国内の港から港へ、鉄鋼やセメント、石油などの資材、食料品や日用品などを貨物として運ぶ「内航海運業」についてご存知ですか? 私たちの暮らしと産業の発展に欠かせない海上運送を担う業種です。

今回は熊本県の南西部に位置する上天草で、そんな「内航海運業」に携わる人たちから詳しい話を聞いてきました。上天草市では内航海運業を活性化させるため、新たに船員を雇用する企業に補助金を出したり、船員として働き始めた方への就職祝金を支給しているという話ですが、果たしてその真相は!?

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上天草市のサポート体制とは?

――まずは上天草市や、市が行っている制度を始めるに至った経緯について教えてください。

山田 裕之氏:海に囲まれた自治体ということで、ここ上天草市は昔から海運業が盛んでした。現在、市の人口は2万4,000人弱。そのなかで海運事業者は70社ほどあり、海運業としての仕事に就いている人の割合は、他の地域に比べると非常に高いです。

  • 上天草市 経済振興部 観光おもてなし課 産業振興係 係長の山田裕之氏

  • 海に囲まれた絶好のロケーション。天草は大昔から海運業で栄えてきた

山田 裕之氏:そんな上天草市でも、少子高齢化が喫緊の課題となっています。昔、海に出ていた船員さんも高齢になり、次々と引退されていく状況。あちらこちらの海運業者で人手不足が問題になっています。そこで地元の人たちが立ち上がり、2016年に『上天草市海運業次世代人材育成推進協議会』が発足しました。

坂田 英雄氏:海運業の振興、船員の確保と育成を目標とした、産業(産)、大学(学)、行政(官)、金融(金)による協働連携です。

  • 有限会社 坂田海運 代表取締役会長の坂田英雄氏。熊本県海運組合 理事長、熊本内航海運連合会 会長、上天草市海運業次世代人材育成推進協議会 会長を兼任する

坂田 英雄氏:協議会は、熊本県海運組合、全日本内航船主海運組合三角連絡所、九州運輸局熊本運輸支局、国立口之津海上技術学校、県立上天草高等学校、県立天草拓心高等学校、熊本銀行、肥後銀行、天草信用金庫、上天草市教育委員会、上天草市の10団体から構成されます。

木村 治氏:活動としては、内航海運業をPRするポスターやパンフレットを制作する、内航海運業について小中学校で出前授業を行う、といった地道なものも継続して行っています。

  • 舛宝海運有限会社 代表取締役の木村 治氏。上天草市海運業次世代人材育成推進協議会 ワーキンググループ長を務める

ちなみに、三角港で昨年(2023年)開催された「みすみ港まつり」では、子どもたちに向けて内航船舶の乗船体験を開催し、とても好評だったとのこと。そして筆者が取材のため三角港に訪れたこの日も、上天草市立上小学校の6年生30名が貨物船『有樟丸』を社会科見学に訪れました。

  • イベント後、子どもたちに有樟丸を案内した美津茂汽船の木村勝也氏には、坂田会長から御礼状が贈られた

  • 有限会社 美津茂汽船 代表取締役の木村勝也氏

山田 裕之氏:上天草市では、海運事業を市の基幹産業のひとつと位置づけており、2013年より『新規船員雇用育成事業補助金』をスタートさせました。さらに、その3年後からは『新規海技免許取得事業補助金』などの海運振興施策も順次展開しています。

『新規船員雇用育成事業補助金』は、上天草市内の海運事業者が”海技免許を持っていない市民”を新規で雇用したときに補助金を企業側に支給するもので、これにより、海運事業者が人材を採用する際のリスクを減らしています。

『新規海技免許取得事業補助金』は、海運事業者が雇用した”海技免許を持っていない40歳未満の市民”が「6級海技免許取得」のための講座を受講するにあたって、その学費を事業者が負担した場合、それを補助する制度。特に、三角西港にJML日本海洋資格センター 九州海技学院があり、そちらの授業でかかる費用などが対象となります。

木村 勝也氏:これを機会に、たくさんの人が海運業に興味関心を持ってくれたらと期待しています。

  • JML日本海洋資格センター 九州海技学院(熊本県宇城市)

山田 裕之氏:『定住促進船員就職祝金』は、市内の海運事業者に就職し、海技免許を取得した市民へ祝金として1人あたり10万円支給する制度です。

木村 治氏:私の周りには、定住促進船員就職祝金を成人式の衣装代として使った若手船員がいました。コロナ禍により成人式が中止になり、少し寂しい思いをしましたが、上天草市の就職祝金を利用して、友人とみんなで衣装を借り、記念撮影をしたそうです。成長した姿を両親や、祖父母に見せることができて思い出に残せたほか、その若手船員の友人も上天草市の船会社に勤めている船員なので、お祝い金をもらってとても喜んでいたそうです。

