コロナ禍をきっかけに、多くの企業が取り入れてきたテレワーク。一定の普及はしたものの、その導入率は、地方では4割未満、卸売・小売業やサービス業では5割未満に止まるなど、いまだ十分に導入が進んでいるとはいえない状況です。
そんなテレワークの導入・活用を進め、優れた取組を実施している企業・団体を表彰するのが、「テレワークトップランナー2024 総務大臣賞」です。今回は、受賞企業のTRIPORT株式会社の代表取締役・岡本秀興さんに、テレワークのメリットや課題、その解決策などについてお話を聞きました。
総務省主催「テレワークトップランナー2024 総務大臣賞」とは?
テレワークの普及促進に向け、総務省が実施している表彰。テレワークの導入・活用を進めるとともに、優れた取組を行っている企業・団体を選定、公表しています。 2024年度は「テレワークの活用による経営効果の発揮」「テレワークの導入が馴染まないと思われている業態の企業におけるテレワーク活用・業務改革」等の観点を踏まえ、審査が行われました。
――TRIPORTではさまざまなツールを活用し、テレワーク時の業務の質向上やコミュニケーションの円滑化に取り組まれています。具体的な取り組みと、工夫点などについて教えてください。
岡本さん 弊社が採用しているテレワーク時の取り組みのひとつに、バーチャルオフィスがあります。バーチャルオフィスで問題になるのが、コミュニケーションの取り方。例えば、画面上の同僚のアバターへの話しかけのタイミングなどですね。
――たしかにオフィスで実際に顔を合わせていると雰囲気や空気を読むことで判断できますが、バーチャルオフィスではそこまでわかりませんよね。
岡本さん そうなんです。そのため、「今話しかけていい状態」であることを明示する機能が必要でした。検討の結果、弊社のバーチャルオフィスでは集中ルームとフリーエリアを設けました。アバターが集中ルームにいる場合は話しかけて欲しくないとき、フリーエリアにいるときは話しかけてもいいときと明示できるわけです。テレワークやバーチャルオフィスでは、目の前に相手がいないからこそ、とにかくわかりやすい環境をつくることが大事だと感じています。
加えて、テレワークに限ったことではありませんが、なるべく上司が部下に積極的に話しかけることを推奨しています。例えば、新入社員が入社したときなどは、上司がバーチャルオフィス上で新人を連れて各部署を挨拶して回ったり、「集まれる人は集まってください」と呼びかけて新入社員を紹介したり。対面のとき以上に積極的にコミュニケーションをとることを意識しています。
――むしろバーチャル空間であることでコミュニケーションの重要度は上がっているのですね。
岡本さん バーチャル空間ならではの注意点もあります。それは、バーチャル空間では「誰と誰が話しているのか他の人にすべて見えている」ということです。例えば代表である私が特定の社員とばかり話していると、「社長、あの人のこと気に入っているのかな」と思われたりする可能性もあります。そういった誤解が生まれやすいのがバーチャル空間の課題なのです。
そこで弊社では、重要な話がある場合はバーチャルオフィスではなくオンライン会議ツールのGoogle Meetを活用します。バーチャルオフィスにもテレビ会議機能はついているのですが、他の人に知らせずに話したい場合はあえてGoogle Meetを使うわけです。
――きっと同じことで悩まれている企業も多いのでは。バーチャルオフィス文化がまだ日が浅いこともあって、そういった工夫や文化は今後定着していくのでしょうね。
岡本さん そうですね。弊社は採用も教育もオンボーディングもすべてオンラインで行っていますが、色々な企業から「どうやっているの? 」とお問い合わせをいただくことが多いです。それくらいまだまだ浸透しているとはいえないのでしょう。
――TRIPORTでのその他の取り組みについて教えてください。
