから本格化する人口減少社会に備えたい。そして、サステナブルな鉄道をお客さまに提供し続けたい。そう考え、分社化に踏み切りました。

――先を見据えた決断だったんですね。

分社化というと「縮小に備える守りの一手」という印象を持たれがちですが、決してそうではありません。当社は関西国際空港を沿線に抱えており、今後も増加が見込まれるインバウンド旅客対応を担い続けるには、インフラ設備を維持・更新していく必要があります。

さらに、当社が第二種鉄道事業者として運行する「なにわ筋線」が開業すれば、関西国際空港につながる“空の国土軸”に加え、梅田・新大阪の“陸の国土軸”まで沿線が広がります。沿線価値が大きく高まるなかで、将来のビジネスチャンスにつなげる。そのための「攻めの分社化」なのです。

  • なにわ筋線のイメージ図

――「攻め」の分社化と位置付けているわけですね。

そうです。社員にも「ただ鉄道を運営する会社になるのではない」と伝えています。お客さま向けサービスや、駅を拠点としたまちづくりなど、さまざまな面において「攻め」の姿勢で事業を推進していく。そのための分社化と位置付けています。

えき・まち・人をつなげてきた鉄道の軌跡

――御社は鉄道事業を通じ、長年関西のまちづくりに貢献されてきたかと思います。分社化に至るまで、どのような役割を担ってきたのでしょうか。

当社の創業は1885年。難波~堺(大和川)間の開通が始まりでした。当時、一面がねぎ畑だった難波を起点に、南蛮貿易の拠点として栄えた堺市や、だんじりで有名な岸和田市、港町として栄えた泉佐野市、紀州徳川家が治める城下町だった和歌山市などにも路線を広げ、関西の鉄道ネットワークの利便性向上に努めてきました。
1950~80年代には、住宅開発をはじめ、「みさき公園」「なんばCITY」の開業など大型プロジェクトを推進し、沿線エリアの発展にも取り組んできました。

  • 梶谷氏

――「鉄道事業は、まちづくり」と常々仰っているとお伺いしましたが、この言葉に御社の歴史が詰まっていることを実感します。

1994年には、泉佐野駅と関西国際空港を結ぶ空港線を開通し、関西と世界をつなぐ懸け橋として役割を広げてきました。近年は、関西国際空港と難波を連絡する特急「ラピート」について、停車駅数が少なく所要時間が短縮される「ラピートα」を増便して速達性を高めており、他の空港特急も増やすなど輸送力増強にも注力しています。

  • 空港特急「ラピート」

    なんばと関西国際空港を最短で結ぶ空港特急「ラピート」

また、古くから高野山へのアクセスを担っていることから、2010年代には「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産登録を契機にツーリズム事業を本格化させ、観光振興にも尽力してきました。

――地域に根差し、グローバルな視点で沿線を盛り上げてきた南海電鉄が“つないできた価値”は、どう表現できますか?

鉄道事業会社の発足にあたり、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を定めました。「えき・まち・人、『つながるしあわせ』を届けます」をミッションに掲げ、「安全・安心を礎に、愛され続ける鉄道」というビジョンを目指す。これこそが、私たちが長年つないできた価値だと考えています。

――その価値を次世代にも届けていくには、どのようなことが求められると思いますか?

「安全・安心」を守り抜くのは当然として、今後は表面化していないリスクを先読みし、事故やトラブルを未然に防ぐ「安全・安心を創る姿勢」が求められるでしょう。

そして、もうひとつが現場力。お客さまと最も近いところで接しているのも、異常時に対応するのも、現場の社員だからこそ、「現場主義」を標榜しています。真っ先に情報が集まる現場になるべく権限を委譲し、集まった意見をもとにスピーディに意思決定をする。どんどん現場力を発揮できる組織にするため、会議体や仕事のプロセスを抜本的に見直し、体制を刷新します。

――「現場主義」を大切にされるようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

私自身、土木出身で、入社後は線路のメンテナンスや建設を担う部署に配属されました。その後も、空港線を建設する連続立体交差事業の工事事務所で勤務するなど、これまでのキャリアの半分以上は現場で働いています。
そうした経験の中で「現場で事が起こる」という事態を何度も目の当たりにしてきました。そのたびに現場から得られる気づきがあり、「現場主義」を重んじるようになったのだと思います。

