都内には「女性が活躍できる環境」を目指して、こころとからだの健康やイキイキとした働き方を支える団体や機関が多くあります。
本記事では、令和6年度東京都女性活躍推進大賞を受賞した「まつしま病院」と「せたがや子育てネット」にお話を聞きます。団体の強みを活かした独自の取組や、職員の率直な感想を伺いました。
若者の性の知識や心身の健康を支える
医療法人社団向日葵会 まつしま病院
どんな病院?
東京都・江戸川区で1991年に開業。産婦人科・小児科医療を中心に、地域に根差した「女性と子どもにやさしい病院」。思春期から妊娠期、更年期まで一貫して医療と支援を行っていくことを大切にしています。
教えてくれるのはこの方!

幸﨑さん
まつしま病院に勤める助産師。「ユースウエルネスKuKuNa」の室長。まつしま病院には2005年から入職し、20年近く勤務している。
子どもが抱える悩みは親でも分からないことがある
――貴院では子ども・女性の支援のために「街の保健室」を開設されたと伺いました。こちらの取組のきっかけを教えてください。

当院には、産婦人科、小児科、心療内科があります。これまで社会的な課題を抱える多くの子ども・女性と出会いました。そういった子どもや女性たちは、幼少期から家庭環境や虐待・いじめを含む暴力の問題を抱えている場合が本当に多いんです。そこで、悩みを抱えている方々に早く出会ってその声を拾い上げたいという想いが生まれて、「街の保健室」を開設しました。

開設のきっかけについて答える幸﨑さん
――「街の保健室」では具体的にどういったことをされていますか?

病院の裏手に建てた別棟の二階部分を、「街の保健室」のスペースとしています。この場所を月に4日ほど無料で開放していて、どの時間でも来ていいですよというふうにしています。性のことで悩みを抱えていて相談しに来たり、居場所を求めるお子さんがこの場所で過ごして慣れていくなかで友達をつくったり。また、お子さんが医療の専門家に30分/500円で相談できる個別思春期相談のほか、子ども・若者の支援者を対象にした勉強会を月1回主催しています。また、依頼に応じて、保育園や学校に性教育講演に出向いていくこともあります。
――2024年4月からは「思春期外来」を設置されたとお聞きしました。こちらはどういった取組でしょうか?

思春期のタイミングは第二次性徴もあって、心も体も大きく変化していくんです。そのなかで親御さんとぶつかったり、学校や家庭に居場所がないと感じたり、自分の気持ちを受け止めてくれる人がいなかったりと、本当にさまざまな課題に直面します。そういったお子さん本人や親御さんにお話を聞いて、どういった対策ができるかを相談する外来が「思春期外来」です。外来というより、相談窓口というほうが近いかもしれません。
――本人だけでなく、親御さんのケアもされているのですね。

そうですね。子どもが抱える悩みって親でも分からないこともありますし、どこに相談したらいいのか分からないというのが現実なんですよね。加えて、日本では未就学児までの子育て支援は充実していますが、小学校に入学してからの支援や相談窓口って、児童相談所くらいしかなくて。児童相談所以外にも、子どもや親御さんに寄り添う支援者や気軽に相談できる場所が必要なのではと思って、この外来を設けました。

街の保健室の様子
なるべく早い段階で子どもの声を拾っていきたい
――取組を行うにあたって、大変だったことを教えてください。

思っていた以上に、公的機関からのサポートが受けられなかったことです。私たちの取組は、実際に問題が起きる前段階での予防や早期発見に近く、そのような取組の前例も少ないために、必要性やそれによる効果を周囲に理解してもらうことが難しかったのかしれません。
でも、実際に問題が起きてからでは遅いんですよね。特に子どもに関しては、小さな心でいろいろな悩みや葛藤を抱え込んで、最終的には心の傷になってしまうこともありますから。なるべく早い段階で子どもの声を拾える、出しているSOSをしっかり受け止められる社会にしないとと思っています。
――取組を実施してからの反響はいかがでしたか?

