2022年に内閣府の「国家戦略特区」に指定されたこの都市は、国家戦略特区で認められる規制緩和の枠組みを最大限に活用し、先端技術を取り入れたまちづくりに挑戦していることで知られている。
「このまま何もしなければ、加賀市は消えてしまう」
人口減少や高齢化により、若者が減少し、医療や交通の維持が困難になるという差し迫った危機感が、市内の若手や市の職員を中心に前例のない挑戦へと火をつけた。加賀市では、顔認証による公共サービスの利用や、AIを活用した配車サービスなど、人口減少下でもコンパクトシティを維持できる仕組みづくりが着々と進められている。さらに、若者や企業の誘致、地域外へ流出した人材の呼び戻しを目的に、ドローンやエアモビリティといった次世代産業の育成・誘致にも積極的に取り組んでいる。その様子は、まさに「デジタルまちづくり」と呼ぶにふさわしい。
こうした取り組みを現地で学び、全国に広げることができないかと、全国の経営者に呼びかけて実施されたのが、デジタルカレッジKAGAとTOPPANトラベルが共同で企画した経営者向け視察ツアーである。
筆者もこのツアーに同行したが、そこで目にしたのは、日本の地方が再び力を取り戻すための、驚くべきヒントの数々だった。
伝統工芸の地で息づく産業復興、人を巻き込み成長させる石川樹脂工業のリスキリング現場
ツアーの最初に訪れたのは、人材育成の最先進企業として全国的に名を馳せる石川樹脂工業。主要経済紙が主催する「リスキリング大賞」を受賞した、知る人ぞ知る加賀市を代表する企業だ。 同社はもともと、山中温泉地域に根付くろくろ技術を生かした食器づくりに端を発し、プラスチック成形による食器や什器を製造する、いわば“山の中の零細企業”だった。ところが、創業者の孫である石川専務が戻ってから、企業は劇的な進化を遂げる。
彼は「下請け脱却」を掲げ、自社企画による高付加価値商品を開発。洗練されたデザインとブランド戦略により、商品は高級料理店にまで採用されるようになった。工場内では、最新のデジタル技術と伝統的な職人技が見事に共存している。
生産現場は単なる製造の場ではなく、まるで「学びと成長の実験場」だ。ロボット導入を戦略的に進めることで、属人化を防ぎつつ高い利益率と品質を両立。人材の多様化を促し、少人数でも高生産性を達成している。驚くべきことに、この変革のすべてを石川専務自身がデジタル技術を学び、元からいる社員に根気強く伝え続けることで実現してきた。
この過程で、人材の爆発的成長が起きている。かつて手作業中心だった社員たちが、デジタルツールを駆使して業務改善やデジタル・マーケティングを主導するようになった。技術の習得だけでなく、精神的な革新と組織への誇りが生まれ、現場全体に前向きなエネルギーが満ちている。
さらに注目すべきは、同社が地域内外の人々を巻き込みながら“共に学ぶ場”を創出している点だ。地元の若者や域外からの採用応募者、大企業の若手社員まであらゆる人材がそのリスキリングに価値を見出しひきつけられている。こうして一見小さな地方企業が、「人材育成のプラットフォーム」として全国から注目を集めている。
この現場には、「人が変われば、地域が変わる」という信念が息づいている。石川樹脂工業の挑戦は、地方製造業の閉塞感を打ち破り、“ものづくり×人づくり”の新時代を切り拓いているのだ。
若者が駆動し行政が応える、連鎖する産業チェーンの革命拠点
翌朝に訪れたのは、加賀市が運営する「加賀イノベーションセンター」。広大な市民病院を改装する形で加賀市が順次整備拡張させている、地域の未来産業を実験し、育て、連鎖させていく「地方発イノベーション拠点」である。
