[取材先]株式会社ナンガ(滋賀県)
本記事は2025年11月時点の情報を基に作成しています。
伊吹山を望む滋賀県米原市に拠点を置く株式会社ナンガ。世界からその品質を認められる国内屈指のアウトドアブランド「NANGA」を展開し、寝袋やダウンジャケットを製造、販売しています。
同社は、近江真綿の生産地という地の利を生かした布団製造業として創業し、2代目で寝袋製造へと転身。その後3代目の横田 智之氏がアパレル業界へ参入すると、横田氏の入社時に1億円以下だった売上は約60億円規模へと急成長しました。
その原動力は、勝機と見出すと経営資源を一点に集中する独自の経営哲学にありました。老舗をグローバルブランドへ導いた横田氏の戦略と覚悟に、オリックス 滋賀支店の森田 学が迫ります。
ビジネスが「勝てるゲーム」だと気づいた転機は…競馬!?
……まず、布団製造から寝袋、アパレルへと事業転換された経緯を教えてください。
横田氏:1941年の創業から布団の下請け製造を手掛けていましたが、OEM元の海外生産が進んだことで、1980年代後半に2代目である父が、布団のノウハウを生かせる寝袋製造へと転身しました。しかし、その仕事も海外へ流出していき、「社員を守るには自社製品をつくるしかない」と、メーカーとして独立する道を選んだのです。
そして、「困難だからこそ挑戦する」という覚悟を込めて、ヒマラヤ山脈の登頂困難な高峰「ナンガ・パルバット」から名をとり、自社ブランド「NANGA」を立ち上げました。
……最初から、家業を継ぐつもりでしたか。
横田氏:長男でしたので、「いずれは」とは考えていました。社会人になってから3年ほど貸衣装屋の営業職に就いていましたが、その頃に父から呼ばれ、2001年に入社しました。
入社直後、父から「まずは山を知れ」と長野の登山スクールに放り込まれて。登山経験ゼロで、いきなりの冬山修行でした。マイナス30度で40泊以上する過酷な経験は、後の製品開発で大きな財産になりました。極限状態では、寒さで眠れないことや装備の重さが生死を分けるということを、身をもって知りましたね。
……入社からどのようなビジネスの転機があったのでしょうか。
横田氏:転機は30歳前後の頃、プライベートで競馬にはまったことでした。馬の状態や血統、騎手の心理まで徹底分析すると勝ち筋が見えてくる。その感覚が面白く、あらゆる要素を分析し尽くしたうえで、勝算が高いと判断した局面では、資源を一点に集中させる。この考え方は、ビジネスの意思決定と全く同じだ! と気づいたんです。それから競馬は一切やめ、全ての時間と労力を会社経営に注ぐようになりました。
そして決断したのが、アパレル事業の本格化です。寝袋製造は秋冬がメインですが、ダウンジャケットなら工場の閑散期である春夏を埋められる。さらに、寝袋よりもユーザー層が広いアパレルなら、売上を大きく伸ばせるチャンスがあると信じて挑戦しました。
OEMをNANGAの「広告塔」に。ブランディングに向けた戦略
……アパレル業界にはどのように参入したのでしょうか。
横田氏:アパレル業界で無名の当社が、いきなり自社製品を出しても簡単には売れません。そこでまずは認知度獲得のために、OEM先である大手セレクトショップと共同で商品開発を行いました。結果的にその商品が当社にとっての「広告塔」の役割を果たし、多くの方にNANGAを知っていただく機会になりました。
職人気質の父が培ってきた素材の品質や縫製技術は、他社に引けを取らないと自負していました。「良いものをつくれば売れる」のではなく、「売れる仕組みをつくれば、必ず評価される」。そう信じていました。そしてこの時、「OEMでこれだけ利益が出るなら、自社ブランドでダウンジャケットを展開すれば、さらに伸びる」と確信しました。
……自社ブランドの展開にあたって、具体的に何を実行されましたか。