岡本さん オンラインでの作業になるとより一層意識しなければならないのが、ヒューマンエラーをどう防ぐかということです。オフィスで目の前に上長がいれば気がつけるミスも、オンラインだと見落としてしまうことも多いですよね。例えば弊社では普段、お客様とのコミュニケーションはビジネスチャットを活用していますが、世の中によくあるケースとしては、社員がお客様からのチャットにすぐに返信できていないケースもかなりあり、場合によっては丸一日放置してしまっていたり……。そこでビジネスチャットにbot(※)を導入し、「最後のメッセージがお客様で終わっている」チャットグループを見つけたら適切な担当者に通知を出すようにしています。
※タスクや処理を人に変わって自動的に実行するプログラム
また、弊社はサービスと一緒に助成金制度などをお客様にご紹介することが多いのですが、こういった制度はどんどん内容が変更されます。そこで厚生労働省等の政府のWebサイトをbotにクロールさせ、掲載内容に変更があった場合に通知したり、お知らせ欄に新たなニュースが掲載されたら見出しを取得して共有したりする仕組みを構築しています。
見落としてしまいがちな部分を、うまくシステム上で拾い上げることで、ヒューマンエラーを防止しています。
――ヒューマンエラーを防ぐのは対面での業務でも大切ですが、オンラインだとさらに重要度が増すのですね。
岡本さん このほか、会社の代表電話やメールによる問い合わせ内容を生成AIが要約し、社内メンバーに自動通知する仕組みも導入しています。というのも弊社は100%テレワークなので、会社への電話に誰が出るのかという問題があるんです。最初は電話を転送して特定の人が出るようにしていたのですが、それだと電話を受けた人が適切な部署の担当者に電話を回さないといけませんよね。そこでタイムロスが発生しますし、伝言漏れなどの可能性もあります。
そこを効率よくするために、電話については自動音声ガイダンスで用件を伺い、音声データを文字化してCRMデータベース(※)に登録。そして、その内容について生成AIを使って要約させ、チャットツールに自動通知するようにしています。メールも同様の対応です。完全自動化することで、効率化にも繋がりましたし、伝言ゲームのようなヒューマンエラーもなくなりました。
※顧客管理システムで収集されたデータを管理しているもの
また、郵便物についても電子化しました。会社に出社しなくなって、一番困ったのが郵便物への対応でした。そこで導入しているのが、郵便物の宛名をスキャンしてオンラインで確認できるサービス。これならオフィスにいなくてもどこからどんな郵便物が届いたのかわかります。しかも、追加で「郵便物の中身を確認し、スキャンしてオンラインで共有する」という指示もできます。これにより誰も出社することなく、郵便物の確認と対応まで行えるようになっています。
――できるかぎりシステムによる自動化や半自動化を取り入れておられますが、そうしたシステムがうまく稼働する仕組みづくりについて意識していることを教えてください。
岡本さん ポイントになるのは、トップダウンではうまくいかない、ということ。トップは「こんなことができたらいいと思う」というビジョンを示し、まずは直接コミュニケーションをとることが多いマネージャー層に共感してもらうことを大事にしています。そのうえで、マネージャーを通じて現場に共有することで全社を巻き込んでいくのが大切です。
そこでもし現場からさらなるアイデアが出てきたらできるだけ吸い上げて、私自身が持っているアイデアと合わせて考えていきます。もし現場から意見が出なければ、自分のアイデアは具体的に「誰を幸せにするためのもの」で、「どのような論理展開で実現しようと考えているのか」、また、「その効果がどの程度のものを想定しているのか」等をじっくり説明・提案して現場の意見を聞いていくのです。
ここで大事なのが、私と現場の間にいるマネージャーにまずはアイデアを伝えること。マネージャーは経営的な視点と現場をマネジメントする立場としての視点の両方を持っています。私からいきなり現場にアイデアを伝えると、それはもうトップダウンになってしまいます。現場にとっては「とにかく社長が言うことだからやらなきゃいけない」ことになってしまう。だから両方の視点を持っているマネージャーを通じて実践していく、そして巻き込みながら一緒に考えることが重要です。