山田 裕之氏:『海運業設備投資資金利子補給補助金』では、市内の海運事業者が新たに船舶を造る・中古船を購入するなどの設備投資を行った場合に、融資の利子の一部を市側が負担します。

ひと昔前なら、上天草市内にも結構な数の海運事業者があり、そこで働く船員の数も一定の規模がありました。ところが昨今、担い手不足などで、海運事業者が減ったり、船員不足により事業規模を縮小したりして、この地域の海運業全体で人材の採用や設備投資が難しい状態になりつつありました。そこで、こうした助成制度を設けました。

増田 好信氏:他県からも、九州海技学院に入学する生徒さんが増えました。協議会で海運業のPRに取り組んでいる成果もあると思います。『上天草市では海運業の就職をサポートしているらしい』『上天草市に来れば船員になれるかも』といった認知が少しずつ広がってきたように感じます。

  • 有限会社 増田海運 代表取締役の増田好信氏

内航海運業界の未来に向けて

――協議会では今後、どのような活動をしていくことが必要だと感じていますか?

木村 治氏:私たちの仕事場は海の上にあります。だから一般の人は海運業の仕事について、なかなか想像しにくい部分があるのかもしれません。たとえば『船乗り』と聞いても、皆さんがはじめに思いつくのは『漁船』のイメージです。内航海運という仕事について、もっと認識を広めていきたいですね。

坂田 英雄氏:わたしも以前、天草に観光で来られた人に「普段は海運業で船員をしているんです」と伝えたところ、「本当に船員さんですか? 肌は日に焼けて、頭にはねじり鉢巻をしているイメージがありますが」と真顔で言われたことがあります。「何の魚を獲っているんですか?」なんて尋ねられたり。

増田 好信氏:先日、九州海技学院に入学した生徒さんにアンケート調査したんです。そうしたら、やはり「若いうちに船員になるための高等専門学校や短期大学を卒業しないといけないと思っていたが、YouTubeなどで20代30代を過ぎても資格を取得して船員になれることを知った」なんて回答がありました。

坂田 英雄氏:内航海運業界は、船員になりたいという方の年齢を問いません。転職してこられる方の年齢は、本当に幅広いんですよ。いま中途採用で多い年齢層は30代~40代。先日は、60代の方がこの業界に転職してこられました。チャレンジ精神のある方なら大歓迎です。

木村 勝也氏:弊社にも、40歳を超えてから船員になってくれた社員がいます。詳しい話を聞いてみたら「若い頃から海の仕事には興味があったものの、どうやって船員になったら良いか分からなかった」と話していました。

山田 裕之氏:業界の活性化に向けた取り組みは、すでにいくつかの成果があがっていますね。とても嬉しいです。さらに多くの人に上天草市の取り組みについて知ってもらえるよう、これからも積極的に活動を続けていきます。

就職・転職を考えている方へのメッセージ

――上天草市では、今後の海運業にどのようなビジョンを描いていますか?

山田 裕之氏:小さい頃から海に慣れ親しんだ人材が多いのが、この天草地方の特色です。近隣には船員として最低限必要な海技免許が短期間で取得できる海技学校もありますし、なんといっても100年以上も海運業に携わってきた歴史が土地に根付いています。これまで培ってきたノウハウ、知見があり、クライアントとの太い関係性がある。上天草市としても、そのあたりに強みを感じています。

今後は「海運業について困ったことがあれば、上天草市に相談すれば解決できる」というところまで、全国的に認知を拡大できれば。市でも、そんな基幹産業に育つことを期待しています。また、海運業界で起業する若手にも出てきて欲しいですね。

――いま船員への就職・転職を考えている方に、皆さんからメッセージをいただけますか。

坂田 英雄氏:日本の物流を担う、国内の産業を支える、という誇りある仕事です。社会貢献度も非常に高いと考えています。物流がますます重要になる時代において、海運業が担う役割もさらに増してくるでしょう。

増田 好信氏:これは海に出ると感じることですが、毎日、景色が変わるんです。季節や天候の変化によって、海や町並みの見え方が変わる。美しい自然の中での仕事であり、毎日の変化が楽しい職場でもあります。

木村 勝也氏:航海中の衣食住が確保されている点は大きなメリットです。ほかにも給料が良く、長い休暇も取得できます。船員になろうと考えている方には、そこも魅力を感じてもらえたら。

山田 裕之氏:これは10年くらい前の話ですが、海運業振興の担当をしていた市の職員が、海運業界へ転職したということがありました。日々の業務のなかで、海運業にはそのくらい魅力的な条件が揃っていることに気付いたんでしょうね。いま就職・転職を考えている方には、船員として働く、そんな未来も選択肢のひとつに加えてもらえたら。上天草市でも、チャレンジする皆さんを全力でバックアップします。

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