横田氏:まず、OEMではコスト面から採用できなかった高品質な素材を積極的に採り入れました。また、デザイナーを社内に招き、プロダクトデザインも一新しました。これまでOEMで築いてきた認知に加え、折からのアウトドア・キャンプブームも追い風となり、売上は予想を上回るスピードで伸びていきました。
2015年には直営1号店となる目黒店をオープンし、その後、原宿や丸の内など都心を中心に全国へと店舗網を拡大。さらに、オンラインショップをはじめとする販路開拓を進めたことで、事業規模は大きく成長しました。
強みの本質と未来。「品質」を知り尽くしたメーカーの世界戦略
……ダウンジャケットでは後発メーカーながら、快進撃を続けるナンガの強みはどこにあるのでしょう。
横田氏:羽毛や生地の調達から裁縫、出荷に至るまで、自社工場で一貫して手掛けてきたものづくりのノウハウと、そこから生まれた信頼にあると考えています。
原料となる羽毛は、日本の羽毛専業メーカーである河田フェザー社から、職人が厳選して調達しています。寝袋やダウンジャケットの保温性は、羽毛の品質と清潔さで大きく左右されます。当社が使用する羽毛は、朝晩の寒暖差が大きいスペインの地域で長期飼育された水鳥のもので、超軟水による徹底した洗浄工程を経ることで、柔らかく軽い仕上がりになるのが特徴です。また、生地には日本製のナイロンを採用しています。風合いのやわらかさや軽量性において、やはり国内素材は秀逸だと感じています。
縫製に関しては、縫い目からの浸水や風の侵入を極力防ぐため、職人がミシンを操り、非常に手間のかかる工程を積み重ねて縫製をしています。効率化にとらわれず、品質を最優先で続けてきたことが、現在の当社の礎です。国内の縫製工場が次々に操業を停止するなかでも、先代から受け継いだものづくりを続けてきたことこそが、当社の最大の強みだと考えています。
また、こうしたものづくりの裏付けを示すために、2019年に自社研究機関「ナンガマウンテンラボラトリー」を設立しました。理論に基づくデータを分析し、適切な羽毛量の設定や人体構造を踏まえた縫製設計など、より高次元な研究開発に取り組んでいます。
品質への飽くなき追求。それこそが真のブランディング
……最後に、今後のビジョンを聞かせてください。
横田氏:生産体制とブランディングを、「グローバル」と「ドメスティック」の2つの階層で使い分けていきます。
グローバルでは、ベトナムなどの海外工場でジャパンクオリティを維持しつつコストを抑え、圧倒的な量を供給することで世界的な認知度を高めていきます。一方のドメスティックでは、米原の自社工場において最高峰の技術を注ぎ込んだ「メイド・イン・ジャパンのハイエンド製品」に特化します。安く大量に作る競争に加わるのではなく、希少性と付加価値を極限まで高めた製品を主力に育てていくことが目標です。
……最高峰があるからこそ、普及版も売れるわけですね。
横田氏:その通りです。「世界一暖かいダウンジャケットを作る工場の普及モデル」であれば、お客さまにとって魅力的ですよね。そのために今は保温性とデザインの進化に取り組んでいますが、ゆくゆくはこの2つの軸を融合させ、ブランドの価値のさらなる向上につなげたいと考えています。
かつて社員から「結婚相手の親に、ナンガで働いていると言って反対されないか心配だ」と言われたことがあり、経営者として本当に悔しい思いをしました。社員がどこでも堂々と胸を張れる会社、世界の頂に立つ企業を目指し、これからも挑戦を続けていきます。
<取材を終えて>
オリックス株式会社 滋賀支店 森田 学
取材後に羽織らせていただいたNANGAのダウンジャケットは暖かく、そして驚くほど軽く、同社の技術力が結集した名品でした。世界の頂を目指す横田社長の言葉から、経営とはまさに困難に挑む登山そのものであり、その情熱に強く心を動かされました。今後のブランディング戦略の実現に向けて、オリックスとしてもぜひご支援させていただければ幸いです。
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