「街の保健室」はクラウドファンディングで支援いただいて開設できたのですが、まつしま病院の利用者や地域の方からも「待っていました」というあたたかい声をいただき、すごく嬉しかったです。スタートしてよかった、間違っていなかったと思いました。
今は少しずつ声が広がり、同じ想いを持っている方からの問い合わせやメディアからの取材も増えてきて、取組が知られ始めていることを実感しています。同じ地域の団体さんから声をかけていただいたり、私たちが出向いたりする機会も増えました。
――貴院の取組がきっかけになって、同じ志を持つ方々や地域の輪ができつつあるのですね。

以前、児童相談所から「医療ともつながったほうがいいのでは」という提案をされて、うちの「思春期外来」に来たお子さんがいたんです。「街の保健室」を案内したのですが、最初は顔を合わせる機会も少なくて。でもいつの間にか定期的に来るようになって、妹を連れてきたり、「街の保健室」でできた友達とはしゃいだりするようにもなりました。お父さんも最初は追い詰められている表情をしていましたが、徐々にいろいろな話をしてくださるようになったんです。医療の専門家に話せるというのが、心強かったのかもしれません。

勉強会の様子
性教育は大人こそちゃんとやっていかなくてはいけない
――幸﨑さんが、まつしま病院だからこそ実現できると思っている未来や今後の展望について教えてください。

今の親世代って、自分たちもしっかりした性教育は受けていないんですよね。子どもたちに伝えたくても伝えられない、と悩む方がたくさんいます。まずは親である大人がきちんとした性への知識をつけるために、企業でも性教育の研修や講座を行う機会があればいいなと考えています。ユースクリニックも、学校区域にひとつぐらいあればいいですよね。思春期の頃から一貫して性のことについて知ることが、将来にわたってイキイキと働くことにもつながるんです。それをもっと世間に浸透させていきたいですね。まずは自分たちの取組を継続させ、その輪を区内、そして日本中へと広げていきたいです。

――最後に、子どもたちや若者のみなさんにメッセージをお願いします。

生まれてきた子たちを、社会は大切に育てていかなくてはいけない。そのためには、大人が真摯に向き合っていく姿勢が非常に大事だと思っています。大人たちも一生懸命に勉強していくので、みなさんは思っていること、伝えたいことを吐き出してください。もし近くに吐き出せる場所がないなら、まつしま病院に来てください。困っていることがあったら必ず受け止めるので、なんでも言ってもらえたらと思っています。とにかく一人じゃないよということを伝えたいです。
地域団体・支援者のネットワークで子育ての困りごとを解決
特定非営利活動法人 せたがや子育てネット
どんな組織?
世田谷区の住民が「楽しく子育て」をできるよう活動している子育て支援団体。孤立した子育てや子育てへの過剰な不安感・負担感を軽減するために、子育て支援に関する事業や子どもの成長を地域で支え合うネットワークづくりに関する事業などを行っています。
教えてくれるのはこの方!

松田さん
特定非営利活動法人 せたがや子育てネット・代表理事。自身の子育て中に赤ちゃんサロンを開催したのをきっかけに、2004年に特定非営利活動法人「せたがや子育てネット」を設立。特定非営利活動法人子育てひろば全国連絡協議会の理事も務める。
行政と区民の架け橋に - 「せたがや区民版 子ども子育て会議」
――貴団体で行っている「せたがや区民版 子ども子育て会議」とはどういった活動ですか?

世田谷区は面積も広く人口も多い区なので、全体を5つの地域に分けてさまざまな団体が活動しています。それぞれの団体の交流を目的とした地域別懇談会のような形で、2005年に発足したのが「せたがや区民版 子ども子育て会議」です。
世田谷区の行政にも入っていただいて、私たちが何を必要としているのかを一緒に考える場にもなっています。行政が施策を検討するために区民の声を聞きたいというときにも、大切な場になっていますね。

「せたがや区民版 子ども子育て会議」の様子
――具体的にはどのようなことが会議で話されるのでしょうか?

毎回テーマはさまざまです。働き方改革のテーマで会議をしたこともありました。保育園が不足して、フルタイム勤務の家庭が優先になり多様な勤務形態やフリーランスの方は入りにくい状況だったんです。どうしようかと検討していった結果、「ワークスペースひろば型」ができました。仕事ができるワークスペースと、利用者のお子さんを預かる一時預かりが一緒になった場です。
子どもの成長や発達に合わせて、働き方も柔軟に選べるといいですよね。次世代の人たちがいろいろな選択をできる環境をつくるのが、私たちのミッションだと思っています。
――周囲からの反響やみなさんの手ごたえはいかがですか?

