ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックが、感動と興奮のうちに幕を閉じました。そして現在、同地で冬季パラリンピックが開催されています。それにあわせ、本記事ではパラスポーツと社会にフォーカスした対談を実施。パラスポーツやスポーツを通してよりよい社会づくりを目指す、日本財団パラスポーツサポートセンター(以下、パラサポ)とJCOM株式会社が特別対談を実施します。

組織全体をみる立場とパラスポーツの魅力を発信する立場、2つの視点による対談には、共生社会の推進に役立つヒントが満載。この記事を読めば、パラスポーツ、そして社会への理解が深まること間違いなしです。

【対談】共生社会実現のためにできること

日本財団パラスポーツサポートセンター(パラサポ) 常務理事 小澤直氏 JCOM株式会社 サステナビリティ経営推進室長 鈴木敦子氏

日本財団パラスポーツサポートセンター(パラサポ) 常務理事 小澤直氏
JCOM株式会社 サステナビリティ経営推進室長 鈴木敦子氏

共生社会実現に向けた活動のはじまり

――パラサポでは、スポーツを通して、よりよい社会を目指していらっしゃいます。また、J:COMは、企業活動によってサステナブルな社会実現を志しておられます。それぞれの活動に至った背景をお聞かせください。

小澤さん:パラサポは、2013年に東京2020パラリンピックの開催が決定したことを機に、日本財団の支援を受け2015年に設立しました。2012年に開催されたロンドンパラリンピックが「史上最高のパラリンピック」と評価された一方で、日本はパラリンピック競技団体の運営やDE&Iの遅れなど、東京パラリンピックの成功に向けては課題が山積みで日本財団としても危機感を持っていました。

そこで、2020年まであと5年と迫るなか、パラリンピック競技団体の体制基盤強化と、日本財団が目指す「みんながみんなを支える社会」、つまりDE&I社会を、スポーツを通じて推進していくことを決め設立しました。

鈴木さん:J:COMもその点においての想いは同じで、弊社の行動指針のひとつに「すべての人を大切にする」という項目を掲げています。また、身体や精神、社会的にも満たされた状態が持続するウェルビーイングの実現をマテリアリティとして掲げ、そのなかでDE&Iの推進を重要な要素として位置づけています。

――小澤さんは、パラサポの設立にあたり、まずはどのようなことに着手したのですか?

小澤さん:最初に、パラリンピック競技団体の実態調査を行いました。すると驚くことに、オフィスが無かったり、自宅をオフィス替わりにしているような団体も珍しくなく、8~9割はボランティアスタッフのみで運営されていて、ほかの団体との“横のつながり”もほぼ皆無だったのです。これはよくないと思い、日本財団ビルのワンフロアを競技団体さん向けに無償で提供させていただき、人件費や広報費の支援を開始しました。

鈴木さん:初めはそのような状態だったのですね。

小澤さん:そうなんです。そしてもうひとつ、どうしても改善しなければいけないと思ったことがあります。当時は、車いすを利用する人がタクシーの乗車拒否に遭ったり、飲食店で入店拒否されたりといったことが普通にあり、実際に私自身も車いす利用者と一緒にいるときに何度か経験しました。このような環境のなかで東京パラリンピックが開催されたら、海外の皆さんを含め多くの方々に失礼をし悲しませてしまうとともに、日本のイメージダウンは避けられないと思いました。これらの課題を解決するため、パラスポーツを通じて共生社会をつくるためのヒントを伝える「あすチャレ!」というプログラムを立ち上げました。

鈴木さん:タクシーの乗車拒否については、もしかしたら、運転手さんが躊躇なさったのかもしれないですね。乗車いただく際に、車いすの方の身体に触れていいのかなど、戸惑うことがあったのかもしれません。

