業務効率化や生産性向上を図るため、生成AIを導入する企業が急増しています。その一方で、せっかく導入しても社員が使ってくれなかったり、目に見える効果が出なかったりといった課題に直面するケースも少なくないようです。
そんな中でいち早く生成AIを導入し、高い成果を上げているのがパーソルグループ。生成AI導入を主導したグループデジタル変革推進本部 本部長・朝比奈ゆり子氏に、生成AIによる業務DX推進と、それによって実現できた“はたらくWell-being”について伺いました。
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朝比奈ゆり子氏 外資系プロジェクトマネジメントソリューションベンダー、外資系ITセキュリティ会社2社を経て2014年にパーソルキャリアに入社。2020年からパーソルホールディングスにてコーポレートIT部門の組織変革を推進。2021年よりグループデジタル変革推進本部 本部長としてグループ全体のデジタル変革を推進中。
生成AIが世間に注目される前から導入を開始
――パーソルグループでは生成AIの導入と活用が進んでいるとお聞きしています。いつ頃から生成AIに着目されたのでしょうか。
生成AIの導入に取り組み始めたのは2023年の3月です。ChatGPTが登場したのが2022年11月で、翌年に入ると世間での注目度もどんどん高まっていきました。2023年2月には日本ディープラーニング協会の特番があり、それを見て「これ(生成AI)は世の中を変える。絶対に取り組まなければ」と強く思ったのです。
ちょうど中期経営計画を作っている時期だったので、ディスカッション時に生成AIのトピックスを盛り込みたいと上申しました。ただ、最初は上司も腰が重かったようです。というのも、過去に同業他社がAIを新規事業に活用した際、データの取り扱いについて大きな問題になったことがあり、人材業界全体がAIに関してかなり慎重になっていました。
――たしかに当時はまだ生成AIに関する情報も今ほど多くなく、警戒心を持つ企業は多かったでしょうね。
ただ、2023年4月になると他社でも生成AI導入の取り組みを検討されているという声が入ってきて、早く取り組まないといけないと考えました。生成AI活用で最大の課題となるのがデータの扱いです。生成AIサービスをそのまま活用すると、入力したデータがモデルの学習に使われてしまう可能性があるからです。そこでまず、社内のエンジニアにお願いして、生成AIのための独自環境を構築してもらいました。その上で、リスクコンプライアンスの対応を行っている部門に声をかけて、パーソルグループとしての生成AI活用ガイドラインの策定を進めました。生成AIの活用をいきなりグループ各社に投げてしまうと、ルールなどもばらばらになってしまう恐れがあります。ですから、最初はパーソルホールディングスがまとめた上で提供した方がいいだろうと考えました。
――朝比奈さんを駆り立てた生成AIの魅力とは何だったのでしょう。
生成AIの最も革新的なポイントは、専門的な知識や事前準備なしに誰でもすぐに使えることです。これまでのAIと違って、私たちが普段使っている自然言語で扱うことができる。これはパラダイムシフト(これまでの常識や考え方などが変化する事)が起きると思いました。この技術が使えないようだと、将来的には事業が立ち行かなくなったり、会社がなくなったりする可能性すらあると考えたのです。戦略を立ててから、みたいに悠長なことを言うのではなく、とにかく早く取り組むべきだと判断しました。
安心して業務に使える、パーソルグループ版GPT「PERSOL Chat Assistant(CHASSU)」を展開
――具体的にパーソルグループでは生成AIをどのように活用しているのか教えてください。
現在、生成AI活用の領域は大きく3つあります。まず、グループ社員が共通して使用する社内サービスとしての生成AIで、「PERSOL Chat Assistant」を展開しました。“安心して業務に活用できるChatGPT”というイメージです。この汎用AIについては、気軽にAIとチャットで会話するという意味を込めて「CHASSU(ちゃっす)」という愛称が付けられました。社内のメンバーがアイコンやキャラクターまで作ってくれたおかげで親しみがわいたのか、グッと浸透が進みました。
社員からの反響も上々で、「上司と違ってCHASSUはすぐに返事をくれるのが良い」なんて声も……上司の立場としては複雑かもしれませんが(笑)。
――(笑)。それだけ生成AI活用が浸透しているということですね。