  • 梶谷氏

サービスも技術も、さらに一歩先へ

――時代の変化に応じたサービスを新たに展開していきたいとのことでしたが、予定している取り組みについて教えてください。

2026年4月24日から、世界遺産「高野山」と国際都市「難波」を結ぶ観光列車「GRAN 天空」の運行を開始します。沿線の地元食材をふんだんに使用した飲食サービス、景色を堪能できるワイドビューシートやソファ席など、神秘的な高野山に向かう特別な時間を存分に楽しんでいただける企画を考えているところです。

  • GRAN 天空

    なんば駅と極楽橋駅を結ぶ「GRAN 天空」

――「GRAN 天空」は御社のイメージを変える起爆剤になるかもしれないですね。

鉄道会社のイメージは駅や車両によって大きく変わるため、美装化は重点的に進めたいと考えています。例えば、2025年9月にリニューアルしたなんば駅2階中央改札口では、白を基調とした内装と曲線を活かしたデザインの柱により、明るい空間を創出しました。関西国際空港をご利用の外国人観光客の方々からも好評のようです。

なお、「GRAN 天空」が発着する0番のりばも、2階中央改札口のイメージを踏まえて設えており、旅の始まりを演出します。この他、なんばと和歌山市・和歌山港間を結ぶ特急サザンも3年以内に新造する計画です。

――利便性向上に向けた取り組みは何かありますか?

デジタルチケットの充実や、AIコンシェルジュによる多言語案内のバージョンアップを検討しています。また、駅を集中管理する「駅遠隔センター」から遠隔でお客さま対応が可能なシステムを構築しており、これからも業務の効率化とサービス品質の向上の両立を目指していきます。

――技術面については、いかがでしょうか?

インフラ設備のメンテナンスにおいて、CBM(コンディション・ベースド・メンテナンス:状態基準保全)を導入し、デジタル技術を用いて最適に予防保全していきます。人の経験や勘に支えられてきたアナログな知見に、デジタル技術を融合させることで、より確実で効率的な保全を実現していきます。あわせて、構造物や線路のメンテナンスの自動化等も積極的に進めています。

さらに、先頭車両に動力車操縦者運転免許を持たない係員(車掌相当)が乗務する「GOA2.5」による自動運転が、高師浜線において2027年度に開始することが決定しました。将来的には他路線への展開も視野に入れています。

“核は変えずに、進化する”南海電鉄の未来へ

――少子化の影響で人材が不足していく中、若い世代に愛され続け、選ばれる鉄道会社であるために、組織として実施していきたい働き方改革や人材育成の取り組みについて教えてください。

まず、運輸職については日勤勤務を増やし、ワークライフバランスを確保しやすい環境づくりを進めます。一方、技術職ではデジタル技術を積極的に活用し、夜間作業の負荷の軽減に取り組んでいきます。

加えて、数年後には「鉄道研修センター」が完成予定です。運輸・技術それぞれのスキルを体系的に学べる場として、教育体制を一層強化していく考えです。あわせて、安全意識を高めるための啓発施設の新設も検討を進めています。

――分社化された「南海電気鉄道」をどのような会社にしていきたいとお考えですか?

おもしろい会社」にしたいですね。誰もが安心して、楽しく働ける会社にしたいと思っています。そのためには日常的なコミュニケーションが欠かせません。私自身、日頃から現場や食堂に足を運び、「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)ミーティング」と称して、社員一人ひとりと直接意見を交わす機会を大切にしています。

先ほども「現場力」の話をしましたが、現場力を発揮してもらうためには、会社と社員の間に信頼関係がなければなりません。分社化によって組織がコンパクトになり、距離も近くなります。現場のアイデアや声を、これまで以上にスピーディに形にしやすくなるのではないかと期待しています。

  • 梶谷氏

――最後に読者にメッセージをお願いいたします。

これからも「安全・安心」を守るという揺るぎない軸を大切にしつつ、「安全・安心を創る」マインドセットを全社員で共有し、今まで以上にお客さまにおもてなしができる会社へと進化していきます。「南海、おもしろいな」と感じていていただけるよう、新しい南海電気鉄道を実現してまいります。

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「愛され続ける鉄道」であるため、つないできた価値を次世代に届けるため、「攻め」の分社化で生まれ変わる南海電気鉄道。新時代の鉄道会社像の片鱗が、垣間見えたような気がした。

  • 梶谷氏

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Photo:田中 大介

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