小澤さん:おっしゃる通りで、対応がわからなかったとも考えられます。また、日本特有の100パーセントのおもてなしができないからお断りをしていたのかもしれません。そうすると、根本的な問題として、人々の考え方が変わらないといけないと思いました。人は「まざり合っていない」環境のなかにいると多様性に触れる機会が少ないため、それがのちの理解不足につながるのではないか、と。

鈴木さん:さまざまな人と交わることは大切ですよね。弊社の特例子会社にジェイコムハートという企業があり、約150名の障がい者が在籍しています。その社員たちは、特別なオフィスではなく、全国の90の通常拠点に分散して勤務しています。たとえば健常者を上回るほどの集中力をもっている人もいるので、障がいではなく「特性」と捉え、長所を活かせる業務を担当してもらっているのです。そのなかで、チームのリーダー的な役割を担う社員や管理職に昇進している社員もいて、キャリアプランを描ける環境を整えています。

小澤さん:それは素晴らしいですね。いろいろなタイプの人が「まざる」ことで、新たな気づきはどんどん生まれます。パラサポには障がいのあるスタッフが何人かいますが、一緒に働くなかで、車いすに乗っていると背の高いコピー機は使いづらいとか、出入り口のカードリーダーが高い位置にあると届かないとか、自然と理解できるようになりました。実は、我々が働く日本財団ビル内の社員食堂にも変化がありました。

鈴木さん:どのような変化があったのですか?

小澤さん:どんな人が手に持っても食器が滑らないように、配膳用のトレイに滑り止めマットが敷かれるようになったり、配膳台の高さが低めに調整されたりなど。「まざる」ことで、社員食堂のスタッフが各箇所で工夫を施すようになったのです。

まざり合うと「見えてくる」。そのうえで工夫を繰り返そう

小澤さん:実は、パラサポは東京2020パラリンピック大会で一定の役目を終え、2021年度をもって終了する予定でした。しかし、スポーツが社会を変える力は非常に大きいということがわかり恒久的に活動していくことが決まったのです。スポーツは、人と人、そして人と社会をつなぐ接着剤として貴重な力をもっています。社会全体を巻き込める効果があるのです。

鈴木さん:たしかに、スポーツの力は大きいですよね。J:COMでは、2020年東京大会からパラリンピックを放送していて、このミラノ・コルティナで4回目となります。今回は、全社を挙げて盛り上げようということでパラリンピック専用のサイトを大幅にリニューアルしました。そのなかで日本選手の特集も組んでおり、パリ大会のときと比較すると4倍のサイト訪問者数を記録しているのです。まだオリンピックが開催中ですが、現時点ですでに3万人ほどの方々がサイトを利用してくださっています。(取材日:2026年2月19日)

リニューアルしたパラリンピック特集サイトはこちら

小澤さん:そのような情報の発信はありがたいことです。実は、2016年にリオパラリンピックが行われた際に、障がい者の方からの問い合わせが急増したのです。内容は、「自分の障がいでできるスポーツは何か」「自分が住む地域でそのスポーツはできるか」など。つまり、目指せるスポーツの情報源がなかったのですね。そのため、パラサポでは、クラウドファンディングを活用してパラスポーツ診断サイトの「マイパラ! Find My Para Sport」を緊急開発しました。サイトでは、その方に合うパラスポーツと、住んでいらっしゃる地域のチームの情報を提供させていただいています。

マイパラ! Find My Para Sport

――よりよい共生社会を実現させていくための、今後の展望をお聞かせください。

小澤さん:未来を担う子どもたちに、多様性を受け入れる力を身に付けてもらうことが何よりも大事だと思っています。そのためにも、「あすチャレ!」に加えて我々は教育のインクルーシブ化を進めるひとつのしかけとして、学校の運動会改革にチャレンジしていきます。たとえば、車いすリレーという種目を展開したり、障がいがある子も参加できるダンスを制作したり。運動会を通して、障がい者のことを知り、考えるきっかけを作ることが狙いです。