フラットで上下のないホラクラシー組織もすばらしいですし、弊社も人間関係はホラクラシーです。ただ、弊社の場合、指揮命令系統はヒエラルキー構造が必要だと考えています。
――岡本さんは創業経営者であり、同時にシステムエンジニアであり、社労士でもあります。そんな岡本さんからみたテレワークの可能性について教えてください。
岡本さん 可能性は大いにあると考えています。ただ、バーチャルだけでなく、「対面×オンライン」のハイブリッド型がマストでしょう。弊社でも月に1回、任意ではありますが全国の社員が東京に集まる全体出社制度を設けて、対面でもコミュニケーションをとっています。また、私自身は全国のオフィスをまわって現地の社員と直接会い、一緒に仕事をしたり、1on1をしたり、食事に行ったりしています。テレワークだけでは、やはり心理的安全性が構築しにくいので、対面で会うことが重要になります。直接会わないと言いにくいことなどもありますからね。
経営者としての視点でいえば、テレワークを導入することで部分的には出社型以上の生産性が上がる効果も期待できます。なぜなら、テレワークを推進するためには、お話ししたようにヒューマンエラーの防止や属人性の排除などの仕組が必要になるからです。テレワークの導入そのものが、そうした業務改革の呼び水になるのです。また、テレワークを希望される方は多いので採用にも良い効果がありますし、社員満足度が上がれば離職率の低減やエンゲージメントの向上にも繋がると思います。
社労士としての視点でいうと、テレワークを成功させるには社内制度をしっかり構築し、明文化することが重要ですね。例えば、在宅勤務時であれば自宅のプリンターを業務で使ったり、テレワークのためにWi-Fiを契約したりするなら、それは会社がもつべきコストです。そういった点をきちんと制度化することが大切です。
また、テレワークと同時にフレックス制や裁量労働制といった各種制度を導入することも必要でしょう。働く場所だけ自由になっても、自分らしい働き方をするにはそれだけでは不十分で、時間的なフレキシブルさも重要になるからです。
――未上場企業ながら、「転職を検討している企業ランキング」で全業種全国の中で上位にランキングされました。要因は何だったと思われますか。
岡本さん ありがとうございます。やはり柔軟な働き方ができるという点が評価されたのかなと思います。例えば、フリーランスがどんどん増加していることからもわかるように、多くの人は自由な働き方を求めているのだと思います。そこで弊社を選んでいただいたのかなと。
もうひとつは弊社の事業面です。私は世の中にないサービスをつくるのが好きなんです。例えば今回、現代社会における女性活躍を推進させたいという厚生労働省が推進している 「えるぼし認定」取得の支援サービスを立ち上げたのですが、こうした社会的な課題にフォーカスして今までになかったサービスを作り上げる企業は珍しい。そこも先進的・革新的と評価されたのかもしれません。社員にとって企業はただ働きやすいだけではダメで、事業の将来性や社会貢献性などのビジョナリーな観点も、転職を検討する際にはすごく大事なポイントになるのかなと思います。
――今後より社員が働きやすい環境になるよう、どういった部分を改善・改良していきたいと考えているか教えてください。
岡本さん 現在、弊社の課題となっているのが人事評価制度です。弊社のようなベンチャーだと、事業も業務も職務も日々どんどん変化していきます。特にテレワークだと直接対面で社員を見る機会が圧倒的に少ないためなおさら人事評価は難しくなりますからね。その中でどのように社員にとって納得感のある評価制度をつくるのか。試行錯誤しながら作り上げているところです。
***
テレワークで発生しがちな課題を、試行錯誤しながら解決していったTRIPORT。どうしてもテレワークでは対応できない部分については対面で会う機会をつくるなど、柔軟な働き方をしています。その結果、テレワークの恩恵である“自分らしい働き方”を実現し、魅力あふれる企業へと成長したのです。