館内には、ドローンやロボット、AI、センシング技術などを活用した実証実験や共同研究の成果が並び、スタートアップ支援、地元企業との共創プロジェクト、学生の探究活動までが交錯する。空間全体には、“混沌と熱気”が満ちていた。特に印象的だったのは、その圧倒的なスピード感だ。全国の自治体を見てきた筆者だからこそわかるが、日本の末端都市が急速に衰退する中で、加賀市はなお一定の豊かさを保っている。その背景には、これまで積み重ねられてきたデジタル施策の力があるのだろう。
「市民が感じる以上に、加賀市はデジタル化の恩恵を受けています。顔が見える規模だから、話が早く、動きも早い。思いついたらすぐに実証できるんです。」
そう語る市の職員の言葉どおり、他の自治体では準備だけで数年かかるようなプロジェクトが、ここでは生活の延長のように動いていく。行政が柔軟に“場”を開き、企業がリスクを取って挑み、高等教育機関とも連携し、市民がモニターとして参加しフィードバックを返す。
この「行政 × 企業 × 教育 × 市民」という四層構造の立体的な連携チェーンこそ、加賀イノベーションの真骨頂だ。行政は“支援者”ではなく、「共に走るエンジン」として動き、若者や企業がそのエネルギーを駆動する。その連鎖が産業の垣根を越え、地域全体をつなぐ持続可能なイノベーション生態系を生み出している。まさにここ加賀は、「未来産業チェーンの発火点」と言えるだろう。
市民に宿る革新のプライド、歴史に根ざした自主自立・独立自尊の系譜
旅の後半に訪れたのは、加賀市と福井県あわら市にまたがる吉崎地域。
ここは戦国時代、浄土真宗中興の祖・蓮如上人が布教の拠点を築き、1470年代には加賀一向一揆の中心として栄えた地である。蓮如が神鹿に導かれてたどり着いたと伝わるこの場所では、当時としては極めて先進的な思想と技術による自治の実験が行われていた。
蓮如は、当時まだ限られた人しか扱えなかった木版印刷を庶民教育に活用し、全国の門徒に「御文(おふみ)」を大量に頒布した。これにより教えが一気に広まり、「真宗ネットワーク」と呼ばれる情報の流れが生まれた。言わば、当時の最先端技術を駆使した加賀発の“アナログ・デジタル革命”であった。
さらに蓮如は、各地の門徒をつなぐ文書ネットワークを整備し、中央と地方が思想を共有する仕組みを築いた。まるで宗教版SNSのような情報伝達システムであり、これが後の一向一揆を支える基盤となった。
一方で、吉崎御坊そのものも蓮如が設計した計画的宗教都市で、寺院を中心に商業・宿泊・教育が融合した中世の“イノベーション都市”だった。こうした構想は、後の城下町や寺内町の原型にもなっている。
静かな丘に立つと、神聖さの中に今も息づく革新の精神を感じる。吉崎の思想は、現代の加賀に受け継がれる「自主自立・独立自尊」のまちづくりの源流でもある。過去と未来が響き合うこの地で、加賀市が“革新の聖地”として連綿と続くシビック・プライドを育んできたことは間違いない。
視察を通じて見えたポイント
加賀市の取り組みを一言で表すなら、「理より実」-つまり、理念より実践、理屈より実装、理想より実現という精神である。人口約6万人というコンパクトな規模だからこそ、市民・企業・行政が密接に連携し、実証から社会実装までを驚くほどのスピードで進めている。
国家戦略特区の枠組みを活かし、ドローン、ライドシェア、遠隔医療、デジタル教育といった取り組みが次々と実用化されているが、真の価値はそこにとどまらない。
加賀の“デジタル”とは、単なる技術導入ではなく、人を育てるための仕組みである。スピードの源は、決断の速さと距離の近さ。そして、伝統とデジタルが共存することで生まれる新たな価値にある。
この街で見た光景は、特別なテクノロジーではなく、人が学び、考え、動き、成長する文化そのものだった。デジタルまちづくりとは、データやAIの話ではなく、「市民が自らの力で未来をつくること」。その精神を地道に実践する加賀市こそ、次の日本を動かす原動力であり、変革の火は、まさにこの地方の現場から灯り始めている。
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