鈴木さん:たしかに、意識するとものの見え方は変わりますよね。

小澤さん:そうなんです。「あすチャレ!」のセミナーで、講師のパラアスリートが参加者の皆さんにこう尋ねることがあります。「今日ここに来るまでに、障がいのある方と会いましたか?」と。すると「会いませんでした」と答えるケースが多いのですが、2回目のセミナーで同じ質問をすると「会いました」とおっしゃる方が増えます。それは、意識が変わって「見える」ようになるからなんです。

鈴木さん:いろいろなジャンルの方と関わるほうが、新たなヒントは生まれやすいですよね。障がいをもつ方との関係も同様で、特別なことではなく、一緒にいれば面白いアイディアがもっと育まれるように思います。

小澤さん:DE&I社会をつくるプロセスで最も大切なことは、「まざる」ことです。まざれば自然と考え、工夫するようになります。日本人は「1+1=2」という明解な答えを欲しがりがちですが、やるべきは答えを出すことではなく、考え、工夫するという試行錯誤を続けることです。

鈴木さん:「正解病」になることなく、工夫を重ねることは何より大切ですね。そして、寛容性と柔軟性をもって継続的に改善していくプロセスが大事だと思います。

小澤さん:私は企業や団体がDE&Iについて考える際、企業の成長とかイノベーションを起こすための「手段」という位置づけになっていることに疑問があります。DE&Iの推進は、企業や団体のメリットのためではなく、一人ひとりが「自分らしく生きる」権利を守るためだという本質を忘れてはいけません。

ただし、多様な人たちがまざり合った結果として、寛容性や柔軟性がついたり、視野が広がることでDE&Iが進み、ひいては企業や団体の成長につながっていくのではないでしょうか。

【対談】パラスポーツの魅力を伝えるさまざまな方法――共通する想いは

日本財団パラスポーツサポートセンター(パラサポ) DE&Iプログラム推進部ディレクター 山本恵理氏 JCOM株式会社 『パラサポチアーズ!』番組制作担当 宮田晋太郎氏

日本財団パラスポーツサポートセンター(パラサポ) DE&Iプログラム推進部ディレクター 山本恵理氏
JCOM株式会社 『パラスポチアーズ!』番組制作担当 宮田晋太郎氏

パラスポーツの可能性とは



――山本さんは、パラサポのDE&Iプログラム推進部ディレクターで、DE&I教育・研修プログラム「あすチャレ!」においては、パラアスリート講師としてもご活躍中です。そして、宮田さんはJ:COMの番組『パラスポチアーズ』を制作していらっしゃいます。それぞれの活動内容を教えていただけますか?

山本さん:私はDE&Iプログラム推進部ディレクターであると同時に、パラパワーリフティングの現役アスリートとして、「あすチャレ!」の講師でもあります。パラアスリートを中心とした講師陣がパラスポーツを通じて共生社会をつくるためのヒントを幅広い世代の方々に伝えていて、昨年度は、離島を含む全国各地で計965回開催させていただきました。

宮田さん:私は、2024年度にスタートした、パラアスリートを応援する番組『パラスポチアーズ』の制作に立ち上げ当初から携わっています。競技よりも「人」にフォーカスし、その選手の「チャレンジ&プライド」に焦点を当て、ひとりのアスリートとして応援できる内容を意識して制作しています。

山本さん:テレビ番組でパラスポーツやパラアスリートを紹介してくださることは、本当に素敵だと思います。私は生まれた時から障がいがあったので、小学校3年生のとき母親に言われるがままに水泳を始めましたが、今はテレビ番組でロールモデルを見られる。すごく大切なことだと思いますね。

宮田さん:山本さんは、どんなきっかけでパラスポーツを始めたのですか?