2つめの生成AI活用領域としては、事業活用です。事業としてより深い活用ということになると、やはり個別に進めていく必要があります。例えばパーソルキャリアが運営する転職サービス「doda(デューダ)」では、生成AIを活用した職務経歴書の作成サポートを行っています。これは転職希望者が「職種」「役職」「仕事内容」の3つの質問にキーワードで答えるだけで、職務経歴書が最短1分で作成できるという機能です。
また、人材派遣などを行う「テンプスタッフ」では派遣先担当者から派遣スタッフの働きぶりをフィードバックするコメント作成のサポートツールとして生成AIを活用しています。フィードバックは派遣スタッフのモチベーションに関わる重要な要素ですが、一から文章を作成するのは負担も大きく大変です。生成AIの活用によって、そうした派遣先担当者の負担を軽減できればと考えています。
――社内だけでなく、取引先企業に対する生成AIツールの提供も行っているのですね。
最後に3つめの生成AI活用領域ですが、これは「抜本的なDX」です。生成AIを活用することで、会社や事業を根幹から改革し、新規ビジネスの創出などにつなげていく狙いがあります。この領域については現在、取り組みのスタートに向けてギアを上げていこうとしているところです。
会社を超えた「情報共有」で生成AI活用スキルを底上げ
――生成AI活用については多くの企業が取り組みを始めている一方、社員が使ってくれない、なかなか浸透しないなどの課題も耳にします。パーソルグループではどのように浸透を進めていったのでしょうか。
パーソルでの浸透が成功した大きな要因は「情報共有」です。そもそもパーソルグループは国内だけでも38社あり、ビジネスモデルもさまざまで、これまではグループ企業同士であっても情報交換はあまり行われていませんでした。
ただ、生成AIの活用に関するノウハウなどは積極的に共有すべき情報です。「こういうふうに使ったらうまくいった」とか、「こんな使い方は失敗した」とか、そういった生成AI関連情報を共有し、会社を超えて学び合うような世界観を作りたいと思ったのです。
そこで生成AI導入初期から取り組んだのが「プロンプトギャラリー」です。生成AIはプロンプト(ユーザが入力する指示や質問の事)によって回答精度も大きく変わります。「こんなふうに入力したらうまくいった」のようなプロンプトの共有を図る場を設けることで、社員が切磋琢磨して生成AIを活用していけるよう仕組みを整えました。現在では約500を超えるプロンプトが集まっており、生成AI活用が盛り上がっています。また、外部パートナーの力を借りて、生成AI活用に関する研修も積極的に実施しています。
――ガバナンスについてはどのように対処されたのでしょうか。
そこは初期からしっかり対処していました。例えばガイドラインについてもできた順番からどんどんリリースして、必要ならアップデートを重ねています。また、パーソルでは「社内のループ」と「世の中の変化に対するループ」という2つのガバナンスループを回しています。世の中が変化したらそれに対応したガバナンスを策定して、それを社内のループに反映させていくという流れで、ガバナンスを常に意識した運用を構築しています。
本来の業務に時間を割けるようになり、アップスキリングにもつながっている
――生成AIの活用がどのように“はたらくWell-being”の実感につながっているでしょうか。
生成AIが浸透するにつれて、社内の業務やカルチャーが変わってきた実感があります。「新しいことをどんどん学んでいこう」という機運が高まっており、それが社員の“アップスキリング”につながっているのです。これは生成AIという新しい技術を導入したからこその変化だと考えています。自分にとって必要な知識を学び取っていこうとする姿勢は、“はたらくWell-being”につながるものだと思います。
また、生成AIを活用することで業務負担が減り、自分自身が本来取り組みたいことに時間をかけられるようになるのではないでしょうか。“はたらくWell-being”を実現するのに重要なのは、「自分で仕事を選び取る」ことです。業務の一部を生成AIに任せ、自分自身は学びに集中することで、より“はたらくWell-being”の実現に近づけるでしょう。
――生成AIの導入について社員の方の反響はいかがですか。
ポジティブな反響を多数いただいています。たとえば「初めて勉強を楽しく思えた」という声や、障がいがある社員からは「苦手な部分を生成AIに任せることで心理的な負担がすごく減った」などの声があります。
――今後“はたらくWell-being”をさらに進めていく中で、生成AIを中心としたDX推進がどのように役立っていくでしょうか。
社員のはたらく体験をもっと便利にしたいし、その先にいらっしゃるお客様の体験もより良いものにしていきたいです。そのために生成AIを活用し、社員一人ひとりがストレスなくキャリアを考える環境を作ったり、サービスを開発していきたいですね。