行政と区民の距離が近く感じられるようになったと好評です。会議の1/3くらいは行政の方が参加してくださるので、個人ではなかなかお会いできない区役所の方々から直接お話を聞けるんです。改まって面談を申し込んで要望書を……という形ではないため、自分たちの置かれている状況や見えている景色のリアルをお伝えできます。先ほどの「ワークスペースひろば型」のように、成功事例もあるので、みんなで考えたり地域の声を伝えたりしたことが形になっていくという手ごたえを感じています。
最近では会議をオンラインのハイブリッド開催にしたことで、参加できる方の範囲が広がりました。子どもがいる方だけでなく、子育てに関わる仕事に就きたい若者や学生も参加してくれるようになり、見聞きできることが増えました。

笑顔でインタビューに答える松田さん
地域の一員としての子育て体験
――中高生が赤ちゃんに触れる機会をつくる「赤ちゃんを連れて学校に行こう!」は、どのような活動なのでしょうか。

保護者が赤ちゃんと一緒に区内の学校へ行き、授業の一環として学生たちが実際に赤ちゃんを抱っこしたり、保護者から赤ちゃんについてお話を聞いたりする体験活動です。最初は二校から始まりましたが、区が政策にしてくださったおかげでほかの団体も一緒に区内で実施しています。
――参加した保護者や学生からの反響はいかがですか?

赤ちゃんを連れて来てくれる保護者の方も学生さんたちも、本当に嬉しそうに交流している姿が見られます。赤ちゃんを連れて参加してくださった方が、その後スタッフとして支援してくれるようになったこともあります。授業を受けたというお子さんが成長して、教育実習として先生という立場で参加されたときは嬉しい驚きを感じましたね。
――地域の人々がつながっていっているんですね。

赤ちゃんに関わってもらう機会ってすごく大事なんですよね。それは親になってほしいというよりも「あなたも地域のメンバーの一人です」ということを伝えたいからです。学生たちにも「今日赤ちゃんを抱っこしたことは、手伝ったんじゃなくて子育てをしたんだよ」と伝えています。子育ては親だけがするのではなく地域みんなでするもの、あなたも子育てのセーフティネットの一人、と。参加された赤ちゃんの保護者にも、一人でなんでもやる必要はなくて、地域の私たちも一緒に支えているよということが伝わるようにしています。

「赤ちゃんを連れて学校に行こう!」の様子
――このほか学生ボランティアの受け入れなども行っていらっしゃいます。子育てについて、さまざまな世代で交流することをどのようにお考えでしょうか?

学生ボランティアの方は学業にアルバイトにと忙しくされていて、そういうなかで地域の活動に参加するのが大変そうな印象はありますね。学業や生活の心配をすることなく、もっと私たちのような地域活動が学業の単位になるとか、有休を使ってボランティアに参加することが時代の流れとなり、文化になってくれると嬉しいですね。
地域全体で子どもたちを守るセーフティネットに
――今後の目標や展望をお聞かせください。

私たちの活動って、予防的なもので分かりにくいんです。虐待や困窮のような状況になってしまった子どもに、十分なサポートが行きわたる必要はもちろんあります。でも、そうなる前のところで助け合えたりサポートが受けられたりするような「予防」を地域でやっていくんだ、という認識がもっともっと理解されるようになってほしいですね。そこは、地域のみんなでやることだと思いますから。専門家ではなくても、子育てに手を伸ばせるようなコミュニティ、地域をつくっていくことを大切にしていきたいです。

――最後に、子育てについてみなさんに伝えたいメッセージをお聞かせください。

最近のお父さん、お母さんは「迷惑をかけないように、自分たちだけでやり遂げなきゃ」って思いこんでしまっていることが多いんです。でも、子育てっていろんな人に関わってもらってやるほうがいい。そのほうが、子どもの資源が増える、子どものセーフティネットが広がるんだというふうに思ってもらいたいです。家族だけで閉じるのではなく、地域に開いていろいろな人に関わってもらって、自分たちも他の人たちの子育てに関わっていく。お互いに踏み込み合えるようになっていくと、子育てが楽になりますよ、と伝えたいです。
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「実際に問題が起きる前段階での支援」を重要視し、地域や人とのつながりを活用して予防する取組を行っている「まつしま病院」と「せたがや子育てネット」。当事者に寄り添って、なるべく早い段階でSOSの声を拾い上げる姿勢が、多くの人々を救っています。
詳しい取組内容や活動が気になった方は、ぜひサイトをチェックしてみてください。
[PR]提供:東京都