山本さん:母に連れて行かれた水泳教室で、障がいのある人と一緒に勝負する機会を初めて得て、そこで競争の楽しさを知ったんです。それまでは、学校でクラスメイトと体育の授業を受けることができなかったので、競争するという経験をしたことがありませんでした。走るとはどういうことかわからず、ボールの投げ方すら教えてもらったことがない。そもそも競争させてもらえる土台がなかったんです。

宮田さん:パラスポーツが選択肢のひとつになると、チャレンジするマインドセットが生まれるのでしょうね。このことは、共生社会の形成のきっかけにもなるのではないでしょうか。

山本さん:生まれつき障がいがある私にとって、パラスポーツは選択肢を広げてくれました。そして、パラスポーツはスポーツだけにとどまらない奥深さがあり、人生の豊かさや可能性を広げてくれますね。

宮田さん:私がパラスポーツを生で初めて見たのは、2024年に神戸で行われた世界パラ陸上競技選手権大会です。あのときは、カメラで撮影しながら、自分の「頑張れ!」という声が動画に入ってしまうほど興奮しました(笑)。金メダルを目指して頑張る皆さんの姿に感動して、そのあとメディアチームでブラインド走を体験したのですが、全然うまくできなくて……。アスリートのすごさを実感しました。

パラスポーツやアスリートに興味をもってくれた人たちと、世の中を変えたい



――山本さんは、「あすチャレ!」でさまざまな方々を対象にプログラムを行っています。活動のなかでやりがいや嬉しさを感じるのはどのようなときですか?

山本さん:プログラムでは、私は自分のことをニックネームで「マック」と名乗っているのですが、学校を訪れ、プログラムをやっていると、子どもたちが「マック!」と気軽に呼んで話しかけてくれます。最初はどう接すればいいのだろうと思っても、途中から私のことを“障がいのある人”と特別視せず、ひとりの人として親近感をもって接してくれることは、私にとって一番のご褒美です。そういえば、プログラムの最後の質問コーナーで「パラアスリートって給料はいくらですか?」と聞かれた講師がいるときいて衝撃でした(笑)

宮田さん:お給料ですか!(笑)

山本さん:そうなんです。つまり、パラアスリートを職業のひとつと捉えてくれていることがとても嬉しいですね。

宮田さん:私たちが子どもだった頃と比べると、今はパラスポーツとの接点が確実に増えているので、パラアスリートの方々を当たり前の存在と捉えられるのでしょうね。その子たちが成長したときの社会は、皮がまたひとつ剥ける気がします。

山本さん:学校に行くと、子どもたちとはすぐに仲良くなれます。一方で、大人は今までの経験がある分、福祉や障がいの話は真剣に聞くべきものと思っている人が多いんです。なので、大人の方に対しては、みなさんが想像しやすい具体事例を挙げる工夫をしています。たとえば、ベビーカーを押してる時にこういうことがありませんか、というような身近な経験を糸口に、障がいのある人だけではなく自分も困っていたんだなとか、こういうことされたら嬉しかったんだなということに自分の目線で気づいてもらい、障がいのある人って特別な人じゃないということを分かっていただけるようにお話をしています。


――パラスポーツの普及にあたり、今後取り組んでいきたいことを教えてください。‎

宮田さん:たくさんの人にパラスポーツの体験を通して“自分ごと化”してもらうことが大事だと思っているので、まずは「あすチャレ!」の講師として、J:COMに研修に来ていただきたいです。そして、社員のみんなにパラスポーツの楽しさを伝えたいです。

山本さん:そのときはぜひ呼んでください! 私は、これからは活動の質を上げていきたいです。まずは、小学校の運動会にパラスポーツ要素を入れた種目を導入してもらいたいですね。そのために運動場でも走れる「パラサポ!ミライ」という車いすを開発しました。そして、運動会の経験をベースに、皆さんの行動が変わるようなインクルーシブな考え方を文化として根付かせたい。パラスポーツやアスリートに興味をもってくれた人たち、気づきを得てくれた人たちと世の中を変えていくことを、今後も心がけていきたいです。

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パラスポーツに触れるということは、これまで知らなかった社会について触れることでもあるようです。共生社会実現への第一歩として、まずはパラスポーツについて知ることから始めてみてはいかがでしょうか。

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