同社がかつて抱えていた課題は、おそらく多くの企業にとってもテレワーク導入の悩みになっているポイントでしょう。TRIPORTの取り組みを参考にすることで、テレワークをより一層推進できるはずです。
その他の「テレワークトップランナー2024 総務大臣賞」受賞企業の取組についてもぜひチェックしてみてください。
|
TRIPORT株式会社 代表取締役・岡本秀興さん
新卒でオービックビジネスコンサルタント(OBC)に入社。社会保険労務士でありながらシステムエンジニアとしても活躍。主にヒューマンリソース系の基幹業務アプリケーション開発に従事する。「もっと自分が世の中に対して良いと思ったことを、自由に創造していきたい」との想いから2014年、TRIPORTを創業。現在は超高齢化社会の到来にともなう「労働力不足問題の解決」を目指し、ヒューマンリソース系のサービスを中心に開発・提供している。 |
テレワークトップランナー2024総務大臣賞 取組事例集はこちら
ハーツテクノロジー株式会社
【企業情報】
ソフトウェアの企画・開発及び販売・保守、広報・セールスプロモーションの企画・立案・実施事業を営む。所在地は神奈川県、従業員数は46人。
【トップランナーに選出された取組例】
コロナ禍を機に在宅勤務を推奨し、段階的にオフィスを縮小して全従業員のテレワーク勤務を実現した。一方で「相手の様子がわからず気軽に相談しにくい」「判断が遅れがちになる」「遠慮して個人で悩んでしまう」などコミュニケーションの課題が浮上。解決策として業務外と同業務チームの2部制のオンライン朝会を毎朝実施し、業務外メンバーとの交流も促進するほか、全国にシェアオフィスを契約し、各自が利用しやすい場所で作業や打合せができる環境を整備した。また、2ヶ月ごとの対面イベントや年1回の研修旅行、会社が費用負担するランチ会や懇親会を通じてリアルな交流機会を設け、コミュニケーション活性化と働きやすい職場環境への取組を多数実施している。
株式会社プログレス
【企業情報】
企業内業務システムの受託・請負開発、事業化支援サービス、自社プロダクトサービス展開事業を営む。所在地は東京都、従業員数113人(2024年12月時点)。
【トップランナーに選出された取組例】
テレワーク時のコミュニケーションの円滑化・活性化の課題に対し、最高コミュニケーション責任者(CCO)のもとコミュニケーション戦略室を設立。階層別にアレンジしたコミュニケーション研修や1on1コーチングの実施、社内コーチング人材の育成などを実施。また、全社員がテレワークで「仕事をスムーズで高品質にできる」よう、業務で必要なスキルを言語化したスキルマップを作成。テレワークで行う業務上の作業を300以上の細かいスキルに分解して一覧化し、社員が自身のスキルをレベリングできるようにすることで、高品質な作業を行うための道筋をガイドしている。
株式会社モニクル
【企業情報】
テクノロジーと人の力を融合し、くらしとお金の社会課題を解決するプロダクトを生み出している金融サービステック企業。所在地は東京都、従業員数151人(連結)。
【トップランナーに選出された取組例】
設立時からフルリモートを原則とする勤務体制を継続。総務・経理・労務業務を担う管理部は、仕事の性質上、週2回のリモート勤務を原則としているが、柔軟にリモート勤務を増やせるハイブリッド勤務を実施。従業員の約39%は首都圏以外に居住し、海外在住の従業員も複数活躍中。フルリモート勤務が基本であることから、地方在住のエンジニアの採用を実現。離職率も低く、個人のライフスタイルに応じた柔軟な労働環境を提供できていることで、安定した経営体制を維持。また新潟県での取り組みとして、「Niigata5分Tech」を当社のエンジニアが主催し、業務を通じて得たスキルを地元エンジニアに還元するなど、地方のIT技術レベル向上にも貢献。
テレワークトップランナー2024総務大臣賞 取組事例集はこちら
[PR]提供:総務省